45時限目「賞金稼ぎ【コンドル・ハンティング】(前編)」


 その日の放課後にクロードが連れられたのは、一台の高級車の中だった。

 後部座席はまるで一室。魔法石燃料も高価なものを使っているため環境も良い。庶民には手の届かないお洒落な車、運転手以外はブルーナとクロードの二人きりだ。


 仕事の手伝いをしてほしいらしい。

 アカサとソルダ、マティーニ達には参加は控えてほしいとのこと。結構ハードな仕事らしく、クロードほど腕のある魔法使いでもなければ危険な目に合う。とのことだ。


 仕事内容は魔物退治。ブルーナが言うに仕事関係者の一人も彼をご指名だそうだ。

 アカサは用事があるためどのみち未参加。ソルダ達もブルーナが言うのなら仕方ないと参加を自重した。


「……」


 クロードは制服姿のままだ。

 慣れない高級車の車内。正座で失礼のない座り方をしているにしても、緊張で嫌な汗をかいてしまう。


「意外だったか?」

 銃の手入れをしているブルーナが笑みを浮かべながらクロードに話しかける。

「没落貴族でも、こういう車の一台を持っていることは」

「えっ……いや! そんなことっ」

「図星か」

 クロードの心理を読みあてたことに満足したのか、鼻で高く笑っている。


「気にするな。私達の仲だ。それくらいの事で責めはしない」

 

 どうやら、アカサからブルーナの事について聞いていたことを知られているようだった。

 元より、それほど距離が離れているわけじゃなかった。耳も良いブルーナには聞き取れていた。


「腐っても貴族だ。こういう車一台保有するくらいの資金はあるし、魔族退治の専門家として今も評価はされている。良いように使ってはくれるから、立場くらいはキープできているのさ……ギリギリだがな」


 アイオナス家は古くから魔族退治の専門家であった。


 しかし、他の魔法使いの一族と違って銃を専門とした狩猟の一族。時代が進むにつれその立場は“時代遅れ”という烙印を押され、出世競争を狙う貴族のいざこざに巻き込まれ、いつの日かアイオナス家は片隅へと追いやられていった。


 とはいえ、その腕は一族を通じて認められてはいる。

 ここ、ディージー・タウンなど王都から離れた田舎町であるならば、その立場とメンツの維持は容易いという事だ。


「怪鳥退治」

 クロードは渡された書物に目を向ける。

 怪鳥……巨大な魔物の鳥。この魔物を退治することが、今日の彼らの仕事である。


「賞金云々の話も書かれていますけど、」

「……厳しく育てられたが、両親には恩がある。子供のころから、らしい生活は出来なかったが……あの日々がなければ、私は強く育つことはなかった。陰鬱な圧力だけが支配する、あの世界で生きる強さをな」


 厳しく育てられた日々。普通なら、外で無邪気に遊んでいるだろう年頃であっても、ブルーナは魔族退治の専門家としてのイロハを叩きあげられ、上流階級の人間として恥のない教育も進められた。


「まぁ、この仕事で稼げる金なんて、本家からすればスズメの涙程度かもしれないが……少しでも、両親に恩を返したい」


「……優しいですよね。プルーナ先輩って」


「そうでもない」


 クールなイメージとは相反して、周りの人間からは信頼され、尊敬されている。

 ヒーローの魔法使いの理想像として既に完成されているようなものだ。困っている市民を救うため、戦い続ける魔法使いの姿。


「……今の私には、これくらいしか出来ん。辛く、むず痒い……ずっとな」


 だが、ブルーナは否定した。

 今の自分の姿に満足は当然見せない。どころか、落胆すらも見せる表情。



 むず痒い。肩幅の狭い。

 どうすることも出来ないその窮屈さ。


「……」


 ベクトルは全くと言っていいほど違う。

 しかし、クロードはブルーナもまた……他の皆と同じ、彷徨う者の一人なのだと、実感した。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 隣街に到着すると、そのまま憲兵の指示に従い、近くの鉱山へと案内される。

