24時限目「要注意人物【騒音少女】(中編)」


「待て待て待て待て待って待って待って待ってッ!?!?」

「でかっ、すぎないか……ッ!! アレッ!?!?」


 アカサとクロードの二人は全力疾走だった。


『ギギギッ! ギッ! ギギギーッ!!』

 同じく後ろから着いて来るのは、鬼の形相でありながらも少しばかり愛くるしさを覚える“巨大”な二足歩行マタンゴ。しかし、そのサイズは巨大。

 ふくよかなボディに反してそのスピードは桁違い。マラソンのランナーのように両手を振りながら、逃げる二人を追いかけている。


「マタンゴって手のひらサイズの小さい魔物じゃないのッ!? どっからどう見てもクマが泣いて逃げ出すレベルのビッグサイズじゃねーかァッ!?」

 声を荒げながらアカサは逃げ惑う。


「向こうではあんなに大きなマタンゴは見たことない……自然の環境が多少違うだけであんな大きいのが、」

「いやいや、なんで関心してるわけッ!? お子様が大人ぶってる場合じゃないでしょ、どうみてもッ!?」


 一人ブツブツと呟いているクロードの胸元にストレートの平手打ちが来る。

 巨大マタンゴのスピードは恐ろしい。喘息覚悟で走っている二人をあっという間に追い上げてくる。


『ギギギーッ!!』


 触れられる距離。拳が届く距離。

 マタンゴは勢い付けて、真っ白い菌糸まみれの拳をアカサの背中へと突き付ける。


「くっ……!」

 追いつかれる。クロードもそれを悟った。

「えっ?」

 アカサの身体がフワリと浮く。


 何かが横から体当たりをしてきた。横にはクロードしかいない。つまり彼から真横に押し出されたのだ。


「ッゥ……!!」


 代わりにマタンゴのストレートをクロードが受ける。吹っ飛ばされた彼の体は足元の悪い地面を転がっていく。


「転校生君ッ!?」

「いっつつ……やったなッ……!」


 寝転がったまま、クロードは片手を突き出す。

 反撃の魔術だ。片腕から放たれるのは速攻発動の割風砲である。


『ギギギ!』


 しかし、大きいボディのわりにすばしっこい。マタンゴは魔力を探知すると、目にもとまらぬスピードでそれを回避する。


「避けたッ!? デブのくせに早っ!?」

「発煙筒を投げて! 早くッ!!」


 立ち上がるよりも先に、クロードはアカサに指示を送る。


「えっとッ……こうでいいのかッ!? コンチクショウッ!!」


 言われた通り、発煙筒を起動させ、地面に投げつける。

 煙はあっという間にあたりに広がり、目くらましとしての機能も果たし始める。


「こっちッ……!」

「おわっと!?」


 煙が満面に広がる前に、クロードはアカサの手を引き木陰へと隠れる。


『ギッ! ぎぎっ! ぎひっ!』

 煙幕に目がやられたのかマタンゴは咳き込みながら苦しんでいる。

『ギギギ……?』

 発煙筒から撒かれた煙幕は数秒程度広がったと思いきや、風に乗ってすぐに引いていく。既にいなくなった二人を前に、マタンゴはあたりを見渡している。


 その場からあまり動こうとはしない。


見つけた人間二人を痛めつけようと目論んでいるようだ。視覚も嗅覚、聴覚もさほどよくはない低級モンスターのマタンゴはそこらを歩いている。



「いっつっ……」

 木陰で身を潜めることに成功したクロードは静かに声を漏らす。

「ちょっとっ、今の大丈夫だったの?」

 アカサも声が慌ててこそいるが、マタンゴに見つからないようにと小声で問う。


「……大丈夫。マタンゴのパンチ自体は痛くない。ただ、転がった時に痛めただけ」

 

