36時限目「部品探し【スクラップ・タウン】(後編)」


 スクラップ・タウンは鉱山近くに商業を発展させた街である。

 他の街と比べると、鉄臭く油の匂いも広がっている。顔にオイルをつけた作業員がアチコチにいる。


 ジャンクショップにパーツショップ。多種多様の部品パーツが置いてあるために、わざわざ遠くからココへやってくるものも少なくない。


(さてと、これから別行動だと言ってたな……)


 駅を離れてから数分。マティーニは遠くからクロード一同を観察していた。

 これから、シャドウサークルの面々は幾つもの班に分かれ、魔法石の売却を行っていく。その班の中、二人のみで行動する“クロード”から目を離さなかった。


(数は多くない。隙を見て、息の根を止めてやる……ヒッヒッヒ)


 如何なる方法を使ってでも、クロードに痛い目合わせなければ気が済まない。

 ここは商業地域であると同時、作業用の車両や荷台、更にはロープコンベアによるモノレールなどがアチコチで動いている。


 事故、と見せかければクロードに大けがを負わせる方法なんて、この街でなら幾らでもある。

 マティーニは沢山の策を思い浮かべてはニヤけ面を浮かべる。どうしたものかと楽しみで高揚が止まらないようだった。


「……ん?」


 遠目から確認。一同がそれぞれの班に分かれ、行動を開始した。


(……)

 ロシェロと行動を共にしているブルーナ。

 たった一人、見つからない場所に隠れて監視しているはずのマティーニの方を見た。その瞬間、目が合ったような気がした。


(な、なにっ!?)

 当然、目が合えば動揺もする。

(……)

 ところが、そんなマティーニを他所に、ブルーナは何事もなく目を逸らし、ロシェロと共にゴリアテの部品購入へと向かっていった。



「今、バレてた……のか?」

 一瞬だけ目が合ったあの瞬間。それが気のせいじゃないかどうかが不安にもなる。

「いや、まさか。まさか、な……」

 気のせい、だと思いたい。

 だが、相手は学園でも指折りの秀才の一人であるブルーナ・アイオナスだ。気のせいじゃない可能性も十分に高いとは思われる……。


 マティーニは一物の不安を抱えながらも、クロード達を尾行することにした。当然、ばれないように数メートル以上の距離を保ちながら。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「この先、ですよね」

 ロシェロから貰ったメモの地図を手に、クロードは確認する。

「こっちだねぃ」

 アカサは返事をする。地図を間近で確認しながら。


「早く終わらせて、合流しましょう」

「……おいー、お前~」

 早足でショップへと向かおうとするクロード。魔法石が大量に入ったリュックサックもそう軽いモノではない。手っ取り早く身軽になりたいと考えていた矢先に、アカサは彼の肩に手を乗せてきた。


「ちょっとは会話弾ませようぜ~? 葬式みたいに静かにしちゃってさ~」


 ロシェロ達と別れてから数分近く経っているが、二人の会話は弾むことはない。むしろ、無言が続くばかりである。


「……話すって、何を話せばいいんですか」

「えっと、趣味の話とか、学校の授業とかさ……中身のない話でもいいから、少しは盛り上げる努力を見せておくれよ~」

 ブーブー言いながら、彼に文句を言い続けるアカサ。


「それと、いつまで私を苗字でさん付けな上に敬語なのさ。いい加減、タメ語で呼べよ~。親しみを込めてアカサちゃんって呼んだらどうなのさ~」


「……こっちのほうが喋りやすいんです。まぁ、慣れてきたら敬語を辞めるよう努力しますよ、スカーレッダさん」


「くはぁ~、ぜって~敬語やめねぇつもりだわ、コレ。こんな美少女相手に親しくできるチャンスだってのにさ~」


 アカサは文句を垂れ続ける一方だった。


 ……正直なことを言うと、サークルに入るとは口にしたが、これと言っていいほど距離を詰めるつもりは更々なかった。


 何より、このアカサ・スカーレッダという女とは関わりを深めたくはない。初対面の頃の無礼な発言が響いていることもあるが、こうやって人の庭にヅケヅケと土足で踏み込もうとする相手はあまり得意ではない。


 ロシェロやブルーナからも聞いている。こうして、距離を強引にでも近づけようとしているのは“相手を気に入っている”からとの事らしい。だが、そのやり方にボーダーラインなるものがない。


アーズレーターを使った長通話だったり、過剰なスキンシップだったり……彼女の悪行は、ハッキリいってキリがない。


 それほどお近づきになりたくはない。敬語とさん付けもそれの現れだ。クロードはそれを否定するつもりはないし、変えるつもりもない。


「……じゃあ、一つだけ」

 だが、それを抜きにして、クロードは一つだけ質問をしてやることにする。



「どうして、“エレキギターを持ってきてるんですか”」

 彼女の趣味だという骨董品の楽器。

 今回は買い物であって個人営業のライブをしに来たわけではない。だというのに、いつも通りギターケース片手に歩いているアカサが気になったようだ。


「あぁ、これ~? 骨董品だからメンテナンスは欠かさず行わないといけないからさ。修理用の部品だったり、私も個人で買い物があるわけ」


 どうやら、魔法石売りのついでに買い物の用事があるようだ。完全に個人のプライベート案件のようだが。



「まっ、気にしなさんな!」

(なんでもいいから話せって言ったの、アンタでしょうが)

