1時限目「ようこそ【奏多の魔法街】(後編)」


 数十分後。授業が始まる前の事だ。


『ねぇねぇ! 王都のどこから来たの!?』

『そのストールって自前? まだ夏前だけど王都って寒かったりするの?』

『田舎の空気はどう?』


 あれだけ無関心かつ、不謹慎な態度を取りまくったというのに、それだけでは興味が失せることはないようだ。質問したがる奴はやっぱり強行突破を試みようとする。


「んん~……」


 お願いだから構わないでください。とオーラを放ってもまだ来る。田舎モノは興味津々だ。


 質問責め。寝不足も相まって、ちょっぴりストレスがたまってくる。

 現在、イライラ度数50パーセント前後。


(……トイレと言って誤魔化すか)


 次の授業が始まるまでの逃げ道には丁度いい。

 クロードは立ち上がる準備をする。向こう側の挨拶の乱射が終わった隙間を狙い、退出させてもらうことにした。



「なぁ、君」


 隙をみて脱出……しようと彼は企んでいたのに___

 退路はあっさりと防がれてしまう。すぐ真横、彼の眼前に立ちふさがる。


「皆が気を遣ってくれているのに~……無言はよろしくないんじゃないのかなぁ~?」


 細身の体なら避けようかと彼は考えていたが、その体はあまりにふくよかだった。


「育ちが悪いんじゃないのかい?」


 メタボリックとまではいかないが、デブであることに変わりない。そんな男のいたずらな表情が実に、気分を逆撫でさせてくる。


 更新。イライラ度数70パーセント前後。


(いや、待て)


 その言葉が、転校生への善意であるのならまだ苛立ちはしなかっただろう。


(これくらい我慢、だ……そうしなくっちゃ、いけないんだ)


 この男は転校生を気遣って挨拶してくれたわけではない。クロードにはわかる。



 ……なにせ、この目の前のふくよか男は____


「随分と態度の悪い……ホント、お前みたいな奴。大体察しがつくけどさ」


 ついさっき、“御大層な挨拶”を交わしてきた。


「“向こうで何かやらかしてコッチに送られた身”だったりするんじゃね? 先生と何か喋ってるの、俺聞いちゃったんだよね~?」


 “クロードの脚を引っ掛けてきた”張本人だ。クロードが何もないはずの通路でコケかけた原因はこの小太りな男なのである。


「まぁ、確かにこれだけ遠くの田舎だったら隠れることは出来るだろうけどさ、ここはエリート校なんだぜ? どうやって手回ししてもらったんだか……もしかして、アンタ」


(無視無視)

 無言で、クロードは顔を背けるだけだ。

 どうでもいいことを無視する対応くらいは出来る。イライラ度数は70から先を越えることはない。クロードは意識を別の方向へ向けようとする。


「……ぺっ!」


 挨拶に吐き出された、小太りの男の生臭い痰入りのツバ。

 それは“身に着けていたストールに付着する。


「とんでもない悪人だったり~?」


 御大層な挨拶二回目。小太りな男が顔を近づける。






「するのか、」

「“殺ス”」


 それは、あまりにも一瞬の出来事だった。


「ッ!?!?」


 挨拶は最後まで続かない。

 その男の姿も……“既にそこにはない”。



「……はぁ、あのさ、」

 痰入りのツバを、エチケット品として持ち歩いているハンカチで拭きとる。

「僕は田舎の空気とか風流を知らないんです。ですから、恥を承知で聞きますけど」

 臭いは後で荷物から香水を取り出して誤魔化すことにする。だが、それよりも優先事項がある。


「それが、こっちでいう“挨拶”ってやつなんですか?」


「「「ッ!?」」」


 その場にいた全員が言葉を飲んだ。


 “廊下のガラスが割れている”。

 慌てて廊下に駆け込んでみると……中庭に“傷だらけで伸びている小太りの男の姿”があった。


「だったら、礼儀よく挨拶しますよ。僕は」


 ギロリ、と、クロードはあたりを睨みつける。


 そこから先は、周りの生徒全員が緊迫のあまり口を開くことすら出来なかった。彼へ関わろうとすることを、全力で体が拒否し始めた。


 恐怖だ。一瞬、その場で突然起きた何かに全員が怯え竦んでいた。


 “吹っ飛んだ”。

 小太りな男子生徒は“大きく真横に回転しながら教室の外へと吹っ飛ばされてしまった”のだ。







 何が起きたのか。少なくともわかるのは___


  “クロードが何かした”。






 一瞬。クロードの手の平はナイフのように胸へ添えられていた。


 標的がいなかったことを確認すると、そっとポケットの中へと戻されていくのも、数名が見た。


「……じゃあ、僕は行きますからね」


 クロード・クロナード。

 転校初日、朝のホームルーム前のイライラ度数。




「クソカスがッ……!」


 “五千”パーセント、突破。

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