46時限目「喧騒【スクランブル・スクール】」


「……これでいいか」


 クロードは今日一日の復習を終え、ベッドに横たわる。

 既に寝間着にも着替えている。時間も二十二時ともう遅い。アーズレーターにも誰かからの着信は来ていない。頃合いを見て眠るとする。


「あ、そうだ」


 しかし、寝る前に思い出す。

 ベッドから起き上がったクロードは、客人用のテーブルの上に置いてあった、大きな茶封筒を手に取る。引き出しから取り出したペーパーナイフで封を切り、中身を取り出した。


「……また、こんなに。生活費以外は自分で稼ぐって言ってるのに」

 封筒に入っていたのは、親から送られた仕送りのお金だった。

 クロードが言うには、最低限生活費だけ送ってくれればよいと話はつけたらしい。だが、そのお金の合計を見ると、明らかに生活費と余分なお金が入っていた。


「通話しようにも、変に言ったら怒るかな……でも、向こうに負担をかけたくないのも事実だし。うーん……」


 クロードは性格こそ師匠であるカーラーに似てはきたが、元は父であるムスタ寄りである。押しに弱いのである。


 祖母、父、息子。どうしてこうも性格がバラバラなのか。遺伝というものは本当によく分からない。祖父はクロードが生まれる前になくなったらしいが、どんな人物だったのか、クロードも気になるものである。


「まぁ、いいや。さりげなく指摘すればいいんだ。うん、さりげなく……」

 出来るかどうか不安に思いながら、封筒の中身を更に探る。

「……やっぱり、あった」

 出てきたのは、もう一枚封筒だった。

 しかし、それは茶封筒とは違い、少し可愛げのあるデコレーションを着飾った白い封筒である。


「こんなにいらないから必要ないって言ってるのに……もう」


 白い封筒の中身がお金であることを確認すると、それを引き出しに入れる。


 クロードは生活費の確認だけを終えると、明かりを消してベッドの上に横たわる。


「さてと、今日はこれで、」


 ___ドォン……

 微かに聞こえた音が、クロードのアクビを遮る。


「……ん?」

 一瞬、クロードは窓を開いて外を見る。

 何かの爆発音のように聞こえた。しかし、何処にも煙は立っていない。

「気のせい、かな」

 クロードは勉強の疲れがたまっていると片付け、気にすることなく眠りについた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 後日。登校路。


「いやぁ、意外な展開だったよな! まさか、主人公を裏切っていたと思っていた妹がさ。本当は心から兄を心配して、常に影から応援をしていたって……!」

「クールの癖して健気だったですよねぇ~……! 家族愛、泣けるでっ……!!」


 ソルダ一同とアカサが人気のある漫画の事で盛り上がっている。


「……はしゃいでますね」

「僕は漫画を読まないから、なんのこっちゃわからないぞ」


 そんな不良一同を、クロードとマティーニは少し距離を置いている感じだ。二人とも、漫画などには疎いようである。読まないようだ。

 空気の違いを感じながら、一同は校舎に足を踏み入れる。


「クロードも読めよぉ~! この街は入荷が遅いけど、待つ価値は十分あるぜぇ~?」

「……そういうの読むくらいなら、魔導書と小説を読みますよ」


 アカサの布教を上手く回避しようとする。クロードは漫画に時間を割くよりも、参考書や教科書を読んで勉強をした方が有意義に思うタイプだ。


 不良一同からの漫画の押し付け。クロードは嫌々ながら回避を続けるばかり。


「そういうのとは何だ! いいかい、この作品はすげぇぜ?」

「ほら、貸してあげるから読めってばさ」

 すると、アカサはクロードの制服の中に例の漫画を押し込んできた。



「だから! 僕は漫画を読む時間は、」


「「ここで会ったが百年目だなっ!!」」






 最中。校舎に足を踏み入れた途端、謎の叫び声が響く。


「年貢の納め時だな。引きこもりめ」

「そっくりそのまま返してやる。引きこもりが!」


 叫び声が校舎にいた一同の耳に届いたかと思ったその矢先___


「「「「!?」」」」

 クロード達は一斉に目を見開いた。

 

