31時限目「不安【現状報告】」


 サークル活動を始めてから一日目。


「疲れた……っ!」


 夜。自室に着くなり、クロードはすぐさまベッドで横になった。


 とても人間の手には負えない殺人カレー。そのまま廃棄するには困難だと判断し、サークルメンバー総出で、そのカレーの入った鍋を“山奥に不法投棄”するという暴挙に出ることになった。


 ちなみに不法投棄はもしかしなくても犯罪だ。絶対にやったらいけないよ。

 食べ物とは到底言えないカレーを運ぶ面々。その姿にクロードは白目を向けるばかりだった。


「……大丈夫かなぁ。これから」


 あのサークルに足を踏み入れた事、本当に正解だったのか。

 ここに来てまたも不安が募る。あの殺人カレーによってスタミナを根こそぎ持っていかれたこともあって、頭の中がやけにクリーンになったような気がした。


 明日の朝一の郵便バイト。大丈夫だろうか。それくらいの心配をする余裕は出来た。



「んっ……?」

 ベッドで横になってる最中。持ち歩いていたカバンが光っている。

 この光はアーズレーターの魔法石の輝きだ。誰かから連絡が来たようである。


「誰だろう」

 ベッドから起き上がり、カバンからアーズレーターを取り出す。

「あっ」

 アーズレーターを起動すると、呼び出している相手の名前が具現化されたモニターに表示される。相手を確認すると、クロードは慌てて通話に出た。



「もしもし」

『よぉ、クロード! 元気やってるか……って、随分疲れた声してるな。お前』

「あ、うん。色々あってさ……」


 通話の相手は馴れ馴れしくクロードの声の震えっぷりを笑っている。

 しかし、クロードはその距離感に対し、あまり不快な気持ちを浮かべていない。特に追い払う様子もなく、通話相手の騒々しい会話に耳を傾けている。


『そっか。ところで、そっちの方はどうよ! 勉強はかどってる? 友達出来たか? もしくは、彼女も出来ちゃったりしてるか?』

「え、何。もしかして、それを聞くために電話を?」

『たりめーよォ』


 テンションに置いて行かれているようなトーンで話し続けているが、向こうはそうであろうと温度差を変えようとはしない。


『昔からの付き合いだろ~? ダチの事は気になるんだって、やっぱ』

 ニヤついた声で返事が返ってくる。向こうはきっと笑いながら会話している事だろう。

『……あんなことがあった後、だからさ。思いつめてないか、心配になって』

 そして、直後に萎れたように覇気のない声が来る。

 笑顔が消えた気がする。気まずそうな表情で、通話相手は吐息を漏らしているのかもしれない。


「……ありがと」

『どうなんだよ、そっちは?』

「えっとね」


 ベッドに座り、現状況を通話相手に伝える。


「まぁ、初日から色々あったけど……上手くやってる。ボチボチ」

『そっか』


 クロードからの返事を聞くとすぐに、安堵したように笑った声が聞こえてきた。


『今のところは大丈夫みたいだな! 声が疲れてるから心配だったけど、楽しそうに喋ってるし……何かったらすぐに声かけろよ?』

「そうする」


 自然とクロードも笑みがこぼれてきた。

 通話相手の声は懐かしい声。クロードにとっては、廃れ切った心を癒してくれる存在、なのかもしれない。


「……こっちも一つ、聞いていい?」

『おう!』

 向こうが質問をしたのだから、今度はコチラの番。クロードは向こうが許可をしたところで、通話を切る前に最後の質問をする。


「父さんと母さん達、上手くやってる?」


 母親、とは少し前に会話をした。

 上手くやってるかどうか、その質問に対して母親は即答でイエスと答えた。何の躊躇いもなく、いつも通りハキハキとした声で騒ぐように。


 だから、この質問は無意味であるとは思われる。


 ___しかし。


『……っ!』

 本人以外に聞かないと、分からないこともある。

『あ、ああっ。上手くやってるぜ。お店はいつも繁盛してるし、遊びに行くときはいつも笑顔だからな』

 一瞬、通話相手の返事に妙な間が空いたような気がする。


「そう、か」


 その瞬間にクロードは何かを悟ったように思えた。


『……大丈夫だ』

 向こう側も、何かを悟ったように言葉を挟んできた。

『お前の父ちゃんと母ちゃん、凄く頑張ってるぜ。俺も必死に勉強してる。だから……』

 落ち着かせるように、諭すように通話相手の男は告げる。


『お前も頑張れよ』

「……ああ、言われなくても」


 アーズレーターの魔法石。通話オフのボタンへと手を伸ばす。


「ありがと、“イエロ”」

『……だからさ』

 呆れた声で、最後の返事が来る。

『礼を言うのは、こっちだっつの』

 その言葉を最後に、通話は切られた。



 通話を終え、アーズレーターをカバンの中に放り込む。

 制服のままだったが、立ち上がったのをついでに着替えることにした。寝間着姿のパジャマに袖を通し、いつでも寝られるようにベッドの上に寝転がる。



「楽しそう、か」


 通話相手。イエロと呼んだ男から言われたことを思い出す。


「ははっ、そうか……」


 疲れてはいたが、楽しそうだった。

 クロードはその言葉を思い出す度、胸に蠢いていた不安が少しずつ取り除かれていく。



「もう少し、頑張ってみよう」


 寝るのはまだ早いが、今日は疲れ切っている。

 また明日に備えてエネルギーの充填だ。クロードは体を休めるため、誘惑に従って瞳を静かに降ろしていった。

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