30時限目「歓迎会【究極のカレー】」


 今日の授業も終え、クロードとアカサは向かう。

 ロシェロのガレージハウスへ。鍵を受け取ったままのクロードは扉を開き、共にガレージへと足を踏み入れる。


「おいっす~、こんにちはゴリラ」

 上半身の身の甲冑の巨人にアカサは挨拶する。

「ゴリアテですって」

 黒いマッチョな毛むくじゃらではないと再度クロードは指摘する。


「……鍵、持ったままだけどいいのかな?」

「いいんじゃない? 返せって言われてなかったからって言い返せばいいし」

 とんだ屁理屈である。事実でもあるが。

 ひとまず、ロシェロから指摘されるまではそのカギを持っておくことにする。不法侵入をする空き巣になった気分であるが、向こうからの許可は一応取ってはいるので胸を張ることにする。


 階段を上り、ロシェロの待つ部屋へ。



「やぁ、改めまして。遠路はるばる、ようこそ」

 目を覚ましていたのか、ロシェロは制服姿で二人を出迎えていた。動きやすいように髪も二つに縛っている。

「来たか」

 同じく、ソファーでは紅茶を飲んでくつろいでいたブルーナもいる。


 シャドウサークル、全員集合だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 クロードが入ったことにより誕生した、新生シャドウサークル。

 メンバーは集った。夕暮れ数時間前と少し早めの放課後、いよいよ、四人組の活動が始まるのだ。


「では、さっそく活動を始める……と、その前に」

 ロシェロは何処からか持ってきたホワイトボードに視線を向け、近くにあったマジックペンを手に取って何かを書き始める。


「折角来てくれたのだ。まずは、クロナード君の歓迎会をしようじゃないか」

 新メンバーが来てくれたというのに、その歓迎会もなしとは如何なものか。

 リーダーであるロシェロはそう訴えた。ホワイトボードにデカデカと書かれた“歓迎会”という文字を背に、一日目の活動を高らかに口にした。


「歓迎会か。主に何をする?」

「お菓子でもつまみ、ジュースを飲みながら駄弁るくらいでいいとは思うのだが……ちょいと困った事態になっている」


 首を横に傾け、ガラ空きの棚へ目を向ける。


「生憎、買い溜めして貰った菓子の補充がない。つまみがないのだ」


 飲み物は用意してあるが、食べ物がない。

 つまみの一つもないとパーティーは盛り上がらない。ロシェロにとっては由々しき事態であった。


「屋根裏部屋の貯蔵庫には植物に野菜、冷凍保存してある魚類に精肉類、香辛料等の貯蓄はある……そこでだ」


 お菓子の文字にバッテン。飲み物と食材の文字には大きく丸を書く。

 ホワイトボードにスラスラとロシェロは何かを書いていく。


「交流を深めるために、我々で料理を作ろうではないか。絆を深める第一歩としてな」

「皆で料理ですか……いつものクソみたいな爆破テロより、数百倍楽しそうですね!」

「おいコラ、人が故意に施設を破壊しているような言い方はやめたまえ。ワザとではないよ、スカっとはしてるけど」


 最後の本音が余計だと何百回言えば分かるのか。

 少なくとも、アカサも普段の事故をエキサイティングなんて叫ぶほどイカれてはいないようだ。ある程度の常識のラインはやはり踏んでいるようである。


「しかし、料理と言っても何を作りましょうか」

 アカサは首をかしげる。

 イベント用の料理。全員で作る。それっぽい料理はないのかと模索する。


「クロナードが好きな料理でいいだろう」


 ブルーナが提案する。

 折角の歓迎会。主役であるクロードが食べられないとなれば意味がない。折角の歓迎会も台無しである。まずは彼の意見を聞くべきだと主張した。


「よしっ。クロード、君の好きな料理は何なのさ」


「えっと、キャベツを塩もみにした漬物とか、ゴボウの甘辛煮……他には、大根の葉としらすを混ぜたご飯とか」


「ジジィか」


 悉くが、爺さんのそれのラインナップであった。

 実際好きなのだ。否定されようがそれを取り下げるつもりはクロードには毛頭ない。



「ほかにないの。若者らしい料理」

「……カレー、とか?」

 首をかしげながら、おそるおそるクロードは聞いてみる。


「僕の実家、食堂をやってて……そこのカレーを食べることが多かったんだ。辛さとかも絶妙で、いつも食べてた。他に好きな料理って言ったら、カレーかなって……」


「よしっ、一気にそれっぽくなった!」


 ジジィのラインナップから一気に少年らしい食事に。アカサは満足げにその提案を受け入れる。


「ふむ、カレーの材料なら揃っていると思うぞ!」


 ホワイトボードにデカデカとカレーライスの文字を書く。


「では諸君! 裏庭へ移動だ! メンバー全員でカレー造りと洒落こもうではないか!」

「「「おーっ!」」」


 四人の気持ちが一つになった。

 これより、シャドウサークル最初の活動が始まるのである。


 屋根裏部屋に集まっている食材をそれぞれ手に取って、飯盒に鍋も手に取り、火を焚く為の薪と炭も用意する。万全の状態で、一同はガレージハウスを飛び出した!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 数時間後。夕暮れ、夕食時。







