41時限目「浮かぶ怪物【スネークヘッズ】(後編)」
浮かぶ人型の何か。
ローブの中からは触手のように伸ばされた黒い髪の毛。蛇のように固められた無数の髪の束はまるで自我があるかのように牙を剥いている。
「ひっひっひ……私が怖くないのかい~?」
人型の魔物と思われる何かはフードを脱ぐ。
現れた素顔は“それこそ人間そのもの”ではあった。大人っぽい女性の素顔。
だが、普通の人間と比べて明らかに肌が白すぎる。目も尖っており、口からうっすらと顔を出す牙も狼のように鋭い。
人の形をしているが、クロードの予想通り、魔族であるのは間違いない。
魔物にも種類がある。
自我を持たない獣のような生き物。そして、人間と同じように知能を持ち、人間のように生活している上級生物……分類として“魔族”だ。
「悪いけど、僕は幽霊を信じないんだ。あれは臆病者が生んだファンタジーだ」
「子供にしては肝が据わってるねぇ……そこにいる坊やと、倒れている坊や達も私を見るなり叫んだっていうのに」
あの悲鳴は、この魔族を“幽霊”だと勘違いして叫んだものだろう。
イカツい見た目をしている割には意外と小心者が多い。思ったよりも臆病者が多い事にクロードは何処か心細さを感じた。
「何故、こんなことをした」
「それは当然……」
魔族は笑みを浮かべる。
「“人間に頼まれたんだよ。始末をね”」
「!!」
一瞬、クロードは動揺する。
“こんな得体のしれない魔族にモノを頼む輩”までもが存在しているという事。
「強気な子は好きだよぉ」
笑みを浮かべ、魔族の髪の毛に魔力が込み始める。
「そういう子ほど、“怖がる表情”はとっても可愛らしいからねぇええ~~!!」
無数の牙。伸ばされる触手は一斉にクロードに向かって襲い掛かる。
「……無駄だ」
しかし、クロードは髪の毛を前にしても怯えない。
「僕にそれは通じない」
瞬間、クロードに近づいた髪の毛は“粉々に消えてしまう”。
風の結界魔術。
相手の攻撃を分解し切り刻む風の鎧を既に着込んでいる。出力は微量に設定しているが、この程度の攻撃を防ぐには十分だ。
「【割風砲】」
そして、片手を突き出し、結界を解除してすぐさま発動する。
得意の速攻魔術。カーラー・クロナードとの修行により覚えた努力の賜物。風の砲台がローブ姿の何者かへと牙を剥く。
「おっとっ!」
……だが、予想外の展開。
初見の連中には全員命中した得意の風の砲台は。
___いとも容易く回避されてしまったのだ。
(避けたっ!?)
思わず、クロードも声を上げる。
「驚いているねぇ……私は君の事を少しは知っているんだよぉ~?」
「……依頼主に聞いたか?」
感で避けた、というわけではなさそうだ。マグレでもない。
あのローブ姿の魔族は魔術に気が付いて避けた。クロードの放つ魔術の情報を、幾つも知っているようだった。
「そんなことよりも、いいのかい?」
魔族の女性は宙を浮きながら笑みを浮かべる。
「そんなに抵抗すると……可愛いお友達は、こうなっちゃうよ?」
「!!」
そこでようやく気付く。
アカサ・スカーレッダの身が浮いている。
クロードから離れた髪の毛は狙いを変形し、気を失っていたアカサの元へと向かっていたのだ。アカサの体は髪の毛によって宙に浮いてしまう。
「いっつつ……え!? なにっ!? 何が起きてるの!?」
目を覚ましたアカサは自身が宙へ浮いていることに驚愕する。まだ、何が起きているのか現状を把握できていないようだ。
「この子だけじゃないよ。そこのお坊ちゃまも私に捕まっているんだ。どうなるか分からないよ?」
人質作戦というわけだ。
これ以上、結界を張ったりなど妙な真似をしたら……攻撃の牙が人質へと襲い掛かる。
(……あれ、俺のピンチなだけかと思ったけど)
一人、片足に触手が絡みつき、自由が奪われたままのマティーニは棒立ちのまま、回避行動を続けるクロードに目を向ける。
(これって、アイツの泣きっ面を拝められるチャンスッ!?)
