第16話 弟子ができました

 途中で中断していた村長の家の食器を片づけ終わった後、サムとエルも帰宅してきた。


「サムさん、片づけ終わりました。他にすることはないですか?」


「うん、もうないよ。ありがとうお疲れ様。それにしてもさっきは凄かったね。私も思うよ、君たちは何者なんだい?」


 ただの旅人があんな魔法を使えるわけがないと思っているのだろう。実際、ヴィークほどの魔法行使力があれば王都でも引く手あまただ。


 勇者パーティーを追放されたからと言って、はいこれから無職ですとはならない。宮廷魔術師でもなんでもなれたはずだ。


 じゃあなんでそうしなかったのかというと、ただ単にアインといたかったのと自分の稼ぎがあの親のものになるのが嫌だったから。


 アインがもし王都を出たくないと言ったら、流石にもうアインを置いてどこかへ行くのはこれ以上できなかったので王都で働くしかなかったのだが。


「あはは。まぁ一時冒険者みたいなことをしていた時期がありまして。解毒とか回復の魔法とかはちゃんとマスターしとけってメンバーに言われたんですよ」


「そうでしたか。あの……私でもさっきのような魔法を使えるようになれるのでしょうか?」


「え?」


 少し前のことを思い出していたヴィークに思いもよらぬ一言。


「この村で魔法を使えるのは私しかいません。今度このようなことが起きたとき一人でも多くの村人を助けたいんです」


 その目は本気だった。何が何でもこの村を守りたい。そんな意思を感じさせる。でも魔法、それも高位の魔法はそんな簡単には習得できるものではない。


 それに魔力量やセンスなども問われる。王都でも二重魔法を使えるのは人口の千分の一程度。三重ともなると使える人は数十人といったところか。魔法はやる気だけではどうしようもない面もあるのだ。


「もし、さっき俺が使った魔法を習得しようと思ったら10年以上かかるでしょう。しかもそれだけ時間をかけても習得できない可能性もあります」


「そうですか……」


 ヴィークに言われ落ち込んだサム。しかし、ヴィークの言葉には続きがあった。


「ですが、魔法はさっきのだけではありません。さっきのは瞬間解毒と体力回復を組み合わせたものですから。他にもたくさんの種類があります。その中からサムさんに合ったものを習得すればいいんです」


「なるほど。それならどれくらいでしょう?」


「一重魔法の簡単なやつなら一か月くらいですかね」


 ただそれだけでもかなり時間がかかる。これに至っては仕方ない。


「ならお兄ちゃん、その間この家に住まわせてもらえばいいんじゃないかな? エルさんがね、空いてるお部屋はあるんだって。それにエルさん私とアリスちゃんに料理とか家事を教えてくれるって言われちゃって。どうかな?」


「俺は全然問題ないからいいけど……それはサムさんたちに迷惑じゃないか?」


「いえ、私たちは構いませんよ。私もヴィークさんに教わりたいのでこちらとしては願ってもないことです」


「なら決まりだね! サムさんエルさんこれからしばらくよろしくお願いします!」


「私の花嫁修行だね。料理の腕とかアインちゃんに完敗してるから頑張らないと!」


 ヴィークも頭を下げる。これから一か月間お世話になるいわば新しい家族だ。


「師匠と弟子の誕生だね。ヴィーク師匠とエル師匠。お兄ちゃんが師匠ってなんだかおもしろいね」


「こらアイン。その言い方はサムさんに失礼だぞ」


「いやいや、何も間違っていないですよ。これからよろしくお願いします、ヴィーク師匠」


「サムさんまでやめてくださいよ。俺は師匠なんて柄じゃないんだぁ」


 サムの家では笑い声が響いていた。




 その日の夕方。サムに道を聞いて約束していたユリンの家にやって来た。家はサムたちの家より少し小さい。ドアをノックするとユリンが元気よく出迎えてくれた。


「いらっしゃいませヴィークお兄ちゃん、アリスお姉ちゃんっアインお姉ちゃんっ」


 遅れてお父さんとお母さんもやって来た。そして挨拶もそこそこに家に上がる。テーブルには豪華な料理が所狭しと並んでいてヴィークとアインはびっくりした。


「今日はお母さんが頑張ってすごい料理を作ったんだよ。ユリンもお手伝いしたの!」


 嬉しそうにそう言って笑うユリンをヴィークとアインは羨ましそうに眺めた。自分たちの親はろくでもない人だったから親子仲が良くて家族団らんがうらやましかったのだ。


 アリスも聖女となってからほぼ会っていない両親の顔を思い出す。いつかヴィークのお嫁さんになったら報告に行こうと決意もした。


 ヴィークが本気になれば距離なんて大した障害ではないとヴィークの本気をアリスは知っているから。


「どうどう? ユリンの作った料理おいしい?」


「こらこらユリンお行儀よく食べないとだめよ」




 そんな楽しい食事会も終わりみんなでゆっくりおしゃべりしていた。そして一か月間ほどここに滞在すると言ったときは「ここでなにをするんです?」と問われサムたちの家でのことを話すとユリンが目を輝かせて食いついてきた。


「いいな! いいな! ユリンもヴィークお兄ちゃんに魔法おそわりたい!」


「ヴィークさんに迷惑かけないの。ごめんなさいヴィークさん気にしないでくださいね」


「いえ、ユリンちゃんさえよければ教えてあげてもいいですよ。ライトとかウォームくらいならたぶんできるんじゃないかな」


 ライトもウォームも魔力さえあれば使える簡単な魔法だ。適正なんて無いに等しい。


「やった! お兄ちゃんに二人目の弟子が誕生だね!」


「私、料理とか家事もアインちゃんに負けたくないけどヴィークくんに魔法教わりたいとも思っちゃうな」


 アリスがそういうとアインがずるいし料理と家事だけでも相当大変なんだからとアリスは家事と料理に専念することになった。


「なら、私もエルさんと一緒にアインさんとアリスさんのお手伝いをしようかしら。2人ともいいかしら?」


「もちろんです! 私にも二人も師匠が出来ちゃったよ。お兄ちゃん待っててね。すっごい美味しい料理作ってメロメロにしてあげる」


「私が料理とか覚えたらもう無敵なんだから。こっそり魅了の魔法を覚えるのもいいかも……? でもヴィークくん耐性高そうだしやっぱり実力で頑張るしかないね」


 ヴィークには2人の言っていることがよく分からなかったが、弟子のユリンと師匠のお母さんはわかっているようだった。


「ヴィークお兄ちゃんはそういうところを勉強しないとね」


 まさかの弟子にもう抜かされているヴィークだった。

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