44時限目「疑問【元・サークルメンバー】」


 あれから後日。教員から逃げ切った生徒一同。

 幸い、目撃者は誰一人としていなかった。疑いをかけられた生徒も特におらず、あの騒動に関しては、魔法研究による事故だと片付けてくれたらしい。


 ……といっても、あの場はとある人物の研究所の裏側。

 話を纏めてくれる人物なんて一人しか思い当たる節がないが。


「上手く片付いてくれたもんで助かったというか何というか」


 昼食。アカサとクロードは弁当箱を片手に屋上へと向かっている。

 今日もソルダとその一同と共に世間話でもするつもりなのだろう。この風景がすっかりなじんでしまったようにも思える。


「……あの人の事なんだけど」

 クロードは気になる事がありすぎて当然質問もしたくなる。

 

 あのモカニ・フランネルという人物。クロードが入るよりも前にサークルにいたとされる人物。話によれば、アカサが入学する前、ロシェロがまだ一学年だった頃、共に活動していたらしい。


 それともう一つ。モカニと共に行動していた、あの“浮かぶ生首”の事だ。

 あの形相に異質な見た目。もしかしなくても魔族であることは分かる……あれも一体何者なのか。昨日の夜は気になる事ばかりで眠れなかったようだ。


「それについてはボチボチ上で話したげるから」


 妨害、邪魔。

 モカニは元サークルメンバーでありながら、シャドウ・サークルの活動を妨害し邪魔をする。何より気になったのは、サークルのリーダー的人物であるロシェロと相当な仲違いをしているように見えた。


 あのサークルには分からないことが多すぎる。

 クロードは苦悩の予感に肩の重荷が増したようだった。



「……あらっ?」


 足取りも重くなる中、ふと声が聞こえる。


「「あっ」」


 アカサとクロードも、ちょっと予想外の出逢いに足を止めた。




「……奇遇ね。妙なタイミングで出逢うものだわ」


 学園の制服の上にマント。片手には転移魔術を発動させるためのロッド。

 尻尾のように揺れるツーサイドの髪に、真っ白い片目とアンクル。何処か、古風の魔女を思わせる風貌の先輩女子生徒。


 モカニ・フランネル本人だ。

 噂をすれば、その人物と鉢合わせしたのである。


「モカニ先輩、ちわーっす」

「ご機嫌よう。その様子だと、そっちは大丈夫だったのかしらね」


 呑気な挨拶に返事をすると、モカニは二人の状況を理解する。

 あの場は上手く、研究による事故で片付けられたようである。もしかしなくても、“あの場を収めた本人”であろうモカニはスッと鼻で笑った。


「え、えっと、あの……こん、にちは」


 どう挨拶したものか分からないクロードは詰まりながらも声をかける。


「ふむ」

 アカサに挨拶を返したと思えば、今度はクロードをまじまじと眺め続ける。

「ほうほう?」

 顎に手を置き、両脚、両手、背中に胸、最後には首から頭を見つめるようにと、舐め回すように見つめまくっている。


「お前が、例の新メンバー。そして、学園で噂の暴れ馬、か」

「暴れ馬かどうか、は分かりませんが……クロード・クロナードです。どうも……」


 女性にマジマジと眺められる事に慣れていないクロードは照れを隠しながらも挨拶をする。

 モカニもまた、地味な印象こそあるがなかなかの美人だ。間近に顔が寄ってくると、その雰囲気がより一層伝わってくる。



「挨拶も出来るし、自己紹介も出来る。うん、礼儀がなってるじゃない。私は好きよ、君みたいな出来の良い後輩は……あのチビには勿体ないわよ、ホント」


 クロードの対応を前に、中々よろしい印象を得たように見える。


「モカニ・フランネル。学年は二年。ロシェロから話は聞いてると思うけど、旧校舎でひっそりと研究を続けている根暗で地味な魔法使いだよ」

 そこまで言っていたかは分からないが、モカニは自傷気味に皮肉に笑う。

「そして……お前達の敵、よ」

 同時に宣言もする。

 シャドウ・サークルの活動を妨害し続ける存在。ロシェロからすれば、迷惑極まりない邪魔者であるという事も。


「えっと、その、」

「ひっひっひ……照れているねぇ。この子は~」


 何か返事をしようとした矢先、クロードは背中から寒気を感じた。


「ひぃいいっ!?」

「おっほっほ! 可愛い驚き方をするじゃないか! ようやく、そんな一面を見れて、お姉さん嬉しいよ~♪」


 ……真後ろにいたのは、例の生首“だった”女だ。名前は確かエキーラだ。

 昨日と違い、今日はしっかりと胴体がある。身長170以上はあるであろう、制服姿の胴体が。


「まぁ、うちのクロード君はムッツリなもんで」

「(キッ……!!)」

 