「「「クッソ、まずっ……!!!」」」


 クロード、アカサ、ロシェロの三人はスプーンを片手に呻き声をあげる。


「なんだコレ……豚の餌の方がマシと思うくらい壊滅的ッ……豚の餌なんて食べたことないけど……!」

 スプーン片手にカレーハウスを睨み続けるクロード。長年の戦友を殺され、憎しみに満ちたアヴェンジャーのようにカレーに憎悪を向けている。


「私は……泥を食べてるのか?」

 ロシェロは机にうつ伏せで倒れ込んでいる。まるで生気が消えてなくなっている。ゼンマイの切れた人形のように、たまに動いては止まるを繰り返す。


「凄いな……辛さの調整とか、火加減とかそれ以前の問題だコレ……これを料理って言いきったら、全世界の料理人に火あぶりにされるよ、コレ」

 すべての食材を侮辱しているかのような料理を前にアカサは首が座っていない。何度か、カレー以外のモノまで吐き出しそうになる。


「不味い」

 ブルーナに至っては単刀直入だった。真顔で告げる程の不味さである。


 目の前に用意されたカレーライス。米は上手く炊きあがっている。オコゲもいい調子だ。

 だが問題は主役となるカレールー。紫色のドロドロとした何か、ジャガイモやニンジンなどの野菜も原形をとどめずに溶けており、肉に至っては真っ黒に染まり“変形”している。


 料理じゃない。一種の兵器である。



「なんでこうなるんですかッ!? 料理できそうな空気だったでしょ! 成功しそうな展開だったでしょ!? 何をどこで間違えた!?」


 何故このような料理になってしまったのか、アカサは原因を探っていく。



「ロシェロ先輩! 材料は揃ってるって言いましたよね!? 明らかにカレーの作り方知ってるような言い方でしたよね!?」

「いやー、材料は分かっても容量と入れるタイミングは知らんよ。私が普段から料理をするような人間に見えるかね、スカーレッダ君」

「なんで誇らしげなんだよ、この人」


 料理をしないことに胸を張る少女を前にアカサは呆れかえる。



「アンタも、家のカレーを食べてたとか言ってたよね。作り方教えてもらってなかったの?」

「ない。そもそもレシピを見ないで料理を作ったのは今日が初めて」


 普段はレシピを調べてから作る。計画をあらかじめ立てるのがクロードのやり方だ。

 慎重になって行動すると言ったのに序盤から壊滅。クロードは流れに乗った自分を呪っていた。



「ブルーナ先輩は」

「悪いな。私は生まれてこの方、刃物はコンバットナイフとダガーナイフ、それとミートナイフ以外は握ったことがない。父の付き添いのコックに任せきり&レストラン通いだ。すまんな」

「だから、なんで料理できないこと誇らしげなんですか、この人たち」


 清々しい顔でそう言い切るブルーナに対しても呆れていた。今回に限っては、その済ましたクールな対応に腹が立っている。



「「「そういう、アンタは」」」

「一度も料理したことありまちぇ~ん♪」


 ___アンタも大概だよ。


 結果、シャドウサークル活動一日目は先輩メンバー達も含めて地獄を見る羽目となった。ご愁傷さまとしか言いようがない。殺人カレーを前に、全員のスタミナは根こそぎ持っていかれてしまった。


「きょ、今日は失敗したが……明日から、頑張ろう」

 明日から頑張る。そう言い続ける人間は怠け者である性質が高い。

「……賛成です」

 だが、クロードはそれに賛成した。

 とてもじゃないが、今日の活動は困難だったのだから。


 後先不安なスタート。ヤケに雲がかかった夕暮れが、クロードの今後を占うようで不安が募るばかりであった。







「ところで、このカレーどうします」

「……山奥の魔物なら、食べてくれたりするんじゃないかな」


 その日、山奥に“魔物も殺せる殺人兵器”が放置されることとなった。

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