7時限目「優等生とダークホース【ダブル・ホープ】(後編)」


 二人の魔法使いが配置につく。

 ルールは制限時間なしのデスマッチ。どちらかが降参するか、戦闘不能のどちらかになるまで戦い続ける。死傷を受けさせない限りはある程度自由だ。


 教師の合図がゴングだ。その瞬間、演習が始まる。


(……あの場には、爆発以外での被害は確認されなかった)

 ジーン・ロックウォーカーは、対戦相手であるクロードから目を離さない。


(“何も見えなかった”、“いつの間にやられていた”か)


 男子生徒の何名かは口を揃えて、そう言っていた。

 クロードの攻撃は“目に見えなかった”と。

 

(起爆ではない。目に見えないどころか気配すらも感じない。その攻撃の正体は……なんだ?)


「始めッ!!」


 教師から、試合開始の合図が放たれた。



「ッ!!」


 同時。

 クロードの片手が胸の前。手のひらはジーンへと向けられる。



(___ッ!! 来るっ!!)


 ジーンは即座にその場から退避した。


(“奴の魔法がッ”!!)


 彼は感じた。感じることが出来た。

 だから、すぐさま回避した。



 “グラウンド一面の一直線にクレーターが出来上がる”。

 目に見えない何かとやらは、ものの一瞬でグラウンドの地を抉ったのだ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「「「……!!」」」


 試合開始と同時、会場席は一瞬にして空気が凍り付く。


 手で掬い取ったような、というよりは。巨大なドリルがその場を列車のように通過したような痕跡……不自然に地面が抉れていた。


(出たっ……“目に見えない攻撃”ッ……!)

 

 この攻撃を目にしたのは、既にアカサは四回目だ。

 教室で一回。裏庭で二回。そしてたった今。合計して四回。


(前の三回よりは何が起きたのか何個か予想つくようになったけど……駄目だ、やっぱり見えなかった……“デス・ガルダ”って言ったっけ……?)


 魔力の気配も見えない。詠唱などの予備動作も一瞬。何が起きたのかアカサは今も尚、予想の試行錯誤を繰り返す一方だった。


「なるほど……確かにこれは、君くらいの人間なら興味が湧いても仕方ない」

「ちょい。私が格下みたいな空気出してもらえないでくれます?」


 アカサは少女の発言に対し、軽くどつく。


「……先輩“見えた”系です?」


 フードの中。幼気さが残る瞳がクロードを見つめる。

 片手を伸ばしてそのまま、対戦相手であるジーンを睨みつけたまま棒立ちだ。


「ああ、見えたとも。バッチリ……私や彼ほどの天才じゃなければ、見えるはずがないよ。あんなもの」


 理解のできない視認負荷攻撃。あれを初見で回避することはまず不可能。魔力の察知に関しても、“相当なレベル”に勘が鋭くなければ感じられるはずもない。


「文字通り、カミワザだな……いや、あれは」

 少女は傘をメリーゴーランドのように回し、声にも漏れるように笑みを浮かべる。

「“カミカゼ”というべきか」

 外に出た甲斐があった。ご満悦、そう言いたげの表情だった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 抉れたグラウンドに砂霧が立ち込めている。

 その中で二つの人影。互いに立ったまま、そこから動こうとはしない。


「……それが君の“嵐”か」


 晴れる砂霧の中、ジーンが姿を現す。

 傷は制服の腹部が抉れた程度、大したダメージにはなっていない。



「ちっ、仕留め損ねた……ッ!」

 舌打ちと同時に、クロードは歯をかみしめる。

「まさか、避けるなんて……!!」

 この一発で決めるつもりだったようだ。試合開始が始まったと同時、変に長引かせることもなく一瞬で終わらせるつもりだった。


 だが、この辺りでは有名人というだけの事はある。見事に回避された。

 前情報を入れた人間でさえも、完全な回避は不可能であった“秘術”を。


「気配は本当に微塵だったが……その“殺意”のおかげで攻撃に気づけた」


 軽い傷を負ったのみで済んだジーンは堂々と宣告する。

 既にクロードの攻撃は見切った。その正体を掴んで見せたと。


 “君の嵐”。

 この一言が、彼の攻撃の正体を物語る。


「冷静そうに見えて、ここまで過激とは……まるで不発のダイナマイトだ。迂闊に発破をかけると、今にでも破裂しそうだ」

「……わかったような口をきくなよ」

「わかったのさ」


 【割風砲デス・ガルダ】。


「君の魔法は……“繊細な風”だ」


 風の魔法。目に見えない理由も“透明な弾丸”であったからだ。


 彼は片腕から“小型の竜巻”を放ったのだ。

 ただの竜巻ではない。真ん中のスカっとした無風の空間は“渦巻き状の空気”が組み込まれる。彼が作るのはまさしく“風と空気のドリル”であった。


「気配を悟らせない技術だけではなく……驚くのはその威力だ。遠く離れても吸い寄せ、飲み込まれそうになった」


 その竜巻は、ただただ相手を押し飛ばす程度では飽き足らない。

 敵を引き寄せ、敵の体を引っ掻き回し、ズタズタにしていく。


「この殺意……もし、当たってたら」

 もし、クロードの風の気配に気づくことなく直撃していたら___


「“ケガじゃ済まなかった”」


 保健室送りにされた生徒達なんかとは比べ物にならない傷を負っていただろう。


 あの風に飲み込まれるのは“ミキサーに放り込まれる”のとまったく同じことだ。体中の筋肉と骨がボロボロにされていただろう。


 槍のように貫き、吹っ飛ばした相手の肉体を粉々にする。それがデス・ガルダの正体だ。


「くっ……」


 クロードは歯をかみしめ、ジーンを睨みつけていた。


(……“情報通り”だな。今のところは……)


 攻撃の正体を掴めたところでジーンも身構える。

 目に見えないどころか、出も早い。拳銃を突き付けられているのと全く変わらない。目を離した途端にやられる。



「余程、歪んでいると見える」

 ジーンはそこから一歩も動こうとしないクロードに再び発破をかける。迂闊に挑発をするものではないと口にした矢先の発言。


「逆恨みで、ここまで人を傷つけることへの躊躇いを失えるか」

「……アンタ」


 最早、クロードの対応は礼儀も何もない。

 相手が気に入らないから倒す。目障りだからぶっ飛ばす。もう、クロードの目つきにはそれ以外の目的を見失っているように見える。


「“僕の事を何処まで調べたんだ”?」


 目つきが狼のようだ。そして、心も固く閉ざされている。受け答えの仕方に礼儀の欠片すらなくなっている。


「ある程度、だ」

「……何度も言わせるな」


 また、クロードは片腕を突き付ける。


「“わかったような口で話すなよ”」


 ジーンが攻撃の正体を口にした。そして、一度その攻撃の瞬間を目の当たりにした会場席の一同も気が付けた。


「___ブッ飛べッ!!」


 だからこそ、次こそは“見逃すことはなかった”。


 クロードの掌の先。

 空間が歪み、微かに砂を飲み込んでいく“竜巻の槍”が出現していることに。


「一度見えたのなら、回避は楽だ……威力も分かれば」

 ジーンは逃げようとしない。彼と同様に手の平を突き出した。





「迎撃も容易い」



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