 あんなふっくらボディだ。サイズが大きかろうと、正面から受けようと大した攻撃にはならない。

 だが、殴られた際、トランポリンを押し付けられたように体は押し飛ばされた。勢いよく飛んで行った上に、着陸地点は足場の悪すぎる地面。


「正面から攻撃受けても避けられる……もう一個、発煙筒を投げようにも、今投げたら、マタンゴに場所がバレる」


 正面から挑んでも、避けられてカウンターを入れられる。


割風砲デス・ガルダも、出力を上げないとあの巨体は吹き飛ばせない……森を荒らしかねない」

「どうする?」

「……」


 まだ起動していない発煙筒を手に、クロードは気まずそうにアカサを見る。


「頼みごと、してもいいですか」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


『ギギギッ』

 マタンゴは諦めが悪いのか、数分経とうともその場から立ち去ろうとはしない。ヨチヨチ歩きで探し回る。



「おいコラァッ! そこのキノコーッ!!」


 すると、別の木陰から声が聞こえてくる。

 標的の一人であったアカサ・スカーレッダ。その手には先生へ助けを呼ぶための発煙筒。


「コーレを見ろーーーッ!!」


 空へ向けて発煙筒を向ける。

 既に起動済み。筒の中から、狼煙代わりに花火のような煙が空へ舞い上がっていく。パチパチと鳴り続ける騒音が実に耳に響く。


『ギギギーッ!』

 目障りな標的に耳障りな騒音。

 マタンゴはアカサ目掛けて走り出した。マシュマロのように柔らかい拳を構えて。





「……“斬り裂く”ッ!」


 アカサがいる方向とは違う方向。

 マタンゴが気を取られている隙に、クロードは広げた片手を天に掲げたまま、木陰から姿を現す。


割風車カット・ガルダッ____!!」

 

 天に掲げた手の上にはやはり歪みがある。

 しかし、それは即座に放たれる竜巻の砲台ではない。


 “丸鋸”のように平べったく固定された空気。風。

 極限にまで薄く固定化された空気は“刃”。ふっくらボディのマタンゴ目掛けて、風の刃を手裏剣代わりに放り投げた。



『ギギギャッーーーッ!?』


 円盤の刃はマタンゴの体を裂いた。

 マシュマロのように柔らかいボディだ。体は重くても、真っ二つに引き裂くこと自体は容易いはずである。


「……チィッ!」

 直撃ではある。しかし、クロードは舌打ちをした。


 向こうは魔力に対して感が鋭かったのだ。

 マタンゴは直前でクロードの存在に気付いたのか体を逸らした。結果、風の刃はマタンゴの急所を引き裂くことはなく、大して害のない菌糸まみれのカサを裂いたのみ。


 坊主頭に変えただけだ。マタンゴの心臓を貫くことは出来なかった。


「外したッ!?」

(まずい、かッ……!?)


 苦虫をかみつぶすような表情で、クロードは巨大マタンゴを睨みつけた。





『ギギッ、ギギギッ……』

 後ずさりをしながら、マタンゴは人間二人を交互に睨む。

『ギギギギャァアアアア……ッ!!』

 しかし、襲い掛からなかった。


 むしろ、拳で涙を拭いながら逃げ去った。


「「……」」

 怖くなったのか。それとも、自慢のカサを引き裂かれたのが悲しかったのか。

 あまりに呆気ない退場。クロードとアカサの二人は目を点にして固まっていた。



「え、えっと。どうする?」

「……助けを待とう」


 変に追いかけると、報復にと戻ってくる可能性もある。

 身を隠して先生の助けを待つ。それが賢明だろうとクロードは提案した。


「いつっ……!」


 しかし、その矢先。

 クロードの表情はまたもひどく苦痛で歪む。


「転校生君?」

「も、問題ないから……」

 “問題ない”。

 体に何かあると言っているようなものだ。


「ちょっと見せて」


 無防備なクロードを一度座らせ、ブーツを乱暴に脱がせる。


 足が腫れている。

 マタンゴに殴り飛ばされた際、軽く捻っている。体を打ち付けただけではなかったのだ。


「湿布あるけど、使う?」

 アカサは手荷物の中から、医療品の冷たい湿布を取り出した。

「いや、これくらいは我慢できるから、」

「嘘つけよ。こういう時くらいは甘えとけって」

 彼の反対を無視して、湿布をクロードの踵部分に張り付けた。


「なんで、そんなもの持ってるんです」

「いやぁ、森の中って暑いじゃん? 体冷やすためにこっそり持ってきてた」


 荷物チェックをされたとしても、軽く注意される程度。それならばと、ズルできるアイテムを持ち運んでいたようである。


「……あり、がと」

「ん?」

「何でも、ないです」


 クロードは小声で何か言葉を漏らし、マタンゴの逃げた方向へ視線を逸らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る