 

 “突き破られる”。

 何事もなかったはずの校舎の壁から飛び出してきたのは“人形の巨神兵”。その肩に乗っているのはモカニ・フランネルだ。


「いいや、君よりは引きこもっていないとも。適度に外に出るさ」

「よく言うわね。おつかいを後輩に頼んでおいて」

「適材適所と言う言葉がある。私にも出来ないことはあるのだよ」

「ただ、面倒なだけよね。観念しなさいよ、引きこもりって認めな」

 

 その対面には傘を広げて宙を浮いているロシェロの姿があった。二人とも、どんぐりの背比べだと言いたいくらいの口喧嘩をしている。


「おいおい……」


 突然のバイオレンス。その場にいた一同は一斉にひっくり返った。

 ソルダ達はついた尻餅を抑え、アカサは捲れていたスカートを直ぐに押さえつける。マティーニはそのまま頭をぶつけて気を失っている。


「……また、あの人たちか」


 クロードはそっと立ち上がり、目の前のバトルの光景に呆れている。


 人形兵を駆るモカニに、得意の電流魔法を扱い健闘するロシェロ。学園が誇る天才コンビ。犬猿の仲ともいえるライバル同士、人目も気にせず激闘を繰り広げていたようだ。


 しばらくの間、様子を眺めていたが。


「コルァアアッ! また貴様達かァアアッ!!」


 教師が大声をあげて寄ってくる。

 “また貴様達か”。このセリフを聞く限り、どうやら二人の喧嘩は学園では日常茶飯事のようである。


「……何度もやってるように見えますけど、退学とか大丈夫なんですかね」

「まぁ。あの二人、天才だからね。余程の事がない限りは退学にしたくないんでしょうよ。教師たちは」


 それくらい結果を残している天才同士のようだ。

 ロシェロに関しては普段の姿を見ているから忘れがちになる。あれでも、学会を動かすほどの超天才であったことも。


「決着は預けておく。次はない」

 モカニは人形兵と共に退散する。

「こっちのセリフだ。陰気な、お飯事少女め」

「絶対コロス」

 ロシェロが残した史上最低の罵倒に血管が切れかけるも、モカニはそれを抑えて教室へと撤退していった。



「……むむ。やぁ、後輩達。今日も揃って元気なことだ」

 振り返ると、そこには可愛い後輩達。ロシェロは気を取り直して挨拶をする。


「珍しいっすね……ロシェロ先輩が校舎にいるって」

「なに、レポートを提出に来たんだよ。二学年一学期の考査の一つでね……それを届けに来た途中で、とんだネズミと鉢合わせしたものだ」


 どうやら、テストの一つであるレポートを届けに来ていたようだ。

 そこでたまたま、モカニと遭遇し、ラウンドへ突入。無事、学園校舎の壁は二人の戦闘でボッコボコに穴を開けられたというわけだ。


「レポートって、あの巨兵の?」

「否、魔法石についてだ。巨兵は私の最高機密だからな。評議会の老人共が、金でレポートを教師から取り上げようとする可能性もゼロではない。奴らが有益になる情報は、一つでもカードとして残しておきたいのだよ」


