47時限目「学院キラー【ゴォー・リャン】(前編)」
魔法・模擬戦演習の授業。
何班かに分かれて、試合時間五分の模擬戦を行う。軽い、実力の競い合いのようなものだ。
「クロード君。僕と勝負しないかい?」
胸に手を当て、髪の毛をサラッと払い、決めた表情を浮かべるマティーニ。
「「……」」
そんな彼の姿を、何処か不穏げな表情で眺めるクロードとアカサ。
「ど、どうしたんだい。そんな表情を浮かべて、」
「いや、何というか……うん」
アカサは何か言おうとしたが口にはしなかった。大した証拠もないのに決めつけで言うのは良くないと思ったからだ。だから言葉を飲み込んだ。
クロードも実を言うと、アカサと同じことを考えている。
___コイツ、たぶん、何かしらの罠を仕掛けてるのではないかと。
マティーニがクロードに恨みをまだ抱えている可能性は高い。この戦い、何事もなく終わる可能性は低い。二人は微かにそう考えていた。
だが、マティーニはあの一件をしっかり反省している可能性だってある。
仮にそうだとしたら、善人の心に穴を開けることになる。罪を償い、こうして距離を詰めようとしてくれる心意気。それに泥をかけるような真似になるのではないかと。
「……いいですよ」
クロードは自然と、YESで答えた。
不安こそあったが、ここで試合の条件は出そろった。クロードとマティーニは近くの演習用コートに足を踏み入れ、共に身構える。
(ふっふっふ……!)
お互い所定位置に入った途端、マティーニは心の奥底で笑い始める。
(かかったな……! クロード・クロナードッ!!)
そうだ、それはクロードとアカサの想像通り。
___やはり、罠を仕掛けている。
(このコートのある場所に、足を挫く程度の小さな落とし穴を仕掛けている……! それで豪快にコケたところで! 俺の豪快な一撃がお前を吹っ飛ばすのさ!)
やはり、報復を計画していたようである。
しかも二人の想像通り、結構卑劣かつ小さな罠を……懲りない男である。
(行くぞ、クロード・クロナード!)
魔導書片手に構えるクロード。マティーニもまた、大地を踏みしめ気合を入れる。
(ここが、貴様の墓場となるのだぁあーーーッ!!)
ゴングが、鳴らされようとしていた。
「___悪リィ、けどよ」
演習試合が始まる。そのすぐ手前。
「……ッ!?」
マティーニの体が、勢いよく宙に浮く。
「その相手、俺に寄コセや」
蹴り上げられている。
“突然、後ろに現れた男によって、コートの外へと追いやられたのである”。
「!!」
クロードは思わず目を見開いた。
「ちょちょっ!? 大丈夫か、アレッ!?」
アカサも慌てて、サッカーボールのように転がっていったマティーニの元へ向かった。
「……もしもーし、起きてるか~?」
声をかけてみる。
が、返事はない。ただの屍のようだ。
頭をうって、完全に気を失っている。ご臨終です。
「……お前が、クロードってやつだっけかァ?」
突然現れた男。
肌の色が全体的に白い。高身長で細身。両手の指には……それぞれの“小型のナイフ”。
カラフルに彩られた長髪があまりに不気味。ハイカラというには悪趣味極まりないファッションセンスの男。
「お前は、誰だ」
クロードは身構える。
謎の男は“学院の制服”を身に纏っている。ここの生徒であることは、間違いない。
「……俺の名は【ゴォー・リャン】」
愉快に笑いながら、男は名乗る。
「趣味は戦闘。特技は戦う事。日課も強い奴を探す事。さしずめ、バトルジャンキーなんて言われる人種ってヤツよ」
一学年であんな人間は見たことない。おそらく、二学年か三学年の生徒であると思われる。
突然の乱入、ゴォー・リャンはコートから離れようとせず、むしろ爪を構えて、クロードから視線を外そうともしない。
「……俺は強い奴を探して回ってる。そんでもって、面白い生徒の噂を聞きツケテなぁ……」
笑みを浮かべながら、クロードに迫ってくる。
「ここまで言えば……あとは“分かるな”?」
質問。
それと同時に。
ゴォー・リャンは確かな殺意と共に、ナイフの爪をクロードの腹部に差し向ける。
「……ッ!!」
質問は最後まで聞き届けていた。クロードは即座に回避行動を取る。
まだ、風の結界である完風総甲を身に纏っていない。八つ裂きにされる前に、一度“襲い掛かってきた男”から距離を離した。
「やってくれるかァ? 一年坊……ッ!!」
戦意剥き出し。まるで獣のように口からヨダレを垂らす。
あまりにも突然の登場。予想外の乱入。
混乱極まるこのコートの中。審判を務めるために待機していた生徒も、ゴォー・リャンの登場に戸惑っているようだった。
最初こそ、空気を入れ替えるべきかと考えた。
「……来いよ」
しかし、クロードは正面から対決を引き受けた。
カーラー・クロナードからの言いつけなのか分からない。だが、クロードの性格上……挑まれた喧嘩から逃げるは“あり得ない”。
