38時限目「追憶[下]【クロナード家の災難】(後編)」


 本日付けで、学園を退学。


 その場にいた全員もそうだが、一番戸惑っていたのは当然、クロード本人だ。

 スプーンをくわえたまま、固まっていた。最初こそ、何を言われたのか理解できていないようだった。あまりにも突然の事過ぎて。


「そういうことだ」

「ま、待ってください」


 状況をようやく理解する。

 これは、両親や友人が仕掛けたドッキリなんかじゃない。冗談ではないことも。


「ど、どうして、退学なんですかっ。いきなりすぎて……僕、何か、したんですかっ」

「……身に覚えがないのかね」


 スーツ姿の男は書類を見せびらかしたままだ。

 そこには、クロード・クロナードの強制退学届の契約内容に教員のサイン以外にも……退学の理由となる罪状が書かれている。


「君は、何の罪もない“学園の生徒”を魔法でいたぶった」

「!!」


 思い出す。

 昨日の授業前、クロードは一人の男子生徒を魔法で吹っ飛ばした。


「今回は怪我ですんだからいいが、これで死亡していたら立派な重罪だったぞ」

「おい! ちょっと待てよ!」


 食事途中だったイエロ・リーモンが立ち上がる。まだ食べるものを口の中に含んだままだろうが、マナーを指摘されようがそんなの関係なしにスーツ姿の男へ叫ぶ。


「コイツは俺を庇っただけだ! 俺達のいざこざに手を出しただけで……それに、コイツは追い払う程度で加減してたッ! いたぶるほどの事はしていねぇぞ!」

「……嘘はいけないよ」


 スーツ姿の男は取り乱すことなく、書類を手に告げる。


「その場にいた“生徒全員”の目撃証言もある。一方的に痛めつけていたとな……証拠も出揃っている以上。我々、学園側もそれ相応の対処を取らなくてはならない」


 スーツ姿のこの男はどうやら学園側の関係者のようだ。

 教員のような面構えじゃない。組織構成など、どちらかと言えば裏方の仕事を担当しているのだろう。


「君はまだ若い。だから檻に放り込むことは出来ん……その代わり、この退学を持って君への罰則とする」

 書類を畳み、食堂から去っていく。

「もう二度と、学園の門は潜るな」

 魔法使いの面汚しは学園に来るな。魔法使いへの処刑宣告。

 最終警告すらも冷酷に言い渡し、何か注文をすることもなく姿を消していった。



「たい、がく?」

 クロードは、今も状況が理解できないように呟く。

「僕が、たい、がく……?」

 次第に、その声は震えているように聞こえた。


「クロード! アンタっ……」

「違うんです、オバサンッ!」

 怒鳴りつけようと厨房から出てきた母親の道を塞ぐように、イエロは両手を広げクロードを庇うように立つ。


「こいつは何もっ、」

「いいや、したねぇ~」


 また、食堂の扉が開く。

 付き添いを二人ほど引き連れた……良いとこのお坊ちゃまの男だ。


 見覚えのあるその男は、昨日、クロードが吹っ飛ばした男子生徒だった。

 昨日とは違い……腕にはギプスを着け、足にも包帯を巻き、杖を突きながら歩いている。見るからに重傷を装って。


「俺にぶつかっておいて謝るどころか一方的に攻撃してさ。理不尽と言ったらありゃしない。おかげでこんな大けがを負ったのさ。全治半年、どうしてくれるんだよ」


 男子生徒は一枚の書類を床に投げつける。


「治療費くらいは払ってほしいよな~」


 書類に書かれた額は……全治半年のケガにしても相当すぎる額。

 オーバーにも程がある過剰な金額だ。不当と一言口にしても文句を言われないような、メチャクチャな言い分だけが書類に書かれている。



「……っ」

 クロードは男を見ながら思う。

 

