2時限目「謎の転校生【クロード・クロナード】」


 ラグナール校、授業初日の40パーセントが終了した。


 一時限目と二時限目は座学であった。一時限目は魔法が生まれた千年の歴史の探求、二時限目は古代文の読み方だったりと……。


 都会の学園と比べ、勉強する内容はそこまで変わらない。ただスピードは田舎の方が断然遅いというべきだろうか。


 スラスラと勉強内容を纏め、クロードはホッと息を吐く。


 ……授業風景などに特に問題はない。


「はぁ」


 授業を二つ終えた後の三十分近くの業間の休み時間。こっそりと教室を抜け出し、後者の裏庭で一息ついているクロード・クロナードには“悩みの種”がある。






「やっ、ちゃったなぁ……」


 頭痛の一つも起きてしまう理由があるとすれば、思い当たる節は一つだ。


「目立つマネはしないように我慢したのに……あぁ……やっちゃったなぁ。やったよ、僕ってやつは……」


 ホームルーム後の数分間の出来事。

 初対面の生徒の一人を『気に入らない』という簡潔な理由ですっ飛ばしてしまったことだ。


 肝心の小太りの生徒はその後、痛みを訴えながら戻ってきた。授業時間が近づいていたために、その一件は有耶無耶にされた。


「……これから、何も起きなければいいけど」


 何事もなく授業は進んではいたが、クロードは当然、胃痛を我慢しながらの時間となった。


 ごまかしは出来たものの、一件について変に探られるのではないかと。正当防衛(?)とはいえ、面倒事の火種に首を突っ込んでしまったのではないかと。


(はぁ、大丈夫かなぁ。初日からこんなんで……ここに来るまでにいろいろしてもらったのに。申し訳ないよ、ホント)


 初日から失敗してしまったことにクロードはベンチで肩をガックリと落としている。涙も悲しげにサラサラ流れていた。


「はぁ」


 立ち上がる。こうして外に出たのも軽く外の空気を吸ってリラックスしたかったからだ。


(……うん、大丈夫。気分入れ替えた)


 心の準備は出来た。


 “ヒソヒソ話”だったり、“怖いものを見る者の視線”だったりと、授業中に色々と感じたりはした。だが、こうして逃げてばかりだとまた怪しまれる。


 あの一件は……“いろいろとノリ”で誤魔化すとしよう。


 クロードはグッと両手を閉じる。強引な手段になりそうだが、踏ん張るしかなさそうだ。


(うん。言い訳は幾つか思いついた。さて、戻ろう!)