 クロードにとってその言葉は癇に障るのか、アカサを睨みつけた。

 最も、その単語に過剰な反応を見せるあたりでムッツリを肯定しているようなものだと彼が気づかないのにも問題があるのだが。


「……あなたは」

「申し送れたねぇ。私はエキーラ……この子のトモダチだよぉ」


 胴体を得たエキーラはモカニの後ろに回り込み、挨拶をする。


「え、えっと、昨日は、その首、だけ……」

「うん、そうそう」

 彼が指摘すると、エキーラは行動に回す。

「こんな感じに、だろう~?」

 首だけが離れる。笑いながらプカプカと。

 首を失った胴体は血を噴き出す事はない。主人である首が戻ってくるまで、立ったまま直立不動で動かず待機している。


「お察しの通り、エキーラは魔族だよ。私とエキーラは旧知の仲でね……魔族は悪い奴ばかりじゃない。人に害を与えない魔族には良心的な地域だってある。お勉強のできるエリート君なら、一度は聞いたことあるでしょ?」


 魔物。魔族は本来人間に害を与える恐ろしき存在。


 しかし、かといってすべての魔物が脅威というわけではない。中には人間の文化に興味を持った者もいれば、人間と共存しようとする個体も幾つか存在する。このエキーラという女性の魔族も、人類の生活に溶け込んでいる個体のようだ。


「エキーラもれっきとしたこの学園の生徒。怯えることはない」

「そう、ですか……」


 周りの生徒の反応からしても、スルーされているあたり本当の事のようだ。

 一つの疑問が解け、クロードはホッと息を吐く。対立した魔族がそこまでの脅威ではないことを知って安心したようだ。



「……今後、何度もまみえることになるでしょう」

 軽い自己紹介も終えたところで、モカニは手を伸ばす。

「仲良くは出来ないだろうけど……ふふっ、よろしくお願いね。エリート君」

 笑みを浮かべている。しかし、その目に邪悪な意思は感じない。

 本当に何気ない挨拶の握手のようだ。モカニは手を伸ばしたまま、彼からの返答を待っている。


 しかし、モカニは“敵”であることを堂々と名乗った。

 クロードは当然警戒もする。固唾をのんで、その片手を眺め続けている。


「あー、大丈夫大丈夫」

 その様子を見兼ねたアカサは、相も変わらずな呑気さで肩を叩いて来る。

「モカニ先輩、敵ではあるけど、“悪い人”じゃないから。握手の一つや二つ、堂々とどうぞってね」

 少なくとも、握った手を突然燃やしたり、呪ったりするような不意打ちは仕掛けない。挨拶はしっかりと礼儀をもって行える先輩だと保障した。


「……よろしくお願いします、です」

 クロードはそっと、モカニの手を握った。

「暴れ馬、と口にはしたけど訂正する。本当によく出来てるよ、君」

 握手を軽く終え、モカニは手を離す。



「では、失礼する。さらば」

「またね~」

 野暮用があるらしく、モカニはエキーラと共に背を向ける。


 不思議な雰囲気の女性だ。

 昨日の行動とは相反して、想像よりもフレンドリーな女性だった。アカサからも信頼はされているようで、敵というには邪悪なものを一切感じない。


「……ロシェロはあんな馬鹿だけど、お願いね」

 一言だけ言い残し、二人はその場を去って行った。




「ねぇ、スカーレッダさん」

「どした?」

 握手をした手を中々引っ込めないクロードからの問いに返事をするアカサ。

「あの人、どうしてサークルを抜けたの? 悪い人、には見えないけど」

「んーー……なんというかさぁ……」

 顎に手を置き、深く考え込んだ。


「よく分からないんよねぇ。モカニ先輩が脱退した理由、詳しくは知らされていないというか……ロシェロ先輩も、モカニ先輩も喋ろうとしないし」


 昨日の光景といい、やはり二人の仲の問題だろうか。

 外野が踏み込んでよい話ではない。思ったよりもデリケートな問題が渦巻いているのかもしれない。


 少なくとも、モカニとは今後何度も交えることになるとは思う。

 ある程度の警戒はしておくべきなのだろう。去って行った肩の荷が、また微かに戻ってきたような気分になった。



「……探したぞ」


 屋上へ向かう最中、モカニに続いたまたも客人が。


「あっ、ブルーナ先輩」


 アカサもその客人に反応する。

 ブルーナだ。昼食時だというのに、弁当箱も持たずに彼らの元へやってくる。


「お前達に用があってな」

「用事、ですか?」


 クロードは弁当を持ったまま、首を傾げた。


「……放課後、少し付き合ってもらえるか」


 買い物の付き合いか、はたまたデートか。

 皆の憧れの的、ブルーナ・アイオナスからのお誘いであった。

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