水の戯れ

春になると具合が悪くなる……というのは精神的に脆い人々になら知られたことである。発狂したのもあたたかな春の日だったの思い出し、今では落ち着いている自分の状態に安堵しながらこれを書いている。あれからバイトを転々とし、職業訓練に通いだし自分よりもっと年を取った人たちも夢をまだ見ていることを知りあのピアノに物憂げにふけるおばさんを見た時のような勇気をもらっていた。実は私の叔母も精神病で彼女の場合は妄想に現実が侵食してしまい、まっとうな生活が送れなくなっていた。なぜ私は無事だったのだろうか、せめて正気でいたいと願い、社会生活とずっとつながりを持ち続けていたのが大きかったのだろうか。教師の手を離れ自由にピアノを弾く日々、なぜ難曲を簡単に弾きこなすことができるようになったのか今ではわからない。水の戯れのメロディを弾いていると思い出す、まだ精神病ではなかった頃のまっとうだった自分のことを。幸せだったと気づかなかったのころのことを。

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