「おっと、部品ショップ発見」

「あっ、魔法石売り場発見」


 ……二人同時、逆方向を指さす。

 目的地はお互い対面にある。指をさした直後に、クロードとアカサは二人同時に目を合わせた。


「……じゃあ、私コッチ行ってくるね」

「終わったらココで」


 二人はそれぞれの用事のため分かれる。アカサはプライベートの買い物、クロードは頼まれた仕事である魔法石の売却だ。


 お店に近かったのはクロードの方。お店に着くと、魔法石の確認と同時に、売買の同意書へのサインが求められる。必要事項などを最低限確認したのちに、クロードは同意書の記入を開始した。



「滅多にココに来れることないしね~。買えるものは根こそぎ買っておかなければ、っと……」

 店に入る前、アカサは財布を取り出した。


「……っ?」

 その、矢先の事だった。

 アカサは“何者かから後ろに引っ張られる”ように姿勢が傾いた。視線は財布から自然と空へと向けられる。


「……っ!!」

 そこで、気づく。

 押し寄せられている理由……“何を引っ張られている”かに。



「それでは、ここでしばらくお待ちください」

 同意書を確認し、魔法石ショップの店員がクロードへ待つように言い渡した。

「はい、わかりまし、」

「離せッ!! ドロボウがっ!!」

「……!?」

 待つために用意された客用の椅子に腰かけようとした瞬間、アカサの悲鳴にも近い叫び声が聞こえる。



 ___視線を向けると、部品売り場の前でギターケースを引っ張り合っている二人の姿がある。



 一人は持ち主であるアカサ・スカーレッダだ。取られないように足を踏んばり引き寄せようとしているが……細身の体で力もそんなにはない為か、押し負けている。


「うるせぇ! とっとと寄越しやがれよッ!!」


 何より、相手は“身長2m近くの大男”だった。ガラも悪く、耳も張り裂けそうなデカい低音の声で少女を威嚇している。

 体格の差、性別の壁も当然相まって、力勝負でアカサが勝てるわけじゃない。今、クロードはあまりにも堂々とした“ひったくり”の現場を目の当たりにしていた。


「くっ、うぐぐっ……!」


 取られそうになる。アカサは力を振り絞るが、やはり勝てそうにない。



「スカーレッダさん! 反撃しろッ!」

 クロードも慌てて、アカサの元へと駆け寄っていく。

「威嚇するんだ! 狼を追い払った、あの“ノイズ攻撃”で!!」

 音波攻撃。魔法を駆使することで、相手を吹っ飛ばすほどの音波攻撃が出来る。


 彼女にはそれだけの反撃手段がある。クロードは彼女にそう警告する。


「……ッ!!」


 だが、その途端。

 アカサの表情が……引きつっていく。


 何かに怯えるように、体も震え始めている。


「スカーレッダさん!?」

「貰ったぜッ!!」


 気が抜けてしまったその瞬間、大男はアカサからエレキギターを奪い取った。


「へへっ! どれだけ高値で売れるか楽しみだぜ!!」


 アカサの持っていたギターは、今の時代ではそうそう見かけない骨董品。古代文明の代物だ。お店によっては、想像も容易く越える程の高値で取引されている。

 大男は奪い取った代物を前に歪な笑いを見せている。あとはその場からトンズラするのみ。押し倒したアカサの事など気も留めずに逃げ始めた。



(やだっ……)

 地面に倒れそうになるアカサは手を伸ばす。

(私の、楽器……)

 彼女は自身の状況など気に留めない。それよりも、楽器を意識している。



(私の、最後の、夢っ……!)


「スカーレッダさん!!」


 彼女が倒れるよりも先に……クロードがその身を抱き寄せた。

 間一髪、クロードは自身の体を風で押し飛ばしたのだ。背中から頭をぶつけるように点灯する前……何とか間に合い、その身を引っ張り寄せた。


「大丈夫ですか!?」

「楽器……」


 アカサは礼を言うよりも先に、逃げる大男を指さしている。

 大男はもう足では追いつけない場所にまで移動している。路地裏に逃げ込み、まくつもりでいるようだった。


「私の、楽器……!!」


 アカサはただただ、そう静かに叫び続けていた。

 まるで……息子を攫われた母親のように、力なく、唸るばかりだった。




「ぐぎゃっ!?」

 途端、大男の悲鳴が聞こえる。

「「!?」」

 クロードとアカサは思わず目を見開いた。



 路地裏に逃げ込んだはずの大男が……

 “何かに押し出されるように、路地裏から飛び出してきたのである”。

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