37時限目「トラウマ【サイレント・ボイス】(前編)」
路地裏から突如飛び出してきた大男。
まるでバリアに弾かれたような。呆気にとられた表情で大男は荷物を手放し、あたりをキョロキョロ見渡している。
「……白昼堂々泥棒だなんて、凄い自信じゃないか」
路地裏から、その正体が姿を現す。
「だが! ディージー・タウン市長の一人息子であるマティーニ・フィナコラダの目が鋭いうちは……悪行は許さないんだな!!」
現れたのは、あのポッチャリ貴族。
クロード達にとって、あまりにも予想外が過ぎる相手。何故、そこにいるのかもわからない野郎が膨らんだ腹を突き出して、人差し指をひったくりに向けている。
「な、なにをしやがった」
「ふっふっふ、有能な人材は易々と手を明かさないのさ」
人差し指で鼻の下を擦りながら、マティーニは自慢げな表情だ。
「く、くそっ……!」
不意打ちを受けたが、大男はまだ諦めていない。また別の逃走路へ逃げ出そうと、立ち上がりギターケースを握ろうとする。
「うぅ、ぐっぅうう……!?」
しかし、ギターケースに手を伸ばした途端に、大男の体は再び地に叩きつけられる。
誰かに取り押さえられたわけではない。
急に体が重くなる。まるでそこにだけ重力が発生しているような……大男の体が、どんどん重くなっていく。
「逃がすわけないだろ……!!」
手を貸したのは、クロードだ。
立ち上がるよりも先に、クロードは風の魔術を使用した。横に吹かすのではなく、大男の頭上から。それほど遠い距離ではない。射程範囲内へと近づき、大男を風で拘束したのだ。
「ぐっ……くっそぉおおっ……」
起き上がろうにも風が強すぎる。
大男の体が徐々に地面に埋もれていく。外に出る事すらも叶わなく。枷も鎖もない、自然の牢へと押し付けられていった。
次第に、大男の体は地へと消えた。
人型の穴がポッカリと空いている。あとは自由を奪われたこの大男を憲兵に突き出すだけである。
「私の楽器ッ!」
アカサはすぐさま、ギターケースへと手を伸ばし、それを抱き寄せた。
「よかった……よかったッ……!」
それは力強く、二度と手放さないと体を震わせていた。
「……ありがとう。助かりました」
相手は例の人物という事もあって、距離感こそある礼だった。クロードは風の魔術を止めると、マティーニに頭を下げる。
「ところで、どうしてこんなところに?」
同時に疑問も呟く。何故、彼がこんなとこにいるのだろうか。
クロードは不思議そうに首をかしげていた。
「い、いやぁ! 実は父さんに買い物を頼まれてさ! ほら、市長室のドアが壊れちゃって、その修理の部品を……ここでなら! 安く買えるしね!」
汗まみれの表情で、マティーニはスクラップ・タウンへとやってきた理由を告げる。
(……あっぶねぇえーーーーッ!?)
心の奥底、マティーニは心のままに叫ぶ。
(隠れて不意打ちを仕掛けようとしたら、ひったくりが俺に所にやってきて……反射的に追い返しは出来たけど、コイツに怪しまれてないよな……いや、待て! 俺は今、コイツらに恩を売ったんだ! もしかしたら、信用されてる、かも……?)
大丈夫なのか否かは分からない。しかし、今は平常を装わなければ危険である。
「じゃ、じゃあ、自分は失礼するよ。泥棒はこの辺では多いから、気を付けてくれたまえ!」
汗まみれの表情。変に悟られる前にと、マティーニは全力疾走でその場から去って行った。
「……??」
変に慌てているマティーニの背中を眺め、クロードは逆方向に首を傾げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数時間後。それぞれの仕事が終了した。
列車に戻ってすぐ荷物確認。売れた魔法石の金額のチェックに、購入した部品。ミッションの8割を完了したと満足な結果だ。
既に時は夕刻。列車に乗り込み、ディージー・タウンへと戻っていく。
動き回ったからか、不良生徒の数人は列車に乗るや否や眠っていた。
「くかーーっ、ぐごごごご」
ソルダもいびきを立てながら眠っていた。
(うるさい)
耳栓の一つでも買ってくれば良かった。眉間に皺を寄せたクロードは席を変えられないかと不満を漏らしていた。
(……あれ?)
クロードは気づく。
アカサが座っていた席。隣の席にいるはずの彼女がそこにいない。
「すみません。スカーレッダさんは?」
一度席を立ち、ロシェロの元へ。
「あー。風に当たってくるとか言ってそのまま帰ってこないな。多分だが、一番後ろの車両にでもいるんじゃないのかね?」
そう言いながら、ロシェロは眠りかかっている。
ただでさえ睡眠時間も多い彼女だ。あれだけ動き回ったばっかりに、睡魔に対して正直になっていたようである。
「わかり、ました……?」
気になったクロードはロシェロに礼の一つとして頭を下げた後、アカサがいると思われる一番後ろの車両にまで向かっていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
夕刻の列車。ディージー・タウンへと向かうこの車両にはそれといった客がいない。
揺れる車体。コケないように一つ一つ座席を手すり代わりに握りながら、最後尾のデッキへと向かっていく。
(歌が、聞こえてきたな)
この時間、ディージー・タウンが近づいてきたことで、歌が聞こえてきたのかと思った。
休日の夕刻ともなれば盛り上がりの頃合い。最初こそ、受け流す程度にとらえていた。
(……いや、違う)
しかし、気づく。
歌が聞こえるにしても……まだ、列車は町から遠すぎる。
(デッキ、から?)
それだけの距離。こんなに鮮明に、透き通るように綺麗な“歌声”が聞こえてくるものだろうか。
座席から手を離し、デッキの扉を開く。
「……っ!」
そこにいたのは―――
普段の姿から想像もつかない、幻想的な姿。あまりに綺麗な姿。
子守歌、に似たような。
歌うアカサ・スカーレッダの姿がそこにあった。
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