 イエロの言う通り、吹っ飛ばしはしたが、当然加減はした。怪我もしないように追い払う程度に。向こうは足を躓かせ、転んでしまったようだったが。


 だが、だとしてもだ。

 廊下を転がる程度のものだった。あの程度のリアクションで治療に半年もかかるほどのケガを負うとは思えない。


 紛れもない演技だ。現にあの男子生徒は苦しんでいるような表情を浮かべていない。



「待てよ! ぶつかったのは俺だろ!? なんで、コイツが!」

「証拠は何処にあるのさ?」

「ぶつかった本人が言ってるだろうが!?」

「そんなの証拠にならないよ。口でなら何とでも言える」


 男子生徒は正論をぶつけてくる。



 ……同時に思う。

 あの場にいた生徒達。確かに複数の生徒こそいたが、その現場の内容はしっかりと目撃しているはずだ。それが全員揃って、何故“嘘”をついているのかが分からない。


 何より、ぶつかって転ばせた程度で何故、退学にまで追い込まれるのか。

 何故、ここまで学園が動くのか。謎に思ったクロードは席から立ち上がり、引き渡してきた治療費の書類に目を通す。



「……【ドリア・ドライア】」


 目の前にいる男子生徒の名。書類に書かれていたその名を口にする。



「ド、ドライアって確か……」

 母親が思い出すかのように口にする。

「魔法研究最高評議会副会長の息子……じゃなかったっけ」

 最高評議会副会長の息子。 

 この街では、誰もが目を見張るほどのお金持ち。



 偉い立場の階級は当然、この王都にも存在する。

 王族。そして、王族に属する重役の騎士達。その下にエージェントときて、一般兵と魔法使いたち。


 最高評議会は、その重役の騎士に相応する立場にある。

 学会や学園くらい、ある程度の圧力をかけてしまえば……手足のように動かせてしまう立場の人間であるという事だ。


 副会長の息子となれば、それくらいのわがままを言えば、通じてしまうのかもしれない。



「しっかりと払うんだよ。君が悪いんだからね~」


 杖を突きながら、書類を拾ったクロードの元へドリアが向かう。


「……なんだよ、その顔。納得いってないって顔だな」

 申し訳ないという顔を浮かべようにも、当然納得がいくわけがない。

 元より、態度が表に出てしまうような性格だ。プライドなのか分からないが、微かであれクロードはドリアを睨みつけてしまっていた。


「自覚しろよ」

 そっと、耳元でドリアは呟く。



「お前ひとりの勝手な行動のせいで……これから、お前の友人も、親御さんも苦しむことになるんだぜー?」


「……ッ!!」


 最高評議会の副会長の息子に手を出した。



 ちょっとしたワガママで学園を動かしてしまった男のやることだ。



 これから、その火花はクロードだけではなく。

 家族と友人にさえも……“火移り”することになる。想像を絶する嫌がらせで。


「お前、生まれてこなければ、皆、幸せだったかもしれないな」

 さりげなく、ドリアは杖でクロードの脚をつつく。

「世界で一番“最悪な男”。天災だよ……ひっひっひ」

 この場に不幸をバラ撒く種。生きても死んでもこの先一生の存在悪。


 ドリアは請求金とその一言だけを言い残し、食堂を去って行った。



「……僕がっ」

 書類を手に取り、震え始める。

「僕が……おばあちゃんの顔に泥を塗った……?」

 震えが止まらない。

 次第に力も入らなくなってくる。涙も溢れ始める。


「守りたいって思った皆を傷つけた……僕が……?」


 この先、皆には地獄しかまっていない。

 それを作った本人は自分。まだ16歳であったクロード・クロナードに、その現実と重圧に耐えきれるはずがない。生きても死んでも何も変わりはしない。徐々にクロードの心が砕け始めていく。



「僕がっ……」

「バカヤロゥッ!!」


 弱音を蓄音機のように漏らしていたクロードの頬が、勢いよくイエロに殴られる。


「……っ」

「お前は悪くねぇだろうがっ!! ただ、俺を庇っただけなのに……なんで、なんでこんなことになるんだよっ!! 意味がわからねぇよッ!!」


 ぶつけようのない怒りをイエロは叫び散らすだけ。

 これだけ衝動的になっても、この場にいる人間達だけではどうすることも出来ないというのに。


「……何があったか、教えてくれないか。二人とも」


 厨房から現れたムスタ・クロナード。

 その顔は、いつも女房の尻に敷かれるマヌケな男の顔ではなく。


 魔法使いのエージェントとしての、立場ある人間としての顔つきだった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 これが、クロード・クロナードの過去。

