42時限目「もう一人の天才【モカニ・フランネル】」


「ひぇえええ……太陽が眩しいよぉおおお~~……」


 クロードに見事返り討ちにされた魔族の首がフワフワと涙を流しながら学園の敷地内に入る。


 警備員たちの目に入っているが、数名はそれをスルーしている。

 最早見慣れた、と言わんばかりの表情を浮かべる人物ばかりだ。魔族の首は数名の生徒に見守られながら、寂れた“旧校舎”の窓ガラスから中へ入る。



「おかえり、“エキーラ”」


 窓ガラスの先は、今は使われていない“実験施設”。

 廃墟空間の中で一人、木造の椅子に座って本を読み耽っている少女が一人。


 ラグナール魔法学園の制服を身に纏っている。ここの生徒であることに間違いはない。


「ご、ごめんよぉ~……エキーラお姉ちゃん、負けちゃったよぉおお~……」

「うん、見て分かる」


 少女は本を閉じると、泣きながらフワフワ浮いている魔族の首・エキーラへと目を向ける。


「お前が泣きながら戻ってきたときは大抵負けた時だから」

「なんか、見慣れちゃったみたいな感じで言われたよぉおーー!! びえぇええん……」


 フワフワ浮いていたエキーラは近くにあったカーテンクロスで涙を拭き始める。魔力がほんの微かに残っている髪の毛を腕代わりに動かしながら。


「……例の新入り。噂通りみたいね。そんなに強かった?」

「言われた通り、術者としては相当だけど、感情の制御には難があるみたいだったねぇ~……だけど、」

「逆に相手の作戦にハマったってオチでしょうね。たぶん」


 少女はエキーラを笑いこそしても、責めはしない。

 最も、ドストレートな言い分はエキーラにとっては随分と傷を抉る結果になっているが。



「まぁ、いいわ。ハッカ草の方は?」

「前もって回収して、山奥へと隠しておいたよ。しかし、そんなことして、業者は困らないのかい?」

「絶滅危惧種でも何でもない。どころか、そこらの雑草感覚で見つかるものよ。一週間もたたないうちにまた芽を生やすわ。心配する事じゃない」


 数日くらいの迷惑なら、何の問題もない。少女はそう言い切る。


「今日一日の妨害は出来たわ。それなら、問題なし。今日はこれにてお開きに、」

「すると思っているのかね」


 ……少女たち以外には人がいないであろう廃墟空間の中に、珍しく客人。


 真っ白の長髪が靡く。

 クロード達の先輩。おつかいを頼んだ張本人であるロシェロが外出用のローブ姿で現れる。


「話を聞く限り、可愛い助手たちが世話になったようじゃないか。私はプンプンだぞ」

 言い方こそ愛らしいが、少し怒っているのは伝わってくる。

「“モカニ・フランネル”」

 そして、その目つきは。

 永遠のライバルを睨みつけるような目つきだ。


「……ロシェロ・ホワイツビリー」


 彼女の名を呼び、少女も立ち上がる。


 金髪のツーサイドアップ。ロシェロのローブ姿を真似るようにマントを羽織る。片目は真っ白に染まり、その目にはアンクルが施される。


 随分と古風なイメージの少女。

 モカニ・フランネルは客人のロシェロを睨みつけた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 タビレ草の回収を終え、リュックサックを背負った不良生徒数名に、クロードとマティーニを連れて、アカサは旧校舎へと向かっている。


「プロジェクト・サティスファクションを妨害する輩がいる?」

 その計画の主な全貌の一端。それはゴリアテを機動させることだ。移動中にクロードが聞くには、その計画を邪魔する人物がいるらしい。


「今回も、その人物の仕業?」

「あの生首がいたってことは、それ以外ありえないって」


 もう使われていない旧校舎は壁もボロボロで、窓ガラスも割れている。立ち入りは自由となっているが、半ば蟲の巣にもなっているこの不気味な校舎には誰も近づこうとはしない。


 そんな施設の奥。巨大な扉の前でアカサは立ち止まる。


「……騒がしいぞ?」

 扉の前でアカサは聞き耳を立てる。


 言われた通り、扉の向こうで何やら音が聞こえる。

 

「あぁ、これはもう“一戦”やってますなぁ……」

 呆れたようにアカサは溜息を吐く。静かにドアノブへ手を伸ばす。


「お互い自己責任で気を付けるってことでよろしく」


 ノックをすることもない。明らかに取り込み中である一室の扉をアカサは開いた。







「相変わらず根暗に過ごしているみたいじゃないかッ! この陰気眼鏡めッ!」

「言ってくれるなッ! というか、お前がそれを言うか、引き込みりチビめがッ!!」


 ……扉を開けると、確かに激しい一戦が繰り広げられている。



 金髪の少女と白髪の少女が頬を引っ張り合いながら取っ組み合いの喧嘩をしている。

 ロシェロはアウトドアなイメージこそないが、今日に限ってはハードコアに暴れまわっている。相手の金髪少女もアウトドアのイメージはないが大暴れだ。


「頑張るんだよぉ! モカニちゃん~!!」


 そんな争いを止めることなく、むしろ油を注いではしゃいでいる生首のエキーラ。



「「このっ……」」

 二人は一度立ち上がり、取っ組み合いをしたまま走り出す。

「「成績が優秀なだけのコミュ障めがッ!!」」

 “お前が言うな”。ブーメランにも程がある言葉を吐き捨てて。


 腐っているのだから耐久性もクソもあるわけがない壁を突き破り、旧校舎の裏庭へと二人仲良く外へ飛び出した。


「今一度、決着をつけるとしようじゃないか。現在の勝負は78対77で私が勝ち越しているのだよ」

 ロシェロはポケットの中から、ステッキを取り出す。

 宣言するや否や、ステッキは急激な変形を始め、いつの日か持ち歩いていた“日傘”へと変形したのだ。どういう原理だ。


「だからどうした。どうせ、また私が勝ち越し返す。威張られても困る」


 モカニもまた、手を伸ばす。


「はいよっ!」

 生首のエキーラが近くにあった棒切れを髪の毛で掴むと、それをモカニへ投げつけた。


 ロッドだ。木造のロッドで先端には魔法石が飾られている。



「ならば、差を広げてやろうじゃないか」


 お互いに戦闘態勢。

 猛烈なキャットファイトが繰り広げられようとしている。
















「「……ところで、あの人はどなた?」」

 クロードとマティーニは二人同時にアカサへ聞いた。



「モカニ・フランネル先輩」

 火花を散らす二人を眺めながら答える。

「“元・サークルメンバー”ですよ」

 そして、少女の正体を漏らした。

 

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