38時限目「追憶[下]【クロナード家の災難】(前編)」
クロード・クロナード。14歳。
まだ、彼が学園に通っていない頃の話。
「クッソ……はえぇっ!」
思春期手前。まだ、鬼ごっこという遊びに多少の熱は入るお年頃。王都の広場でそんな何気ない遊びに熱狂する子供達がいる。
「追いつけねぇ!」
普通なら、鬼ごっこは鬼一人VS複数とやるもの。
しかし、この子供達は変則ルールで遊んでいた。
「どうなってんだよ……アイツッ!!」
逃走するのは一人。それ以外は全員鬼。複数人がかりでたった一人の逃走者を追いかける。
しかし、誰一人として追いかけられはしない。
手を伸ばしてもまだまだ先。遥か先、手の届かない位置にその男はいる。
「……追いつけるわけないじゃん」
その少年は、背中に“風”をふかす。ジェットのように。
「誰も、僕には追い付けないよ」
クールな雰囲気。ここ数年の修行の成果。
クロード・クロナード。
風の魔法使い見習いは、羽の生えた玩具片手に子供達を圧倒していた。
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伝説の魔法使い、カーラー・クロナードの元で魔法を教授してもらったクロード。
あれから数年、基礎となる風の魔法は大方使えるようになった。14歳という年齢でこの成長スピードはなかなかのモノで、近所の魔法使いたちもクロードの成長には目を見張るものがあった。
父親、そして他の家族もまた、そんなクロードを誇らしげに思っていた。
「ふぅ……」
鬼ごっこを終え、クロードは帰路につく。
「おーい! 待ってくれよ~!!」
こんな鬼ごっこ。クロードからすれば、軽いデモンストレーションのようなものだった。興味も失せた彼は少しばかり冷めた態度ではあった。
しかし、そんな態度を見せながらも、一人の男子が手を振って近寄ってくる。
「はぁ、はぁ……追いついたぜ……、お前すげぇな! あんなに器用に風の魔法を使えるなんて!」
「……気づいてたんですね」
長髪をポニーテールで纏めた男子生徒。クロードと比べると更に華奢な男だ。
しかし、クロードと比べて何処か男らしい態度。前のめりと言えばいいか。
「俺、イエロ・リーモン。お前は?」
手を伸ばし、イエロと名乗った男は笑みを浮かべる。
「……クロード、クロナード」
「クロードか!」
そっと手を伸ばすクロード。それに対し、イエロは両手で掴む。
「また一緒に遊ぼうな!」
「う、うん……?」
戸惑ったような表情でクロードは首をかしげていた。
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風の魔法使い。彼にはその素質があった。
それもあってか、魔法使いからは勿論、魔法使いに憧れる人物からも注目を惹かれる事はあった。
あの日、適当に集まった子供達だけで始めた鬼ごっこ。それがきっかけで知り合ったイエロ・リーモンという少年。クロードは王都で過ごしていた頃は、このイエロ・リーモンという男と一緒に遊ぶことが多かった。
「よいしょっと」
二人の間で流行っていた遊び、それはパルクールであった。
街の中を自由に駆け巡るのみ。住宅をよじ登ったり、高い建物から別の建物に飛び移ったり……まるで猫のように、街を回るのだ。
「今日もノッてるな! クロード!」
「……そうかな?」
風の魔術を駆使し、建物の上を自由に行き来するクロード。
このころはまだ、誰もが使えるような魔導書。基礎の次のランクとされている風の魔導書を受け取っていた。体をフワリと浮かし、時には吹っ飛ばす。彼にとって空中は、一種の庭のようなものである。
「あとはテンションも盛り上がってるといいんだけどな」
「そう見えない、かな……これでも、結構楽しんでるし、テンション上がってる方なんだけど」
複雑そうな表情でクロードは笑う。
「何というか、大人っぽいというか。落ち着いてるんだよな、お前」
テンションが低そうに見える原因をイエロは推測する。
「……だとしたら、師匠が原因、かも」
カーラー・クロナード。師匠であり祖母である魔法使い。