そういう部分も……“父親譲りだ”。
「審判ッ! 決闘の開始だぜェ!」
「せ、戦闘開始ッ!!」
審判を焚きつけたゴォー・リャン。戸惑い続けていた生徒も思わずバトル開始を宣言。この地点、コートの中にいる二人の戦いが始まった。
「行くゼッ! 一年坊ォッ!」
また、相手はカギヅメを構えて正面から突っ込んでくる。
何か罠を仕掛けている様子は見えない。何より、正面から突っ込んでこようが……クロードからすれば同じこと。
何処から不意打ちを仕掛けようが、既に展開された“完風総甲”の餌食になる。展開中は三百六十度どの角度からの攻撃も無意味。肉弾戦を仕掛けようものなら、一方的に切り刻んで吹っ飛ばすのみである。
クロードは待ち構える。ゴォー・リャンの攻撃を正面から受け止めようとした。
「きひひっ……!」
爪が、体に突き付けられる。
「……ッ!?」
瞬間、気づく。
クロードは、この一瞬の違和感に。
“既に、相手は結界の射程圏内に入っている”。
だが、相手は吹っ飛ぶ気配を見せないし、腕も捻じ曲がる様子を見せない。最初こそ、気のせいかと思っていた。
気のせいなんかじゃ、ない。
ゴォー・リャンが突き出す爪は、間違いなく___
“結界など気にもせずに、体に食い込もうとしている”。
“全てを引き裂き分解する風の結界を、突き破っている”。
「ちぃっ……!?」
クロードは慌てて距離を取る。
コートから場外になってしまうギリギリのライン。何とか態勢を整え、再びゴォー・リャンから目を離さないようにする。
「へっヘッへ……バリアで俺を迎え撃とうとしたなァ?」
爪を鳴らし、直後に首を鳴らすゴォー・リャン。
「残念だが、俺に“バリア”はキカネぇぜ?」
先端のナイフ。妙な振動を繰り返す両手の爪を、クロードへと見せつけてくる。
「俺の爪はな、そこらの魔法なんて“簡単に分解”しちまうのさ……ッ!!」
分解、する。無効化する。
ゴォー・リャンは高らかに宣言すると、隅へと追いやられたクロードへと再び牙を剥く。
「こいつッ……!」
クロードは片手を突き出す。
防御がだめなら反撃だ。片手から発砲するのは目に見えない竜巻の砲台・割風砲。そこらの反射神経では回避は困難な一撃で迎え撃つ。
「ギヒャヒャヒャッ!!」
ゴォー・リャンは高らかに叫びながら突っ込む。
「“そんなもん”で止めラレるかよォッーーー!!」
竜巻に対し、片手を突き出す。
すると、どうか。
“振動を続ける爪”は……クロードの割風砲を“分解し破壊する”。
「オラァア!!」
「くっ!?」
クロードはまたも、距離を離す。
___一度、ロシェロの言葉を思い出す。
クロードの高速発動は実に大したものである。時間をかければかなりの練度の魔術を放つことも可能。その腕こそ見事なものだが……まだ“形成面”で穴がある、と言われたことを。
あのゴォー・リャンという男の魔衝なのか、分からない。だが、あの爪が“そこらの魔法なら分解”するという言葉には嘘偽りはないようだ。
割風砲、完風総甲。
最強の風の魔導書の出力三割程度の魔術は……容易く、破壊されてしまう。
「どうした、どうしたァッ!!」
切り裂く。敵を両断する。
ゴォー・リャンは次々と爪を何度も突き出してくる。一本でも触れれば、致命傷は免れない。
「防戦だけかァっ!? その程度かよ、一年坊ォーーーッ!!」
(こいつっ……!?)
魔術が効かない。ある程度形成面で安定している斬殺風車ならば、あの爪の分解を突破できる可能性はあるが……撃つよりも先に、あのゴォー・リャンが接近してくる。
そもそも、相手は射程距離内からクロードを逃がそうとしない。
逃げ切られる前に瞬殺するつもりだ。ゴォー・リャンはバトルに興奮と同時、想像以上に弱い相手に落胆の声を上げている。
……反撃できる隙がない。
クロードは思わず舌打ちを鳴らしていた。
「ぎひゃひゃはっ!」
爪がまた、一本の包丁のように突き付けられる。
回避できない。確実に当たる位置目掛けて……差し込まれたのだ。
瞬殺だ。審判もそう判断していた。
クロードも避けきれない攻撃に目をつぶろうとしていた。
___しかし。
「……アリャ?」
ゴォー・リャンが突き出した爪は、
クロードに当たることなく、虚空を触れるのみ。
「……っ?」
クロードも何が起きたのか理解できていなかった。
ただ、その場で起きたことを説明するとなれば……。
突然、クロードの姿勢が崩れた事。
後ろへズッコケるように倒れるクロードの体。その一瞬、空振りに終わったゴォー・リャンの体が無防備に晒されている。
「……ッ!!」
その一瞬、そのチャンス。
クロードは見逃さず、“片手を突き出す”。
「なっ……!」
ゴォー・リャンは防御に回ろうが、もう遅い。
“割風砲”は、ゴォー・リャンの体を飲み込んだ。
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