 相当な慎重ぶりである。

 その評議会という連中がどれほど汚い連中なのかは知らない。ここまでの徹底ぶりを見る限り、彼女は評議会の老人を相当嫌っているように思える。


「では、諸君。また放課後に会おう」


 カバンのなかに仕舞っていたレポートが無事であることを確認し、ロシェロは穴だらけの壁に背を向け、走り出した。


「あっ、ロシェロ先輩」

 彼女がいなくなる前に、クロードが呼び止める。

「どうしたのかね?」

「……昨日、何か学院側で変な音が聞こえたんですけど。もしかして、お二方が?」

「むむ? 私は昨日自宅にいたさ。あの陰気ままごと娘が、実験に失敗して爆発でもさせたんじゃないのかね。知らないが」

 それだけ言い残し、ロシェロは立ち去る。


 教師が来るより前に撤退したい。そして、レポートを提出して家に帰って寝たい。そう考えているのが分かるほどの疾走ぶりであった。


「変な音?」

 アカサがクロードの方を見る。


「え、ええ。何か、爆発音が聞こえた気がして」


「あ、それ私も」

「ああ、俺も俺も」

「僕は、聞こえなかったな……」


 アカサとソルダも同感。マティーニは寮ではなく街中の実家暮らしなので仕方ない。


 昨日の音は何だったのか。

 余計に謎が深まるばかりだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 旧校舎。モカニの研究室。

 カーテンで閉め切られたこの部屋は今日も、昼間なのに真っ暗闇。


「あっ、お帰りぃ、モカニ~。レポートは提出したのかい?」

 部屋の中では、新しいボディを貰ったエキーラが出迎える。

「あぁ、これで考査は問題ない。成績で赤点はあり得ないから」

 モカニの自信は相当なモノ。

 実際、学年上位常連の娘だ。そのセリフを口にするに値する頭脳の持ち主である。



「奴のやんちゃに付き合うのも、これくらい結果を残していないと無理なことだ」


 近くのソファに腰かけ、先ほどのバトルで曇っていたアンクルに手を伸ばした。



「……それより、エキーラ」

「なんだい?」


 優しい笑顔を振りまき、エキーラが首をかしげる。




「“客がいるのなら、前もって言ってくれないと困る”」

「え?」


 エキーラがとぼけた表情を浮かべたその瞬間だった。



「___ぎひゃひゃひゃッ!!」


 不気味な笑い声が部屋にこだまする。



 同時。“六本の刃”。

 暗闇でも銀色の光を放つ“爪”が、エキーラの体をバラバラに引き裂く。


「なっ、なんだってぇええっ!?」


 エキーラはマヌケな声をあげながら、首を外して緊急脱出。

 新しく貰ったボディは細切れにされてしまった。元より木造で出来ている品だけに光景はさほど抉くはない。



「ぎひゃひゃひゃっ!!」

「……相変わらず下品な笑いをする」


 殺意。モカニは何の怯えもせず。

 

 

 “自身の前方に大量の人形兵を配置”。

 槍を突き出した人形兵を前に、黒い影はあっという間に動きを止める。


 槍兵だけじゃない。

 四方八方から、鉄砲を構える人形兵がスタンバイされていた。



「相変わらずヤルナァ……モカニ・フランネル」

 人影は刃を引っ込め、負けを宣告するかのように爪を引っ込めた。

「帰ってきてたのね。自信を着けたから“リベンジ”にでも来た?」

「それもアッタがなぁ?」

 黒影はモカニに背を向け、研究所を去っていく。



「噂を聞いたノサ……ヤベェ奴が、この学院に現レタってなァ」


 両手を広げ、愉快そうに笑み浮かべる。

 特に乱暴でもなく。扉をそっと閉めて消える黒影。研究所は一瞬の沈黙に包まれた。




「……どうするんだい? 警告はしておいた方が」

「エキーラ」


 首だけで浮いている友人に声をかける。


「今日の授業表を見せて」

「えっと……これだねぇ」


 一学年の授業表を髪の毛で持ってくるエキーラ。

 それを受け取り、黙々とチェックする。



「……問題なし」

 授業表を近くのテーブルに置いて、モカニは溜息を吐く。


「通り魔紛いであることに変わりはないが……な」


 彼女が目につけた授業とは___

 昼食前の授業。“魔法の模擬戦演習”であった。

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