クロードも昔はヤンチャで天真爛漫な男の子だった。少し暴れ出すと手が付けられなくなる暴れん坊だったと父親も語っている。
しかし、ここ数年。カーラー・クロナードの元で魔法使いとしての修行を続けた結果、自然とその性格も鳴りを潜めていった。
カーラー自身がとてもクールで大人っぽい性格だったのだ。自然とその態度すらも真似するようになり、気が付けばクロード自身もカーラーのように落ち着きのある男へと育っていった。
「師匠って、お前のばあちゃんだっけか? 確か、昔は王様に認められた最強の魔法使いだったんだよなぁ~。カッケェぜ、全く」
王様に認められた最強の魔法使い。その肩書きだけでも興奮鳴りやまない。
イエロは師匠と親しむカーラー・クロナードを崇拝する。まだ、顔すらも見たことないというのに。
「なぁ、どんな人なんだ? やっぱ、お前みたいにクールなわけ?」
「うん。凄く静かで、カッコよくて……厳しいけど、とても優しくて」
クロードな己の師を心から敬っている。
「お前、おばあちゃん大好きなんだな」
「……放っといてよ」
おばあちゃん子で何が悪い。クロードは不満げな表情でそう答えた。
「ん……?」
また、街の散歩を始めようかと思った矢先。クロードは手荷物のポシェットに手を伸ばす。
アーズレーターだ。誰かからの通話。相手を確認すると、母親からだった。
「もしもし?」
『クロード! 早く帰って来なさい!!』
通話に出ると、慌てふためく母親の声が聞こえる。
『お義母さんがッ……!』
「!!」
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通話の後、家に戻ってくると……数人の医者が、誰かを連れて行った。
その人物こそ、カーラー・クロナード本人だった。
病院へ到着。しかし、クロードが次にカーラーと出会ったその時。
師匠である彼女は既に……“亡骸”となっていた。
「……大丈夫か?」
霊安室から出てきたクロードに、イエロは一声かける。
家族もそこにいた。皆、フラつきながら出てきたクロードに不安を覚えている。
カーラー・クロナードは長生きこそしていたが、既に老婆だ。幾ら健康に振舞おうとも、過去の戦いの傷と疲労は当然祟ってくる。元より、限界が近かったのもカーラー本人が悟っていた。
長くはない。それはクロード自身も分かっていた。
遠くない未来にその日はやってくる。ついに、病で倒れてしまったカーラーはそのまま永眠。クロードが駆け付けた頃には……天国へと旅立っていた。
「……おばあ、ちゃんっ」
平気を装うとはしていた。
しかし、クロードもまだ子供だ。どれだけ分かっていても、その現実を受け入れたくはない。だが受け入れないといけないその非情な現実に声を震わせる。
その日、クロードは父親と母親の胸の中で、子供らしく泣き喚いていたという。
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カーラー・クロナードが亡くなってから数か月後。
裏山の墓場にクロードは寄っていた。手向けの花を手に、一週間に一回は墓参りにやってきている。その日だけは、絶対に予定を入れずに。
砂埃の被った墓石に水をかけ、花を添えてから手を重ねる。
大好きだった師匠。カーラー・クロナードが死んでから結構な日にちが立ち、クロード自身も心情も落ち着いてはいた。
「……おばあちゃん」
立ち上がり、墓石に話しかける。
「僕、おばあちゃんやお父さんのような、魔法使いになってみせる。だから、この空からずっと見守ってて」
空は自分の庭のようなもの。カーラーはそう言っていた。
きっと、彼女の魂はこの空から見守り続けている。クロードはそう信じて、この数か月で気持ちを入れ替えた。
魔法使いになるために、その一歩を踏み出すために。
エージェントである父親のムスタ・クロナードへ……告げるのだ。
“王都学園”に入りたい、と。
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