 平穏な学生生活。何の異常なことも起きない静かな学生生活。



 “全ては、第二の人生の為に”。

 クロード・クロナードは空気の入れ替えを終えたところで、心を躍らせ教室に戻ろうとした。




「____わぁあアアアァーーーーッ!!」


 空気を入れ替えた。実にスッキリをした。

 気持ち的にもクリアになって油断していたところを……思いっきり“殺られた”。


「ひぎゃぁああああああーーーーッ!?!?」


 いきなり聞こえた悲鳴……ではなく絶叫。しかもそれは遠くからではなく、一メートルも離れていない至近距離の真後ろからだった。


「はぁ、はぁ……え……?」


 不意打ちだ。奇襲だ。攻撃だ。

 予想もしなかった第二波にクロードは女性のような甲高い悲鳴を上げてしまった。顔も真っ青で、瞳もブルブル震えている。


「ぶっははははッ! 面白い悲鳴をあげるじゃん~!?」


 後ろを振り向くと、そこでは女子生徒が大爆笑している。 


 髪には赤いメッシュ。チェックのスカートにガーターベルトと、パンクな魔改造制服を着こなす少女は腹を抱えていた。


 学園のブレザーさえ羽織っていれば比較的OK。とエリート校らしい軽やかな服装のルールがある。服装自由なところも、この学園の魅力だ。


 そのファッション、一言でいえば“ロックンロール”と言うべきか。

 古代語で“時代を突っ走っててイケてる”という意味があるらしい。そのままの意味通りの服装の少女が、満足したように笑い続けていた。


「……むかっ」

 思わず、効果音を口に出したクロード。

 イライラ度数。30%まで下がっていたところが50パーセントにまで再び上昇。


「あはははっ、ごめんごめん! ぷふぅぅ……想像以上に可愛らしい反応をするからつい……ひひっ!」


 ___この少女。顔面の原型なくなるまで、ブん殴ってやろうか。


 クロードのイライラ度数が再び百を突っ切ろうとしている。


「ふんっ」


 だが、手は出さない。

 心に誓ったはずだ。この学園で面倒事を起こすわけには行かない。何のためにここまでやってきたのか。何のためにこの田舎町で人生をやり直そうとしているのか。


 退学にまで追いやられたら笑い話にもならない。クロードは胸のムカムカと頭のイライラを必死に抑え、女子生徒をスルーしようとする。


「まぁ、待ってって!」

 しかし、ロック少女はルンルン気分でついてくる。まるで笛吹き男について来るヒヨコのようにヒョコヒョコと。


「私さ、【アカサ・スカーレッダ】! 顔は結構イケてるクールな転校生の君にちょっと興味が湧いちゃってさ!」


 少女は聞いてもいないのに自己紹介をする。ついでにお世辞も添えて。


「とまぁ、美少女のほんの出来心だったワケ! 許してチョーダイなっ?」


 ここの田舎町は人を不愉快にするのが挨拶だというのか。

 クロードは無視をしながら教室に戻ろうとする。イライラ度数、何とか百を突っ切らないように耳もふさぐ。


 “『転校生の君に興味がある』”。

 まだこの学園に来てから一日も立っていない。あの一件だけであっという間に学園の噂になるとも思えない。


 おそらく、彼女は同じクラスの女子生徒なのだろう。クロードはそう考える。

 

「ねぇねぇどう? お近づきに私とちょっとおしゃべりしたりしない?」

「申し訳ないですけど」


 無視し続ける、のは逆効果な気もしてきたクロードはついに返事をする。


「そういう図々しいの。僕、嫌いです」


 どれだけ無言を貫いても、雪崩のようにベラベラと隣で喋りつづける。面倒極まりない。望み薄ではあるが、追い返す作戦に出ることにした。


「迷惑です。やめてください」


 これだけ冷たくガチレスしながら拒否すれば、流石に諦めてくれるだろうか。



「おーおー。冷たくあしらってくれちゃって~。シャイなお方」

 言いたいことだけ言い残して先へ進んでいくクロードの横を歩き続けるアカサ。


「……イメージ通りだね! 君ぃ、凄くムッツリそうだし~?」

 すると、アカサはニマニマしながら、人差し指をクロードの頬に突き入れた。


「(ムッカァッ……!!)」

 イライラ度数、80%に再上昇。

 引っ込みかけていた拳がまた飛び出しそうになった。必死に抑え込んではいるが、今の“むっつり発言”で限界値を突破しそうになった。


(落ち着け、落ち着け僕……我慢しろ。キレやすいとはよく言われるし、自覚もしているけど、今回ばかりは耐えろ……)


 必死に。とにかく必死に! クロードは自分を抑え込む。






(それで“向こうでも失敗”したんだ……!)


 心臓に手を伸ばし、軽く首を振るいながら舌を何度も噛んでは我に返ろうとする。


(もう失敗しない……約束したんだ! だからッ!)


 数度、クロードは自身の両頬を数回ビンタ。眠気を覚ますように顔を真っ赤に腫れさせると、また一歩そそくさと教室に向かって前進する。


「嫌いだって言ってるでしょう! そういうガヤガヤしたのッ!!」


 最も、同じクラスの可能性があるのでまこうがまかまいが結果は同じなのかもしれないが……少しでもこの少女から離れるために足を速めていく。


「あ、ちょっと待って!」

「しつこいですよッ! もう、僕に構わないで!」

「じゃなくてっ! 前、まえっ!!」





 気を取り乱しすぎた。

 故に気が付かなかった。


 

「……いたっ」


 “目の前に人がいたことに”。

 スピードも上げていたせいで痛みが強かった。少しばかり身長が低い事も相まって、顔面が目の前の人物の胸板に力強く押し付けられてしまう。


 男だ。数名の男子生徒。

 前方方向から、別のクラスのグループが近づいていたことに気が付かなかったのだ。



「いたっ……あ、すいませ、」


 ぶつかったのは完全に前方不注意だ。クロードは即座に謝罪をしようとした。




(……あれっ?)


 

 ___何故だろうか。

 ___謝罪をしようとしたら言葉は遮られ、視界から“男達は離れていく”。



(遠い……?)


 いや、違う。

 男が離れているのではない。



 “クロードが、男達から離れているのだ”。



 後方へ吹っ飛んでいく中、目の前に見えた景色は___


 片手を広げ、前方に赤い魔方陣を展開する男子生徒達の姿だった。

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