3時限目「魔風技【デス・ガルダ】(前編)」


 レンガ造りの花壇はあっという間に粉砕。空中に大量の肥料と砂ぼこり、そしてチューリップの生えた球根に雑草が大量。餌を食べている途中であった毛虫が意味も分からずに腰をくねらせている。


 クロードの体は、男子学生たちの手によって吹っ飛ばされていく。

 魔方陣から放たれた“確かな火花”によって。


「おわぁああッ!? ちょい、ちょいっ、クロード君ぅんッ!?」


 アカサは慌てて花壇へと駆け寄るが、砂ぼこりが酷くて近づけない。


「なんか、あっけなく終わっちまいましたね」

「こんなにあっさり終わっちまって……これで金貰えるなんて楽なバイトっすよ~」

 男子生徒のグループは見た目通りガラは悪そうな連中である。吹っ飛んでいた彼の心配は他所に、むしろこの状況を快く思っているようである。


「あとは、のびたアイツの写真を渡しておけば、仕事完了だ」


 男子グループのリーダーと思われる男はカメラを取り出した。 


「んじゃ。おがめさせてもらうじゃないの」


 砂埃が消えてなくなれば、花壇の上で間抜けに伸びているクロードの姿は露わになる。


 この男子グループは誰かに仕事を頼まれているようである……クロードを痛い目に合わせる。単純な仕事内容だ。


 一歩ずつ。また一歩ずつ。男子グループは近づいてくる。


「ちょいちょいちょいっ……まずいって、コレ……ッ!?」


 止めに入ろうにも、アカサは五人がかりを前に固まっている。


「いやいや! だからといって、放っておいて良い案件ではなくね!?」


 無理して突っ込んでも彼を助けに入るべきか、まだ男子グループはアカサの存在を“たまたま近くにいた外野”くらいにしか捉えていない。今なら気づかれる事無く救出することも容易い。


「ふんっ、ふんっ……よしっ! いきますか!」

 砂埃を浴びた服の汚れが気になるが言ってられる状況じゃない。アカサは数度、己の頬を叩いたかと思うと、その場で踏ん張り突入を試みた。


「待ってろい! 今から助け___」

「___デ、ス」


 “直前に、声が聞こえるまで”は。



「……[割風砲デス・ガルダ]ッ」


 砂埃の中、気を失って伸びているはずの“クロードの声が聞こえる”。


「え?」


 寸前にまで砂ぼこりの嵐に突撃しようとしなかった判断。正解だったかもしれない。


 仮にもし、彼女が制服の汚れに気を取られず、ヒーローらしく何の躊躇もなしに飛び込んでいたのならば___。


 

「……ッ!?」

 たった一人、カメラを持っていた生徒以外のメンツのように。


「「「「……んんぉおおおおおッ!?!?」」」」


 体を真横に回転させながら、校舎の裏庭の外に吹っ飛ばされる。

 _____なんて異常現象に巻き込まれていたことだろう。


「えっ、えっ!? また!? なんなのさ~ァッ!?」

 助けに入ろうとしたアカサも、何が起きたのかとパニックにもなる。腰を抜かし、尻もちをついていた。


「……なんなんだよ」


 砂埃は突然晴れ、中から現れたのは“片手を突き出したクロード”。


「アンタらは、揃いも揃ってッ!!」


 頬に軽い火傷は負っている。魔法耐性のおかげで制服は軽い傷程度で済んでいるが、傷がついたことには変わりない。



「……前情報はある程度貰っていた。吹っ飛ばされたアイツラもちゃんと警戒はしていたはずさ。だけどよ……“これはそう簡単に気付けるものかよ”」


 たった一人、突然の現象から寸前で回避したカメラの男子生徒は身構える。


 モジャモジャとした特徴だらけの長髪。服越しでもわかる筋肉質の肉体。大柄な男は地震以外の仲間が吹っ飛ばされた事に危機感を感じ、預かっていたカメラを投げ捨てる。


「目に見えないどころか予兆すらなかった……“攻撃の気配”すらもなかったぜ!?」


 身構える。ファイティングポーズだ。


「攻撃の予備動作も一瞬の奇襲なんて一切だ! 俺くらい直感が鋭くなければやられるに決まってるぜ!? こいつはさぁッ!?」


 予備動作。そう、魔法を発動するには色々と動作がある。

 詠唱・魔方陣の展開・その他肉体動作による発動などなど……魔法を発動する前に、何かしらの“予兆”を表に出すのだ。


 しかし、クロードの反撃は予兆どころか、“その動作の時間”すらも一瞬だったように思える。目に見えないどころか気配すらも感じさせない一瞬の攻撃。


「……ムッカついた」

 少しばかり運が悪かったというべきか、クロードを襲った男子グループは。




「___“正気やってんのかよ、お前等……ッ!!”」

 

 ただでさえ、クロードは期限が悪かった。

 初日の失態。そして度重なる無礼の連続。イライラは脳天貫通を直前にしていた状況で、そこに喧嘩を売ったのだ。


 今の彼は、今までの清楚さが嘘のように気性が荒くなっている。


「今度は確実に仕留めてやるぜッ!!」

 片手を突き出し、カメラを持っていた男子生徒は威嚇する。

「さっき吹っ飛ばされた連中と違って、俺は学園一の火力を持ってるんだからよォーーッ!」

 ついさっきは小さかった魔方陣。今度は目に見えて大きい。


 魔法だ。クロードに放った魔法と全く同じ……“爆破する火の玉”を形成する。


「動く活火山! 暴炎のソルダ様を舐めるなよォーーーッ!!!」


 下手すれば花壇を吹っ飛ばす程度では済まない。校舎に当たれば穴一つ空ける可能性も孕んだ巨大な火の玉をなんの躊躇いなく発射した。

 上半身一つは余裕で飲み込まれる大きさだ。あんな火の玉が体に触れるものなら、魔力体制のある制服だろうと焦げカスどころか、塵になる。

 


「うぎゃぁああああッ!? ちょっ、まっ……これはまずいってッ!?」

 掠っただけでも火傷は起こりそうだ。

 思わずアカサはその場から離れてしまう。防ぎようがないかのように。



「発射ァアアアアッ!!」


 その後まもなく、火の玉は射出された。

 学園の裏庭の被害なんて全く考えもなしか。金を積まれた一人の男子生徒の反撃が始まる。確実に、クロードをしとめるつもりだ。


「……っ」


 直撃すれば体が吹っ飛ぶ。見てわかるはずだ。

 飛んでくる火の玉のスピードもそう速くはない。視認してから回避が間に合うスピードだ。それまでに5秒近くの時間があったはずだ。


「あれっ!?」

 しかし、アカサの目に入る光景は想定外の出来事。

「ちょっ! “避けない”の!? ねぇっ!?」

 彼は回避するどころか仁王立ちのままだ。片手を突き出したまま、まるで凍り付いたように固まっている。


 最後のチャンスを自ら放り捨てたようなものだった。

 その場から動かなければ……塵になるも同然。



「ねぇ! 早く避け___」



 ……直撃。爆散。

 クロードの体は、巨大な火花に飲み込まれた。

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