 夢を砕かれ、貴族を嫌う理由。手を出した自分が悪いと思っていても、どうしても割り切ることが出来ないクロードの心理。


「父さんと母さんは納得してくれたけど……」


 理由を話すと、両親は表情を悪くするどころか、ホッとしたような表情だった。

 “クロードが訳もなく人を襲うはずがない。何か理由があるはずだ”と。


 クロードに悪気はなかった。むしろ、いつも通り心優しい男であったことを知って、心の底から安心したようである。


「あれから、数日は部屋の外に出れなくて……どうしたらいいか、分からなかった」


 だけど、ワケを話したからといって解決するわけじゃない。


 それからの数日は、それはもう酷い日々が続いた。


 食堂の評判はかなり悪くなっており、客の出も常連しか来ないほどに少なくなった。今も継続できるのは、その常連の助け舟があっての事らしい。

 

 父親も息子の不出来だけでエージェントを廃業させられることはなかったが、当然風当たりは悪くなったと周りから聞いている。それを聞き出そうとしても『風当たりの悪さくらい、風の魔法使いの俺にはどうってことない!』と洒落を口にするばかり。


 イエロもイエロで、学園では度々辛い目に合っていると思われる。

 先日、アーズレーターで会話した際。質問に変な間があった理由もきっとそれだ。口にこそしていなかったが、なんとなく察せてしまう。


 皆、苦しんでいる。

 家族も友達も、今もずっと、向こうで戦っている。


「ある日、父さんと母さんが、ラグナール魔法学園のパンフレットを渡してきたんだ。まだ、魔法使いになる夢を諦めないのなら、ここへ向かえって」


 再起の道。たった一つの道を、死に物狂いで両親は探し出してくれたようなのだ。

 

「僕達のクラスの先生。実は、父さんの知り合いらしくてさ。話を通して引き取ってくれたんだ……最初こそ、街を離れるのは怖かった。あのまま、家族と友達を置いていくのが怖くて」


 たった一人、逃げるようで申し訳が立たない。当時はそう思った。


「だけど、皆、背中を押してくれて。いつも通りのお前でいろって言ってくれて……どうしていいか分からないままだったけど、流れるままに僕はあの街へやってきて」


 話がまとまるよりも先に、ディージー・タウンへとやってきたクロード。

 不安が渦巻いたまま。見知らぬ街への逃避行にも似た行為。だけど、皆の温情を否定することも出来ずに。板挟みになったまま、あの学園へと。





「分からないんだっ……今でも、僕のやったことは正しいのか、間違ってるのか……皆を置いてココに来てっ! ぼくって、薄情者、なんじゃないかって……ッ!!」



 一人、ノウノウと学園生活を過ごしている。

 クロードはこんな小さな幸せ一つ素直に喜べないほどに追い詰められていた。王都に残った皆の事を思い出すたびに、クロードの胸は締め付けられた。


 そして今も、一番弱みを見せたくない相手が目の前にいるというのに、こうして泣き出してしまいそうになっている。



「……辛かったよね」

 アカサはそっとクロードの肩に手を通し、身を寄せさせる。


「アンタ、悪くないじゃん。やっぱ、いいヤツじゃん。むしろ、悪いのはそのクソみてぇな貴族の坊ちゃんだって。気にすんなって」


 気を遣っているのか。ツラツラと呟いている。


「……私なんかには嫌だろうけどさ。今のうちに吐き出したいこと吐き出しとき? それくらいは黙っておくからさ」

 笑ってもいないし、同情するような顔もしていない。

 何気ない表情。戸惑いこそあるが、すました表情のまま夕暮れの空を見上げる。


「幸い、街までまだ時間あるよ。今じゃないと、たぶん、あと辛いぜ?」

「……ひぐっ、ううっ」


 きっと、男としてカッコ悪い事をしているとクロードは思っている。

 でも、どうしても我慢できなくて。どうしても、その胸の奥の闇から解放されたくて。


 この痛みに、闇の牢獄に一人囚われ続けるのが本当に寂しくて、辛くて。



「……ありがとうっ、スカーレッダさんっ」


 クロードは涙を流す顔を隠しながら、礼を言った。


「こういう時まで、さん付けかよって」


 いつも通りの文句を軽く口にし、アカサはクロードの肩を優しく叩いた。

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