 そこから先は足場が不安定なため、車はつかえない。運転手は車と共に街で待機、クロードはブルーナと共に、憲兵の後をついていく。


 仕事現場。テントの張られた集落へと到着する。

 数名近くの魔法使いと憲兵がその場にいる。導かれるがままに、テントの中へと足を踏み入れた。


「私が最後か?」

 テントに入ると同時、その中にいた誰かに詫びを入れるよう話しかける。

「最後ではある。だが詫びる必要はないよ。時間通りだしね……全員、集合時間のニ十分前到着だ。実に良い事じゃないか」

 ブルーナの詫びに対し、理不尽に攻めることはない。

 聞き覚えのある声が、テントの中から聞こえてきた。


「あっ……!」


 クロードもその声に反応したと同時、テントの中に足を踏み入れる。



「やぁ。クロード君、待っていたよ。そしてありがとう。私の要請にこたえてくれて」

 その場にいたのは、同じく学園の生徒であり、トップ候補生であるジーン・ロックウォーカーであった。


 その隣には、銀髪の女性もいる。それが二名。


「え、えっと」

「あぁ、二人の事か」


 ジーンはクロードの視線に反応したのか、申し訳なさそうに頬を掻く。


「二人は私の使用人だよ。こうして世話をしてくれてね……完璧だとよく言われるが、これでも忘れ物が多かったりしてね。面目ない」


 ジーンの紹介と共に、顔のそっくりな銀髪の女子生徒二人は頭を下げる。

 挨拶の言葉こそなかったが挨拶は挨拶だ。クロードも彼女達に合わせ、特に自己紹介をすることもなく静かに頭を下げた。


「貴方だったんですね。僕を呼んだ人って」

「おや? もしかして、聞かされていなかったのかい?」


 人差し指で頬を掻きながら、ジーンはブルーナの方を見る。


「すまない。言い忘れていた」

「ははっ、まあ良いさ。ウッカリなところは君の可愛いところだからな」

「お前がそれを言うか、色男」


 ジーンとブルーナ。

 二人の間に距離感こそ感じられない。成績優秀同士、畏まる態度を見せることはない。


 二人とも、仲がよさそうだ。

 冗談を言い合いながら、大人びた静かな笑みを浮かべていた。



「さて、来て早々だが……クロード君は仕事の話をブルーナから聞いているね?」

「はい、一応は」


 魔物の怪鳥。その名はヘルコンドル。

 通常のコンドルと比べて二倍以上の大きさ。人間の子供一匹なら簡単に連れ去ってしまい、クマ一匹の皮膚も足の爪で容易く抉ってしまう怪力の持ち主。


 誰もが知る危険な魔物の一匹だ。

 クロード達に任されたのはその魔物の退治。当然、ボランティアの参加ではない為、賞金も弾む。この仕事に相応した良い条件の元、協力に応じた。



「我々の任務は、ここ最近、麓の街の畑を荒らしているというコンドル退治。被害は結構響いているようで、憲兵たちも手を焼いているらしい。少しでも数を減らすために、こうして隣街にも要請を出した。というのがこの場の現状だ」


 ジーンは喋りながら、テントの外に出る。


「……危機感の強い生物なのか知らないが、今もこうして構えている」


 ついていくように外に出ると、ジーンの視界の先には“例の魔物”がいた。





 デカい。

 図鑑などで見たことがあるヘルコンドルよりも明らかにデカい。街の食物を食べてモリモリ育ったのか、イメージした数倍は巨大な個体が上空を陣取っていた。


 普通の魔法使い程度では手を焼いている。その意味が分かったかもしれない。

 確かにあれだけのビッグサイズ……火の玉を少し放つ程度では、撃ち落とすのは困難だ。



 ヘルコンドルは敵である人間を視認すると、鳴きながら襲い掛かってくる。

 口からはヨダレ、爪はナイフのように鋭く。一直線に迫ってくる怪鳥を前に、ジーンは退く様子は見せない。



「そぉれっ……!」


 ジーンは臆することなく片手を広げ、光を放つ。


 発動の動作は一瞬。しかし、その光はあまりにも“広大”。

 やっていることはクロードの割風砲と特に変わらない。




 しかし、決定的な違いがあるとするならば。

 威力こそ巨大であるが、術の構成や形の維持に不安定さを見せるクロードと違って、その面さえも完璧にこなしてみせている。



 あっという間にヘルコンドルは光に包まれ、撃ち落とされる。

 塵となって、骨は愚か、羽一つこの世から残さぬように。



「……ここ最近、周辺で魔物の大量発生が相次いでいる。その原因は不明だ。この街も、その被害に追われている」


 軽い準備運動を済ませ、ジーンは振り返る。


「あのような個体が他にも数体いるらしい……手伝ってはくれないか」


 最早、未来を約束されたようなエリートの魔法使いからの協力要請。


 光栄と思いながらも、その実力を前に己の未熟さに少し歯がゆさを覚えてしまう。

 クロードは板挟みにも近い感情に苛まれながらも、ジーンの協力に答えることにした。

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