8時限目「ロックウォーカー家の秘伝【ジャスティス・ライト】(後編)」


 ロックウォーカー家に代々伝わる光の“魔衝”。

 微塵の出力であろうとクロードの絶え間なく乱射する風を引き裂いてみせた。


 あと一歩。あと一歩のところでクロードは戦闘不能だったはずだ。


「ふっ、なるほどな。これは“小賢しい”」

 

 しかし、ジーンはトドメを刺さずに拳を引っ込めた。

 それどころか一度距離まで取る。折角詰めた距離は再びクロードの射程範囲ギリギリの位置にまで広がってしまう。


「……情けのつもりですか、それとも、俺に勝ち目がないから降参しろとかいう警告のつもりですか」


 小馬鹿にされたような気がするのか、クロードの機嫌はより悪くなったように見える。ハンディキャップをつけるような行動は、もしかしなくても彼の火に油を注ぐような真似以外に他ならない。


「とぼけるのは、よくないな。嘘吐きは泥棒の始まりだと、良く言うだろう」


 ___いや、違う。

 勘違いをしてはならない。


「それも君の力か。随分と器用な真似をするじゃないか」

 ジーンは気づいている。だからこそ、距離を取った。

「君が無敵であった正体。それは……君が纏っている“風の鎧”が正体だな?」

「……ッ!!」

 彼の人差し指はクロードにではなく、その足元へと向けられている。


 “不可解な傷跡が残されていた”。

 水をぶちまけられたような焦げ跡がクロードの足元に残されている。あの痕跡は紛れもなく、ジーンが放った光の弾丸が作った傷跡だ。


 それはまるで、光は彼に命中した直後、あたりに拡散したように思える。

 何かに弾き返された。そして粉みじんに切り刻まれるように、受け流された。



 “風の鎧”。

 ジーンは寸前で、そのギミックに気づいたのだ。


 彼は“餌を演じて、大物を釣り上げよう”とした策士的な一面を見せた事。焦りを見せた一面をそれはジーンを釣るための演技であった事。


 この一面。挑発しているのはジーンではなく……“クロード”の方であったのだ。


「……くっ」


 見透かされている事に悔しさが増したのか、クロードは舌打ちをする。

 図星である事以外に彼の舌打ちの理由が見つからない。ジーンの宣言は正解だったようだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ジーンが何故、トドメを刺さずに距離を取ったのか、いまだに理解を示せないものが会場席には数人いる。あのまま光を突き入れれば、彼の勝ちは決まったようなものだったのだ。


「風の、鎧?」


 アカサは首をかしげている。


「おいおい、君の言った“食虫植物”のような例えは確かに正確だなと思えたところなのに、君がそれを一番理解できなくてどうするのだ」


 その真横では、日傘の少女がいまだにチンプンカンプンのアカサに呆れていた。

 

「よく見た前……彼の体を、じっくりと」

「じっ、くりと___」


 アカサは視線をクロードへと集中させる。

 どこからどう見ても、攻撃的な一面を見せる少年の姿のままである。何かを仕掛けているような気配はない。


 だが、ジーンと日傘の少女が指摘した通り。

 それを一度耳にして、それを意識したとなれば……彼女にも“見える”。


「あっ!」


 “歪み”。

 彼の周りの空間に“若干の乱れ”が見えることに。


「放った風と変わらぬ出力の風を鎧として身に纏っているな……飛び道具として放った風とは違い、あれは吸い寄せた標的を“粉微塵”になるまで切り崩す。とんだ殺人兵器だな、アレは」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 トラップを見抜かれてしまった。

 図星な態度を引っ込めることが出来たのであれば、まだバレることはなかったかもしれない。だがもう遅い、今のリアクションで完全に風の鎧の存在がバレてしまった。


「……どうやって」

 その部分では負けを認めたのか、悔しそうにクロードはジーンへ問う。


「僕の【爆風総鋼リアクティヴ・アーマー】に気が付いた……?」

 この距離では、彼が名付けたであろう“固有魔術”の名前は聞き取れなかった。


 だが何らかの能力であったことは確かなようだった。あのまま触れていたら手首は吹っ飛んでいた。彼の纏う鎧は、魔力が凝縮されている分、放っていた風よりも強力であったのだ。


「私はロックウォーカーという、古くから魔物退治や悪党退治を生業としてきた一族の生まれでね……その一族が保有する“光の魔衝”は、一流魔法使いの間でも強力と呼ばれているのさ」


 指先で光を放ちながら、ジーンは語り出す。


「生半可な身体ではこの力を扱えない。幼い頃から、一族として体と心眼を鍛えてきたのさ……故に、魔力の感知に関しては、そこらの魔法使いよりは敏感でね」


 微塵であろうと、直感的に感じられる肉体であるという。


「だからこそ分かる。君は相当な逸材だ……その体でそれだけの力を扱えるとは……君の魔法は、一体“どれだけの数の魔導書”を使っているのか興味がある」


 魔術なのか、魔衝なのか。

 彼はもう、それすらも見破ってしまっている。


「是非とも教えてはくれないか。一族のサガだ、興味を抑えられそうにない」

「……」


 クロードは彼からの提案に黙り込む。



「___はい」


 ただ一言だけ、返事をして。

 ブレザーの裏側に隠しておいた“一冊の魔導書”を提示した。


「……ッ! なんということだッ……!!」


 その魔導書を目にした途端。ジーンは驚愕のあまりに唖然とした表情を浮かべた。

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