最初こそ、幽霊らしき敵を前に恐怖するだけであったが気づいてしまう。
今、マティーニは“発動している自身の魔術”によって安全を確保している。その最中、彼は苦しむ一方のクロードの姿を傍観し続けることが出来る。
何という幸運。何という特等席。
今、マティーニは“一番の目的”を棚から牡丹餅の感覚で眺めることが出来る。
「くっ、すまない、クロード君……私が油断をしたばっかりに、こんなことにーーーっ!」
わざとらしい演技で、己の無力を叫ぶ。
実際、事実であって嘘ではないのだから罪悪感は芽生えない。元より、クロード相手に罪悪感なんて言葉、このマティーニの脳裏に浮かぶことはそもそもないとは思えるが。
「くっ……!」
クロードは術を解除する。
「よしよし、いい子だよぉ~」
触手は右足を捕らえた。クロードの体はそのまま宙吊りのまま引き寄せられていく。
「さぁて、坊やの怖がる顔、楽しませてもらうよぉ~~……!!」
舌なめずりをする魔族。
髪の毛は獰猛に震えることをやめ……今度は捕まえた標的を“いたぶる”ことへのワクワクに震え始める。
ゲームオーバーだ。
クロードはこの魔族に弄ばれる以外に選択肢は残されていないのか。
「“嫌だよ”」
連れ去られる最中、クロードは呟く。
「戦いの中でビビるな。おばあちゃんからの教えだ」
怖がる表情は見せない。その意志を現すだけの強がりだと最初は思った。
だが、違う。
その表情は強がりではなく……“確信”だ。
「……ッ!!」
宙に浮く。
クロードの体とは別に___
“魔族の首”が。
「気づいてなかったんだ。アンタは」
髪の毛の触手から魔力が消えていく。ただの髪の毛に戻ったことで、宙吊りにされていたクロードの体も地面に不時着した。
宙を舞う魔族の首。
元の大きさに戻っていく髪の毛。空を眺めながら、魔族は悟る。
(“さっきのカッター”か……ッ!!)
魔族の首を刈ったのは、大木を引き裂いたあの風のカッターだ。
標的を見失いそのまま何処か遥か遠くへと消えてしまったと思われたが、それはブーメランのようにここまで戻ってきた。
完全に気が付かなかった。
背中に注意していなかったどころか、その攻撃は目に見えない。回避のしようなんてなかったのだ。
髪の毛が、上半身と離別した魔族の首へと戻っていく。
「ぐはっ!!」
髪の毛から解放されたアカサは再び後頭部を打ち付ける羽目に。
「ごっふ……っ」
魔族の首も地面を転がる。魔力の気配も徐々に消えていく。
無事では済まないはず。首を刎ねられた魔族の意識もそのまま息絶えることになるだろう。
(……ん?)
しかし、クロードは違和感を覚える。
“首を刎ねられたのに血が出ない”。
それどころか……魔族が“意識を失う気配”が一切見えない。
「きょ、今日のところは……これで勘弁してあげるよぉおお~~……!!」
すると、どうだろうか。
さすがは人間と違う生物。未知の生命力を宿した化け物。
魔力を失い、首だけになろうが、その魔族は宙を浮いて森の奥へと逃げていく。人間らしい悔しそうな表情を浮かべながら、カッコウもつかない捨てセリフだけを残して。
「待てっ……!」
クロードは逃げた生首を追おうとする。
「待って、クロード」
しかし、彼が走り出すよりも先に、アカサが肩を押さえ込んだ。
「いたたっ……追う必要ないよ、大丈夫だから」
タンコブの出来上がった頭を抑えながら、これ以上の深追いをする必要はないと悟らせる。
「スカーレッダさん……でも、相手は、」
「心配ないって言ってるでしょうにっ」
アカサはクロードの頭を軽くチョップする。
「確かにアレは魔族だけど……人間を怖がらせる真似はしても、“殺す真似だけはしない”から」
呆れたように、アカサは逃げていく生首を眺めているようだ。
あんな末恐ろしい風景を前にしても、マティーニのように怯える様子を見せない。
「全く……懲りないねぇ、あの人も」
むしろ、“見慣れた”ような表情だった。
「……スカーレッダさん。もしかして、あの魔族の事を知ってるんですか?」
「まあね」
クロードの問いに答える。
「知り合いというか、何というか」
曖昧気味ではあったが……
あの魔族が“人類の敵ではない”という意識だけは伝わってくる。それだけの脅威ではないという意識も。
「とにかく、なんでハッカ草とやらが見つからないのかも、なんとなく察しはついた」
倒れている不良たちの手荷物を確認する。
タビレ草は結構な量が確保されていたが……やはり“ハッカ草”だけが見つかっていない。ほんのカケラさえも収穫されていなかった。
「ほんじゃ、皆が目を覚まして。ソルダパイセン達と集合してから行くとしま、」
「おい! 声が聞こえたけど何が……って、なんじゃこりゃアッ!!」
「きたわ」
ソルダ達も合流。この場にて全員集合。
「じゃあ、ボチボチしたら行きますか……文句を言いにさ」
「「……???」」
あの生首の正体は何だったのか。
マティーニは今も動揺したままだった。とはいえ、その内心では“クロードが痛い目に合わなかった”という無念の方が大きいかもしれないが。
ただ一人、狼狽える様子を見せないクロードは、その場に取り残された“魔族の胴体”を調べる。
「あっ……!」
ローブの中から現れたのは___
人間の手によってつくられたモノ。“魔力補給効果のある魔法石が埋め込まれた人形の胴体”であった。
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