6時限目「序列最上位【ジーン・ロックウォーカー】(後編)」
『……ごめん。俺のせいでこうなって』
列車の前。都会の学園の制服を着た男子生徒に頭を下げられる。
『いいよ。謝らなくても』
列車に乗り込み、窓から男子生徒と会話をするクロードの姿。
『……謝るのは、僕の方だと思うし。他にもやり方はあったかもしれないのに、こんなにこじれさせちゃって』
『お前は何も悪くねぇよ……助けてくれたの、凄く嬉しかったよ』
もうすぐ列車は出発の時間。これから長旅だ。
『長い休みになったら遊びに行くぜ! お前、人付き合いは苦手だし、向こうで友達出来るか分からないからさ』
『お前も母さんたちと同じこと言うんだな……失礼というか、何というか』
最後の最後で軽い失礼。
でも、それが心地よくて……程よい思い出だ。
『……じゃあ、行ってくる』
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
列車の旅の夢。クロードは段ボールだらけの自室のベッドの上にいた。
軽く仮眠をとったつもりが結構深く眠り込んでいたようだ。
「危なかったな……」
そっと、クロードは道具を手に取る。
円盤石。真ん中に魔法石が埋め込まれたマジックアイテム。
“アーズレーター”。
遠くの人間と会話をすることが出来れば、写真を撮ることも出来る。目覚まし機能も搭載と多種多様の利用ができるアイテムだ。
目覚ましの時間。アーズレーターから音が鳴り、目が覚めた。
「……グラウンド、だったっけ?」
今から、例の演習、だ。
クロードは準備を終え、グラウンドへと向かっていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
寮を出ると、数名の生徒がグラウンドに向かっているのが見える。
実技演習の話を聞き、随分と盛り上がっているようだ。
クロードはこれから始まる実習へ変にプレッシャーを感じている。理不尽にも、ワクワクしている生徒達に舌打ちをしたくなっていた。
「おっと~! ついに出てきました~!」
何より、舌打ちをしたくなるもっともな原因。
「さぁ、これからインタビューを始めますッ! 転校初日で決闘を受けることとなったクロード・クロナード選手です! 今のお気持ちは!?」
メモとペンを片手、どこぞのジャーナリストのようにアカサが控えていたのだ。
「……そんなに暇なんですか。アンタは」
当然、質問に受け答えなどするはずもなく、彼女を素通りする。
「いやいや。ただの冷やかしなわけがないじゃない」
片手を振りながら、からかいに来たわけではないと否定する。
「……情報もなしに、あのジーン・ロックウォーカーと戦うのは無理があると思う。だから、情報の一つでも与えておこうかな、って思って」
一瞬、アカサの表情がいつもと違って真面目になっていた気がした。
裏庭でのリアクションもそうだったが、ジーン・ロックウォーカーという生徒を前にかなり取り乱していた。あの生徒はきっと、この学園でもそれだけの実力者なのだろう。
「いい? あの人は、」
「いらないです」
耳一つ傾けず、クロードは演習場へと向かっていく。
「……そんなに、真面目に取り組むつもりもないですから」
一言言い残し、彼女から離れるように早走りで消えていった。
「ビックリするほどダウナー系。男としてマイナス点」
しっくりこない表情で肩を落としかけるアカサ。
「……ん~、自信あったけど、私も見る目が落ちたかなぁ~?」
これ以上追いかけても何か面白いことが起きそうな予感がしない。アカサも大人しく、演習場へと足を運ぶことにした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
五時限目。演習場へ到着する。
魔法は、意味もなく人に向けて放つのは禁止されている。
だが、この世界に存在する異能の力。その力の差を競い合いたいものもいるだろう。世の中には、白兵戦を競技として取り扱う場所もある。
この学園でも、その真似事として実技演習用のグラウンドが用意されているようだ。
よく見かけるスタジアムやコロシアムのような豪勢な施設なんかではない。球技などのスポーツで使用するようなグラウンド。そこから少し離れた場所に会場席を一ライン配備するくらいの簡易な広場だった。
「……っ」
会場席にクロードは目を通す。
一か所はクラスの生徒達が陣取っている。それ以外にも、この時間には授業がない生徒達、或いは参加していない生徒達が何人か席についているのが見える。
何名かの視線は……既にグラウンドにいる“ジーン・ロックウォーカー”に向けられていた。
ジーンは学園でも有名人だと言われていた。彼が実習に参加すると風のうわさを聞きつけて、ここに流れ込んできたのだろう。
(最悪……)
注目を集めるような事はしたくない。こんな大衆、彼にとっては地獄でしかない。
(……まぁ、いいか)
視線を軽く感じていたクロードは、溜息がてらに考える。
(“興味”くらいなら、簡単に削げるから)
特に覇気もなく、やる気も感じさせない。幽霊のようにフラフラしながら、グラウンドの真ん中で待つジーンの元へと向かった。
「待っていたよ、クロナード君」
到着するや否や、ジーンは片手を添える。握手だ。
「正々堂々、戦おう」
「……はい」
力のない返事。何の力も入れていない片腕をクロードはそっと伸ばし、熱のこもったジーンの片手を握りしめた。
「___ッ」
その手を握った直後、ジーンの顔色、表情がまたも険しくなったように思える。
手を握る強さこそ変わっていない。だが、雰囲気があからさまに“嫌悪”を浮かべたような気もした。
「……クロード・クロナード」
握手の最中、ジーンは会場にいる生徒には聞こえないように小声で彼に話しかける。
「この戦い、もし君が勝ったとすれば……“裏庭での用件”は見なかったこととして水に流す」
「……ッ!!」
突然の案件に、クロードの表情と片手の筋肉が強張った。
「君が負けたとすれば、裏庭での一件の罪を償ってもらう……正当防衛だったとしても、生徒達を重傷に追い込んだのは事実だ。あそこまでやる必要はなかったはずだ……だから、この一件を職員に話させてもらう」
「それってつまり」
歯をかみしめながら、クロードは顔を上げる。
「“脅迫”ですか?」
睨みつけていた。
特に興味も関心もなかったクロードが、今、始めてジーンに敵意を向けたのだ。
「僕だって殺されかけたんだ」
「残念だが、今のところ……君が被害者である証拠がない。それに加えて、君の傷は軽い。証言としては薄い」
まるで、アカサの証言に関しては何も聞いていませんでしたと言わんばかりだ。
「脅迫と取ってもらって構わない。ただ私は……君と本気の戦いがしたい」
握手を終えると背を向け、ジーンは所定の位置へと向かう。
「確かめたいからな。君を」
この戦いで知りたいことがある。綺麗ごと一つ言い残したような態度だった。
「……だから、貴族は嫌いだ」
喉の奥に閉じ込めることもなく。
クロードは、心の奥底からの本音を漏らしてしまっていた。
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