38時限目「追憶[下]【クロナード家の災難】(中編)」

 

 王都学園。

 ここ、王都ファルザローブでは一番大きな学園だ。騎士、魔法使い、学者のタマゴがこの地に集うのである。


 クロード・クロナード。16歳。

 彼もまた、この王都学園へと入学するのだ。


 カーラー・クロナードが愛用していたストールを首に巻き。

 そして、かつて使用していたとされる魔導書……【シカー・ド・ラフト・エアロ・ダイヴ】をその手に持って。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一年前。カーラー・クロナードが亡くなってから数か月後。両親に直談判をした。

 

 ___自分を学園に入れてほしい。

 ___誰にも恥じない誇り高き魔法使いになりたい。その為に。


 どのように反対されようとも決意を曲げようとしない。クロード・クロナードは何度も頭を下げ、許可が出るまでは頭を上げないし、その場から動かない姿勢を見せた。


「顔を上げろ。クロード」


 ムスタ・クロナードは優しく語り掛ける。


 ……言われた通り、クロードはそっと頭を上げる。


 目に映ったのは、それといった嫌悪の表情を浮かべることもない優しい両親の素顔。

 そして、目の前に置かれた“一冊の魔導書”と、カーラー・クロナードの“ストール”だった。


「母さんの形見だ」


 ムスタ・クロナードは微笑みながら呟く。


「お前が魔法使いになりたいって。学園に通いたいって言いだしたら、これを渡しておいてくれって、さ」


 突然渡された形見を前に、クロードは固まっている。

 ヤケに古ぼけた魔導書だ。かなり使い古されている……だが、タダのオンボロ魔導書ではないことは、雰囲気から伝わってくる。


「カーラー・クロナードからの最後の宿題、だとさ」


 クロードはその魔導書の名前に目を通す。


 シカー・ド・ラフト・エアロ・ダイヴ。風の魔導書の中でも最難関と言われる究極の魔導書。世界にたった数冊しか存在しないとされる骨董品、だ。


 一度だが、クロードは聞いたことがあった。

 カーラー・クロナードは魔導書を利用して魔法を使う者、すなわち魔術師。その中でも風の魔術に関してはトップの地に君臨する魔法使い。


 その時に使用されていたのが“シカー・ド・ラフト・エアロ・ダイヴ”だ。

 これは……数年前、エージェントとして活動していた頃にカーラー・クロナードが使用していた実物。英雄の品として埋葬されるべき品。


 そんな代物を、師であるカーラーは彼へと受け継がせたのだ。

 日々、愛用していたオシャレアイテムのストールと共に。


「頑張るんだよ!」

「ここまで来たら父さんも応援するしかないなッ! 学園で一番取ってこいよ! そして、いつかはエージェントになって! 俺と一緒に肩を並べて、王都の平和を守ろうぜ!」


 両親に反対の意思はない。


「……ありがとうっ」


 クロードは心から感謝した。

 最後まで弟子であり孫として可愛がってくれたカーラー。そして、将来を応援してくれた最愛の両親に……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あれから数年。クロードは師匠の形見と共に学園の門を潜った。


「よっ! クロード! 今日もクールだねぃ!」

 後ろからドンと背中を叩いて来るのは、友人のイエロだ。

 彼もまた、クロードが王都学園に入学すると聞いて、着いて来るように入学したようだ。


「……イエロが騒がしいだけでしょ」

「いやいや、俺くらいの年頃の子は皆、普通なこんなもんなのよ」


 打楽器のように背中を叩くものだから、ヒリヒリしてしょうがない。

 軽く鬱陶しいとさえも思うようになってしまう。


 ……悪い気はしないのだが。

 クロードはいつもと変わらない日常。夢見た学園生活に含み笑う。


「この後、課外だろ? 一緒に行こうぜぇ」

「まぁ、別にいいけど」

「ツンツンしちゃってさぁ~! このこのぉ~」


 ツンケンとした態度を取り続けるクロードをからかい続けるイエロ。





 ___しかし、それが“原因”となってしまう。


「あいたっ」


 余所見。集中が削がれた。

 前方を全く見ていなかった不注意。イエロは前からやってきた何者かと勢いよくぶつかってしまう。


「あっ! すんません! 不注意でしたッ!」


 イエロは慌てて振り返り、頭を下げて深く謝罪する。

 軽快な男だが、こういう一面はしっかりとしている。向こうからの詫びが来るまで頭は絶対に上げない。イエロは深々と、態度を改めていたのだ。


 軽い衝突事故ではあった。ぶつかりはしたが、怪我まではしない程度。



「おいっ」

 しかし、その程度で終わることはなかった。

「ぶつかっておいてその程度かぁ、あぁあんッ!?」

 髪を掴まれる。引き千切れそうな勢いでイエロは頭を引っ張られる。


 あまりに突然の奇襲。イエロは顔を下に向けていたものだから当然反応することは出来なかった。しかも髪を掴まれたことで力が妙に入らない。激痛に苛まれながら、顔を上げ始める。


