9時限目「風の魔導書【シカー・ド・ラフト・エアロダイヴ】(後編)」
焦る表情、同時に悔しそうな表情を浮かべるクロード。
魔導書を手にする事に対して賞賛こそ与えられたというのに、その表情はあっという間に曇りを見せ始めた。
「彼の言う通りだ」
フードがめくられ、日傘も投げ捨てる。それほどの興奮を見せていた少女・ロシェロは再び顔を隠し、日傘で太陽から逃れるように自身の体を覆い隠す。
「彼がその魔導書を完全に解読出来ていたとなれば……あのジーン・ロックウォーカーとは良い勝負が出来ていたかもしれないがな」
「えっ?」
ロシェロの発言にアカサは首を傾げた。
魔導書の事を深くは知らない彼女だ。あれだけの出力を見せられてもまだ完全ではないと聞いて疑うのも当然だろう。
「……王都の学者は愚か、王城から名誉賞を貰っている魔法使いですら手こずる代物だぞ。それだけの人物でさえ、魔導書の力を引きずり出せたのは……せいぜい、8割が限界だった」
魔導書に記録されている魔術の一部こそ発動は出来るものの、その本領を発揮できずに終わっている。中には、まだ“発動すら出来ていない魔術”も封印されている可能性が残されているという。
「1割解読できれば上出来。3割引き出すことが出来れば相当な腕だ……あの出力を見る限り、まだ2割程度の域だな……」
あの表情が図星であるというのなら、彼はシカー・ド・ラフト・エアロ・ダイヴの本領をその程度しか発揮できていないという事になる。
それだけでも、彼がまだ思春期の一生徒の年齢であることを考えると、大した実力であるのだが……“その程度では届かない”。
「ふむ、まぁ、貴重な経験はさせてもらえた。それだけでもココに来た価値はある」
「えっ、ちょいちょい。勝手に話しを進めないで納得しないでくださいよ」
まだ、理解できていないような表情でアカサは問う。
「……あれ、良い勝負してないんです?」
戦場を指さす彼女。
ジーン相手に見事抵抗して見せているクロード。そして、その実力はジーン本人も称賛している。良い戦いをしているようには映っている。
「何を言ってるんだい」
わかり切った表情。天才だからこその表情で彼女は答える。
「“圧倒的じゃないか、どうみても”」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
図星を突かれたクロードは歯ぎしりをした。
トラップも見抜かれた。割風砲でさえも片手で弾かれた。更には実力さえも図られたような気がした。
まるで手のひらの上だ。
この戦いも良い勝負に見えて、まるで会場を盛り上げるための演出に見えてきた。そんな屈辱がよりクロードの顔色を悪くした。
「わかり切った、事を言って……、」
思わず、片足が後ずさりをしてしまいそうになった。
自然と体は恐怖を覚えていた。この男には勝てるわけがない。本人の意思とは関係もなく、徐々に肉体は追い詰められていた。
「……あぐっ?」
そうだ、追い詰められている。
彼は肉体的にも、精神的にも酷く追い詰められ始めている。
「な、なっ、どう、して……?」
後ずさり出来ない。その場から動けない。
恐怖で体が震えているのは分かる。逃げ出してしまいそうになったのも自覚は微かにできていた。だが、一歩たりとも、彼の肉体はそこから移動することはない。
“動けない”。
クロードの肉体は、一歩もそこから動くことを許されなかった。
「すまないが、決着を着けさせてもらう」
ジーンの右腕が光っている。
黄色の魔方陣。ロックウォーカー家に代々伝わるとされる力が密かに発動されている。
「……足元っ」
体は震えて足だけが動かない。となれば、視線は当然足元に行く。クロードは自身の体に起きた異変にようやく気付くこととなる。
“黄色の魔方陣が地上に具現している”。
それを足踏みにするクロードは一歩たりとも動けない。その狭い魔方陣の中に、肉体そのものを閉じ込められたよう。まるで牢獄だった。
「いつの間に……!」
「今の君が出せる全力を見せてくれ」
ジーンのもう片方の片腕が光り出す。
彼を拘束しながらも、その片手間にもう一つ“攻撃”を放とうとしている。そのセリフが放つ意味は、その一撃にて“確実な決着”を果たすという意思であった。
逃げ場はない。
今の彼は、ジーンが口にすること以外の行動は許されない立場。逆らうことは許されない。クロードはその一撃を、その身をもって経験しなくてはならないのだ。
「……言われなく、ても」
体は恐怖を覚えていた。肉体はその勝負を諦めているようだった。
「その、つもりだ……ッ!」
だが、彼の心は諦めていない。
元より逃げるつもりはない。
ジーンに負けるつもりはない。今の彼には“闘志”が溢れている。
「よい、心がけだ……!」
魔方陣が展開される。
トドメの一撃。正々堂々の真剣勝負を語る一撃が、放たれようとしている。
「
両手を広げ、クロードの前方に緑色の魔方陣が展開される。
高速発動も詠唱を端折ることもしない。文字通り、あのジーンという魔法使いを倒すために、今の彼の全力全霊を発動する。
「
今までは目に見えないドリル状の突風が迫る程度。故に、大地に傷跡こそ残しても、そこらに異変を与えることはなかった。
“大地どころか、空間が完全に歪んだ”。
無音はついに騒音にも切り替わる。両腕から放たれる二対の竜巻のドリルが一つとなって、バトルフィールド全てを飲み込む“災厄”を生み出した。
「放つ___」
それだけの魔術を前にしても、ジーンは臆さない。
「ジャスティス・ライト……“ル=アール=アーク”___。」
片手での発動。全身全霊の最大出力を前に、彼は片手のみ。
だが、それで十分。
クロードの全力はどう足掻いても……“この魔法使いには届かない”。
「……っ」
何が放たれたのかもわからない。おそらく、光線ではあると思う。
光の速さで飛んできたであろうそれは……竜巻諸共、彼を飲み込んだ___。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます