1時限目「ようこそ【奏多の魔法街】(中編)」


「おはよう。制服、サイズが少し大きいように見えるけど、大丈夫かい?」


 朝。ストールの少年は教員室へ寄っていた。


「大丈夫です。たぶん、あとで馴染みます」


 まだ成長期の年齢である。時が経てばサイズが合うと考えることにした。


「その、首元、暑くないのかい?」

「平気です。慣れてます」


 やはり突っ込まれた。首のストールの事。 

 この時期には不自然だし、女性用のストールという事もあって気になってしまう。遠回しに“似合ってない”と言われたことを理解こそしていたが、少年は淡々と返事をするのみ。


「そ、それじゃあ……もう少ししたら教室に向かうけど、大丈夫かい?」

「大丈夫、ですよ」


 少年のクラスの担任となる教師は五十代と初老だ。声には何処か覇気がなく落ち着いた感じ。しかし、あまりにも声が震えているように見える。


「えっと、その、だがね」

「大丈夫です」

 “大丈夫”。社交辞令のように同じ言葉を繰り返す。





「もう、“問題”は起こしませんから」



 何もしない。それだけを告げる。


「そ、そうか。わかったよ」


 初老の教師はホッと息を吐き立ち上がる。それに続いて少年も立ち上がり、廊下を出歩く。

 これから、この少年は新しいクラスへ挨拶をしに行くことになる。そして、そのまま新しい学園生活を迎えることになる。



(……なんというか)


 しかし、だというのに、少年は無表情だ。


 なんも興味がない。

 まるで人形のように、代り映えのない表情でついていった。



(所詮、田舎だな。静かだ)



 都会の学園と違って静か。穏やかにあふれた空気を“寂しい”と捉えていた。


(でも、その方が、いい)

 窓の外には雲一つない晴れ晴れとした青空。


(その方が……)


 太陽、小鳥。




 そして、巨大な“生首”が空を飛ぶ




「ッ!?!?」


 途端、目玉が吹っ飛びそうになる。


 クロードは眼鏡をはずして、目を擦る。

 今、一瞬、見えてはいけないようなものが見えたような。とんでもないものが見えたような気がして。


「……???」


 眼鏡をつけ、もう一度空を見てみる。

 しかし、いたはずの巨人の姿は見えなくなっていた。



「……ストレス、かな」

 睡眠不足やらなにやら、ここ最近、疲労がたまる原因は幾らでもあった。

 突然見えた不気味な光景。幻覚すらも見えるようになった自分を落胆するように、少年は溜息を漏らした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 これから始まる一大イベント。


 所謂、『今日からこのクラスに転校生が来る』というものだ。

 

 ストールの少年は年齢で言えば16歳。まだ学園の一年生であるという事。

 六月というこの中途半端なタイミング。ある程度グループも出来上がっている……クラスに溶け込めるかどうか、不安要素は沢山ある。


「さぁ、入ってきたまえ」

「……ふぅ」


 教室に入る。緊張なんかも特にすることなく。



「【クロード・クロナード】です。よろしく」


 絶対にしくじれない局面。重要なステージ。

 少年“クロード”は……“あまりに淡白な挨拶をするだけだった。


「そ、それだけ?」

「はい」


 質素な自己紹介。教室の空気をこれでもかと冷ましてしまった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 愛想なんて一切振り撒かなかった。敵意とまではいわないが、皆には興味ありません的な空気だけを彼は出していた。これには教師も青ざめていた。


「と、というわけで。向こうから越してきたクロナード君だ。仲良くしてやってくれ」


 アラフィフ直前のへっぴり腰な教員が代わりに解説をしてくれる。

 クロードは何処からやってきたのか。何処出身なのか。何処で調べたのかは分からないが、何が趣味でどの授業が好きなのかも代わりに説明した。


「(ちらっ……)」


 何故、この田舎町にやってきたのか。

言うべきかと迷っていた教員が、そっとクロードの顔を覗く。


「(……こくっ)」


 クロードは言わないでほしいと断固拒否。


 ちょっとした勉強がしたいためにこっちに移動した。五割がた本当で嘘の情報だけを口にさせて誤魔化してもらう。


 実に、謎だらけかつ質素なイベントとなったものである。


「それじゃあクロナード君。後ろの席に」


 教員が指さした先は一番後ろの席。窓際の一番隅っこの席だ。


「はい」


 彼は、一歩ずつ進む。

 突然の転校生。変なタイミングという事もあって当然移動中に注目を集めることになる。しかし、いくら視線を釘付けにされようが彼が何の興味も示さずに進んでいく。


 意識は前の席だけ。クロード自身が座る席だけ。

 無関心極まりない態度を漏らしながら、彼は進んでいく。


(……んっ?)


 ____故に、気づかなかった。


(あ、あれ……ッ?)


 “視界が揺らぐ”。

 ロックオンしていたハズの席が視界から外れ、次第に木製の床だけが視界に入る。


(あぁ、クソッ……!!)


 たった数秒の考察。あんな無礼な挨拶。

 すぐに、答えに辿り着く。


 “足に感覚があった”。

 何かに躓いた感覚があった。


 クロードがその感覚に気が付いたのは、既に姿勢が“鼻っ柱を床に叩きつける間抜けな姿になることは回避不可能”というところにまで傾いてしまっていた。


(“そういう事”かよッ……!!)


 その歓迎。

 クロード・クロナードは正面から受け入れてやった。






 ただし、間抜けな姿を晒してやるとは言わない。

 手荒な歓迎を前にして、更に反抗的な一面を見せてやることにした。






 “戻してやる”。

 もう修正不可能。そこまで傾いてしまっていたクロードは自分の肉体を。


「えっ!?」


 犯人らしき声が聞こえた。


 ___そんなことを気にせずに、“元の姿勢に戻してやる”。



 70度曲がっていた体は“まるで何者かに引いてもらったよう”に後ろへガクンと戻ったのだ。



「おっと、っと!」


 引き寄せられすぎて、今度は真後ろに仰け反りかけていた。

 結局情けない姿を晒してしまう。崩れそうなバランスを必死に整え、ピタリと直立不動。元に戻ってみせた。


 あまりに不自然な姿勢の安定。醜態を晒さない結果になったことに驚愕の声こそ何処からか上がった。何処から聞こえたのかも、クロードは気づいていた。



「……残念でした」


 去り際、挑発を残してクロードは席に戻る。

 自慢げな表情こそ浮かべない。何処か歯痒い表情を浮かべたまま、到着した自分の席に腰掛け一息ついていた。


「だ、大丈夫かい!? クロナード君!?」

「いえ、少し大丈夫じゃないです。緊張で寝不足でしたもので」


 何の問題もなかった。その一言で教員を安心させてやることにする。


 騒ぎは起こしたくない。

 ただ、その一心。彼が望む平穏な生活の為にも、彼は“何らかの感情”を必死に抑え込んでいるように見えた。



「……ちっ」


 現在、イライラ度数。30パーセントくらい。



「ほほ~う?」

 その一部始終。

 彼の隣の席の女子生徒が興味深げに覗き込んでいた。

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