「いっつ……ッ」

「誠意が足りねぇな。誠意が……」


 耳元でぶつかった“男子生徒”は呟き続ける。気持ちが足りていない、と。

 髪は七三で綺麗に分けられている。制服もキチンと着こなし、身長もイエロと比べて大柄だ。


 傲慢な態度を見せる男子生徒に、イエロは髪を引っ張られ続ける。


「すんま、せんっ……!」

 それこそ、痛みに苦しみながらもイエロは何度も謝っていた。

 何度も何度も何度も。声を荒げながらも、何度も何度も何度も。


「もういいだろっ」

 見兼ねたクロードがついに口を開く。

「ちゃんと頭を下げて謝っただろ。何度も謝ってるだろ。こんなになっても謝り続けてるだろ……なのに誠意が足りないって、何なんだよ……!」

 しっかりと詫びている。この上ないくらいの気持ちを浮かべて。

 だというのにこの男は許そうとはしない。


 むしろ、イエロを痛めつけることを楽しんでいる。

 れっきとした正当防衛。その資格があると言わんばかりの顔。邪悪な笑みを浮かべている男子生徒を前に、クロードは徐々に怒りを覚え始める。



「部外者は黙ってろ」

 今度は爪が頭部に食い込んでいく。

「うぐっ……!」

 ついには、イエロは涙を流し始める。

 苦痛で済む痛みじゃない。発狂しそうになるもイエロはそれを抑える。きっとそれは、想像を絶する痛みであろうに。


「俺は、こいつと話してんのッ……!」


 それどころか、まだ何か追い打ちをかけようとしている。

 苦しむ姿を嗤いながら。イエロがいつ音を上げるのかを楽しみにしながら。




「もうッいいだろッ!!」


 我慢できなくなったクロードはついに手を伸ばす。

 持っていた風の魔導書が作動する。最強の魔導書、シカー・ド・ラフト・エアロ・ダイヴ。その三割とはいえ、絶大な威力を誇る突風を巻き起こす。


「うぐぅうっ……!?」

 一瞬だが、男子生徒は姿勢を崩す。

「離せッ!」

 このまま吹き飛ばしては、この男は髪を掴んだままだ。そうなっては痛みは増すばかり。姿勢を崩すその前にクロードは男の手をはたき、手放させる。


 男はマヌケな姿を晒したまま吹っ飛ばされていった。

 あまりに度が過ぎる仕打ち。最早娯楽のように痛みつけることを楽しんでいた無礼者を風の餌食にした。



「……大丈夫?」

「あ、あぁ」


 頭を抑えながら、イエロは返事をする。


「行こうっ」

 クロードはイエロの手を引きながら、次の課外授業へと向かっていった。






「あの……」

 吹っ飛ばされた男子生徒は廊下を転がり続けた。擦り傷まみれになった男は立ち上がり、豆粒のように小さくなっていくクロードの背中を睨みつける。

「クソみてぇなクズがっ……!!」

 怨念にも似たような声を上げながら。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数日後の事だった。

 今日も何事のない平日。クロードは学園の制服に身を通し、両親のいる食堂へと顔を出して、朝食ついでに挨拶をする。


「よっ! 待たせたなっ」

 友人であるイエロも食堂へと顔を出す。

「おはよー、ざいまっす!」

「いつもありがとね。はい」

 迎えに来る馴染みは厨房にいる両親に挨拶を交わすと、まかない程度に焼き肉丼を貰う。まだオープンしていないからこそ出来るサービスである。


「あざーっす!」

「全く、もう」


 図々しいのか、甘えているのか。

 常連の客のように焼き肉丼を口に掻っ込むイエロの後姿を笑っていた。お金払っていないけど。



「……失礼いたします」


 すると、食堂に一人、客人がのれんをくぐる。



「あれ? すいません、まだ営業していなくて、」

「クロード・クロナード君」


 スーツ姿の男。

 突如現れた人物は、一枚の書類を手に取って、朝ご飯を食べているクロードの目の前へ。



「本日付けで、貴方には“学園の退学”を言い渡します」



 その瞬間。

 食堂の空気が凍り付いた。

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