7時限目「優等生とダークホース【ダブル・ホープ】(前編)」
勝負開始のゴングはまだ鳴らない。
会場席では既に、どちらが勝つのかと賭け事が始まっている。賭けに勝ったら、商店街のサンドイッチを奢るくらいの口約束まで。
現在の総評。クロードは当然ゼロ票。満場一致でジーンの勝利だ。
何の余興もなく取り決められた戦い。クロード・クロナードは最も魔法の研究が進んでいる王都の学園の出身という事もあり、注目こそは集められていた。
だが、その興味も“ジーン相手にどれだけ抵抗できるか”くらいだ。
勝てるとは思えない……この街では一番の有名人、この学園でトップ候補の一人という事もあって、さすがの総評とも言うべきか。
「うわー、相変わらずやる気のねー顔……勝つ気ゼロじゃん」
何よりも、クロードの勝つ未来が見えない一番の理由は、当の本人のやる気である。
もう見た目からして活気がない。適当に負けるつもり全開だろうと言わんばかりにフラフラ。まるで蘇ったばかりのゾンビである。
会場席で肩を落としているアカサは彼の姿を見て再び落胆する。
「うーん。私の見る目が間違っていなければ、見た目の割には随分とやんちゃで好き勝手で、周りの空気なんてお構いなしの風来坊な予感がビビッと来たんだけど……」
のらりくらりと歩いたままのクロードを眺めながら呟いている。
「ロックンロールな私好みな人かと思いきや……やっぱ、目が腐ったかぁ。私?」
見当違いだったのかと、アクビまでする始末。
「ふぁ~……って、んん……!?」
大きなアクビをかまして、目を瞑っていた瞬間の事だった。
「あれっ……今、あれ、一瞬何かあった……!?」
見間違いかもしれないと強く目を擦った。
たった数秒間の間。
“クロード・クロナードの雰囲気が明らかに変わった”。
「……おいおいおい」
曲がっていた背筋が張り詰めた。ふらついていた手の平も力強く閉じられた。
どこか上の空に明後日の方向を向いていたクロードの視線も……“鋭く”。
「いいよ。その顔。その顔だよ、クロード君っ……!!」
ナイフのように。銃口のように。
心に傷を抉るように、クロードの瞳には明らかに“敵意”という狂気が一瞬で籠っていた。
「あー、いたいた」
戸惑ったままのアカサは不意に声を掛けられる。
「……おはよう、“スカーレッダ”」
苗字読み。声は明らかに女性の声。
その声は背後から。アカサは振り向かずとも、その声の主には気づいているようでリアクションは浮かべることもしない。
「もうお昼ご飯すら終わりましたよ。いつまで寝てんですか」
挨拶も返さない。振り向いて視線も合わせることなく彼女は答えた。
「いやー、しっかりと朝の九時には起きていたよ。その後、ちょっとだけ“調整”に取り掛かっていてね。休憩がてらに昼寝をしたのさ」
「いや、朝の九時の地点で普通だったら遅刻確定ですからね? うちが参加自由制じゃなければ補習案件ですからね? 学費ドブに捨ててますからね? 親が泣きますよ?」
「大丈夫だ。単位を取れば問題ないし、結局は結果がモノを言う。私は単位を落としたことはないし、赤点も取ったことはない」
アカサの隣の席に座った何者かは、彼女の注意をものともしない。
「どうしようと私の自由だ……“天才”だからな」
隣に座った少女は、自らを天才だと自称する大物な発言。
思春期というには少し体が幼いように見える。学園指定の制服はサイズがあっていない。その上にはフード付きのマントを羽織っている。
何より目立つのは“日傘”だ。
大きめのサイズで日光の立ち入りを一切禁じるスタイルを見せつけている。動物の耳らしき飾りのついた大きな傘を両手で握りしめ、席にちょこんと座っている。
「あー、出た出た。はいはい、凡人には理解できなくて申し訳ありませんよ~っと」
「ふっふっふ。崇めたまえ」
フードで顔は隠れているため、どのような表情を浮かべているのかは見えない。
愉快な声のトーンからして、胸を張ってドヤ顔をしているのは確実だろう。分かりやすい女の子である。
「……しかし、まさか来るとは」
「こらこら。呼んでおいてソレはないだろう」
正直な話、来ないと思っていた。アカサの発言に対し、フードの少女は不満げだ。
「……まぁ、アレだ。気分転換だ。最近、研究が上手くいっていない。スランプというやつだから、脱却の為にも刺激を得ようかと」
「いや、先輩の研究が上手くいく試し、元々低かったような」
「言ってくれるな? 頭上山火事野郎めが」
「は? 山火事ってなんすカ? これっすか、付け毛のこと言ってるんすか? 山火事ってなんだ、バーニングだろ、イカしてるだろ。目腐ってるんすか?」
声に抑揚があまりについていない口喧嘩が始まろうとしていた。あと一歩、火種に油を注ぐような発言があれば、この場でも一試合起きてしまいそうな雰囲気だった。
___もうじき、ゴングが鳴る。
そんなアナウンスが先生の口から発せられたから、押し黙れたようなものだ。
「……アレか、君の興味の対象は」
ジーン・ロックウォーカーは有名人すぎて何の刺激にもならない。彼の魔法の実技演習も、見る価値は十分にはあるが結構な回数行われているので、貴重かといえばそうではない。
アカサの興味の対象。それは、ジーンの対面にいる少年だ。
「ふむ。演習前にストールを巻いたままなところ以外は普通だな。冴えない男子の模範ともいえるような男……道端のタンポポのような彼の何処に惹かれた?」
「まぁ、見ててくださいよ」
授業が始まる前はガッカリしていたが、土壇場に来て再び火が付いた。アカサはそう発言した。
「花は花でも……アレは“食虫植物”みたいに奇抜な奴ですから」
意外な人物。とだけ報告しておくことにした。
(しかし、気になるな)
用件を伝えたところで、アカサはふと思う。
(これ……ほぼほぼ“見せしめの試合”のようなものじゃん。ジーン先輩はそんなつもりはないんだろうけど……“正義の魔法使いモード”のスイッチ入ってる?)
まるで“クロード・クロナードという男を貶めるためだけにセッティングされた”ようなこの演習。整えられた舞台。
花壇での一件。クロードの秘密……不安要素がいくつもある。
(誰がこんな真似するかねぇ?)
少なくとも、ジーン・ロックウォーカーは“見せしめにクロードを叩き潰す”だなんて事を思い浮かべているようには見えない。
ただ、『不良を成敗する』と考えているくらいだろうか。
こんなあからさまなショータイムを裏で企画した趣味の悪い輩は一体誰なのか……アカサはグラウンドを見渡した。
(……まぁ)
ここはエリート校。ディージー・タウンのお金持ちも集まる場所。
(大体、予想つくけどね~)
会場席の一か所。そこだけにアカサは視線を一度向ける。
彼に恨みがある人物と言えば、一人だけ思い当たる節がある。
……ちょっとワガママなおぼっちゃま。
朝の挨拶を豪快に仕返しされた男。
会場席で愉快そうに爪を噛みながら、小刻みに揺れている小太りの男子生徒の姿がアカサの目に入っていた。
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