6時限目「序列最上位【ジーン・ロックウォーカー】(前編)」
クロードはサンドイッチを持ったまま固まっている。
同様、横でアカサも弁当用のフォークにブロッコリーが刺さったまま。
「「……もぐ」」
手に持っていたサンドイッチとブロッコリーをそれぞれ口に運んだ。
「おっと、すまない。自己紹介がまだだった」
ステッキと帽子を手に持ったまま、どこぞの国の王子様風のオーラを放つ男子生徒。クロードよりも遥かに高い178cmの身長を傾け、お辞儀をする。
「私の名前は【ジーン・ロックウォーカー】。学年は二年」
眩しい。輝いている。もう見ただけでわかる。住む世界が違う。
「……この後の君の演習相手だよ」
そして、ジーンはカミングアウトをする。
今の短い簡易的な自己紹介で、すべてのメッセージが伝わった。
「――――ッ!?!?」
ブロッコリーを喉の奥に流し込んだアカサは驚愕のあまり咽そうになった。
「改めて問う。君が、クロード・クロナードなのかい?」
「……はい、そうです」
焦りのあまり、動揺を隠せず端っこで弁当の早食い決め込んでいるアカサを他所に、クロードは状況を理解したのか冷静なままサンドイッチを飲み込んだ。
「___そうか」
彼がクロード・クロナード本人であることが分かった瞬間だった。
演習相手であるというジーン・ロックウォーカーの表情が……急に険しくなった。
「……魔法は人類に進化の旅路を与えた。善意の心を与えたケースもあれば、悪意を与えたケースもある」
修復こそ終えているが、まだ爆破の傷跡が残っている裏庭。地面にこびりついた球根の燃えカスを眺めながら、ジーンは語る。
「進化する技術は数万を救う道具にもなれば、数万を殺す道具にもなりかねないということだ」
「……何が、言いたいんです?」
妙な空気を前、サンドイッチには手を付けず、クロードは問う。
「数時間前、だったか。ここで戦闘の形跡があったらしい。裏庭の一部が崩壊、そして裏庭から離れた場所で五名近くの男子生徒が気を失っていた」
彼が口をしたのは、数時間前の大事件。
「その現場にいたのは……“ストール”をつけた男子生徒だと聞いてな。気を失っていた生徒が言うに、その名はクロード・クロナード」
「……ッ!!」
気を失っていた男子生徒は既に介抱され、目覚めていたようだ。
男子生徒の一人は『クロード・クロナードに一方的にやられた』と口にしたらしい。
「どうなんだ。クロード・クロナード君」
その男子生徒達を締め上げたのかどうか。ジーンは帽子を脱いだまま彼に問う。
鋭い目つき、言い逃れが通るかは分からない。だが、何の証拠も残っていない以上、言い逃れが出来ない状況ではない。
まだ、黙っておいた方がいいかもしれない。
適当に嘘をついて誤魔化すかどうかも、まだ視野に入れられる。
「いやいやいや待ってください、ロックウォーカーさん。違いますよ~、私も実は現場にいたんですけど、先に攻撃してきたのはあの五人で、庭をメチャクチャにしたのも彼らなんですよ~? クロナード君はただ、仕返しに五人を再起不能にしただけで、」
(ぐぉおおおお……っ!!)
なんということをしてくれたのでしょう。
気遣ったつもりなのだろうが、このアカサと言う女はすべてをカミングアウトしてくれやがったではありませんか。
「……あの場にいたのはクロード・クロナード君、ただ一人と聞いていたのだが?」
「おいおい、私いなかったことにされてるよ。都合の悪い女にされてるよ。悲しいね」
証拠もない以上、どっちが本当のことを言っているのか分かったものではない。アカサは面倒そうに再びスライドアウト。実にスムーズな退出である。
「……どっちが本当かどうかは、実際話し合えば分かる」
ジーンは帽子をかぶり、背を向ける。
「“グラウンド”でな」
大広場。彼が言うにそれは“魔法をぶつけ合うためのバトルグラウンド”。即ち闘技場。
続きは五時限目で。遠回しにそう伝えて彼は消えていった。
「おいおいおい、まずいよ。というかヤベェよ」
弁当箱が空っぽになったので蓋を閉める。オーラを放ち続ける彼もいなくなり、昼食も終わったところでアカサは固まったままのクロードに話しかける。
「クロナード君が何処までのエリートかは知らないけど、相手が悪すぎる気がするんだけど。最悪即死じゃないの、これ?」
最初こそ、彼の活躍を期待していたようだが……アカサの矛先は心配へと深く傾き始めていた。
「……あの人、そんなに強いの?」
アカサの反応。急に声をかけられた事に驚いているだけにしては慌て方が異常な気もした。
「まぁ、強いも何もさ」
まだ、かすかに見えるジーン・ロックウォーカーの背中。彼の背中を眺めながらにアカサは答えた。
「【ジーン・ロックウォーカー】。この街でも有名な魔法使い一族ロックウォーカー家の子息でね」
予想通り、彼は学院は愚か、この街でも有名人。
「“この学院の序列最上位候補”だよ。エリート中のエリート。ぶっちゃけ史上最強の天才。無理ゲー。初っ端から積んでる」
最強無敵のエリート。そんな桁違いの存在の一人。
「……もしかして、貴族?」
「うん。金持ち。金持ち中の金持ち。ザ・金持ち。たぶん、この街だったら一番の金持ち。金持ち界の王」
それだけ有名な一族ならば、もしかしなくても金持ちだそうだ。
アカサは彼が貴族の中の貴族であることを堂々と言い切った。
「……貴族」
それを彼女が肯定してからだろうか。
クロードの表情が、さっきのジーン同様に険しくなった。
「貴族は……嫌いだ」
一言だけ言い残し、彼はアカサを残して庭から去っていく。
分からない。だが、立ち去る一瞬……クロードは、確かな敵意を向けているようだった。
残されたアカサは一瞬だけ、空を眺めた。
「おおっと~! こんなことしてる場合ではなくってよ!」
上の空になりかけていたが、アカサは秒も立たずに元に戻り、腰に引っ掛けていたポシェットから、あるものを取り出した。
まるで板切れのような薄い円盤を取り出した。
石というにはガサツさはなく、鉄というには独特な輝きを放たない。表面には時計回りに文字が刻まれており、真ん中の窪みには“宝石”のようなものが彩られている。
「五時限目でしょ。ならば、えっと」
宝石に触れると、輝きを放ち、その表面からは“モニター”のような何かが現れる。
「……もしもし~? ロシェロ先輩、起きてます~?」
『ふぁああっ、ああぁっ……死んでるぞ~』
「うん。案の定グッスリ。知ってましたわ」
円盤の宝石が照らすモニターから聞こえた声に、アカサは呆れたよう返事をする。
『人間とは睡眠が大事な生き物だ。寝る子は育つという言葉もある通り、しっかりと休息をとることで成長の見込みも』
「一日の半分以上眠ってる先輩さん。その結果、出てまちゅか~?」
『……君ぃ。今に見てろよ? 私の計算が間違っていなければ、君より身長大きくなるし、胸もデカくなる。完全体になるぞ。ふっふっふ』
「はいはい。儚い夢物語は今度付き合ってあげますから。今日は私に付き合ってくださいな」
長い無駄話になりそうだったから、無理やり断ち切ろうとする。
「……ちょっと面白いものが見れると思いますよ。良かったら、久々に“部屋”から出てみませんか?」
『面白いもの、か。カラスの合唱とかくだらないものじゃないな?』
「ええ、きっと退屈しないかと」
それは、勧誘だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます