第13話 ヒロ
僕は作家
世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。
キャリアのママとは年に一、二回食事をする程度の親しさだ、つまりママは僕の苦手のタイプ。
ママが横浜中華街老舗のお嬢様だったことは聞いていたし、そうであればご先祖は中華圏から日本に来たのだろう‥ぐらいのことは頭に浮かんだけど、ハワイの人種のごった煮のなかにいるとそれはまるで話題にすらならない。
元日本国籍で今はアメリカ市民、ハワイに住んでいるのがキャリアのママだ。
ママの甥っ子、キャリアの従弟にあたるヒロシ君が、ハワイ島で中華のお店をオープンすると聞いた時は、改めてキャリアのルーツに思いを馳せることになろうとは思いもしなかった。
キャリアの祖父が横浜にやってきたのは日中戦争が始まる直前の1935年の冬だった。関東大震災で一気に増えた中華料理店経営者がその後の日中関係悪化を懸念してお店をたたんで帰国した後を引き継いだ中に多くの台湾人がいた、その中の夢と野望に満ちた青年の一人がお爺ちゃんだった。
それほどまでに日本での成功に執着したのは彼が台湾での少数民族出身者という特殊な境遇にも由来する。
日本による台湾統治が侵透した時代に、日本語教育を受け武士道を習得した彼にとって日本はある種の聖地だった、立身出世の。
一族の期待と財産を一身に担って働いた、戦争中の物資不足にも耐え、戦後は進駐軍の贔屓を得て一気に商売を拡大した。
娘であるママとチャーリーとが出逢ったのはその意味では定められた運命の様にも思える。
祖父の弟も兄貴を手伝うために戦後横浜にやってきたが、修業をした後高雄に帰って小籠包のお店を開いた。
いまハワイ島で起業するというヒロシはそこの次男、元町生まれのバリバリの「はまっこ」だが父親と一緒に高雄で店を手伝っていた。
ハワイでお店をやってみたいというのはお爺ちゃん譲りの起業精神なのか、今時の軽いノリのなのか?
と言ってもハワイでの起業はそうそう簡単ではないことはハローワークに訊かなくてもわかる。
オアフ島では到底資金が足りないのでビッグアイランドに格下げしたという。
「キャリア、ヒロシ君はホントに大丈夫かな?」
ママには聞こえないようにそっと訊く。
「一年でダメになるね」
僕にはもっと早く駄目になりそうに思えるがキャリアには言わない、ママにも。
「ヒロシはサーフィンも得意だからいざとなればそっちで稼ぐかもね」
余命がもっと短くなってきた。
今日はママがヒロシの店を見たいというので、キャリアと僕がそのお供できている。
ヒロの街はホノルルと比べると黄昏の街のように静か、今朝も空港に着いた時から雨雲が空を大きく覆っている。
ビッグアイランド西側の町コナが明るいリゾート地なのに比べてヒロは暗めのクラシックな雰囲気、それはそれでが逆に興味深い。
カメハメハアヴェニューをファーマーズマーケットに入った一画にテイクアウト専門の中華ショップが見えてくる、
ほとんど改装が終わっているが入り口周りを造作中だ。つい先日までビデオショップだったのが捨ててある看板でわかる。時代が10年歩み遅れている。
ママとキャリアはこの一年ヒロシ君といろいろ相談に乗ったりしているが僕は初対面、僕と同学年だと聞いていたが台湾人とは思えない精悍な顔つきの美男子なのに面食らった。
いや、ハワイ原住民族の面影が色濃いのに驚いたといった方が正しい。
「初めまして教授、噂はいろいろ菊ちゃんからきてます。びっくりしたお顔ですね」
人種ミックスのハワイに慣れている僕ですらヒロシ君の風貌に言葉を無くした。
「台湾人は今中国と主権について意見の相違を正そうとしていますが、俺ら、そうおばさんも菊も含めて中華圏の人種ではないようですね、台湾の古くからの先住民はフィリピン以南の海洋民族を起源としているようなんですって」
「それで君はハワイに来たってわけか?」
「俺らの血筋のなかでは時折まるでミクロネシアのようなものが生まれることがあるらしいです、それがこの俺」
「ハワイのなかでもアジア人種の多いヒロに来る運命だったんだなあ」
「ねえ、ヒロシ、このフントゥンミェン試食してもいい?」
ママたちは商品の味見で忙しそうだ。
ショップの名前は「HIRO」、HILOの町のHIROか、いい名前じゃないか。
お店の基本はテイクアウトの高雄料理、海鮮ものも手堅く拡大していくが、まずは中華定番の焼きそば、チャーハン、そしてハワイでは欠かせない海老料理をメインにするという。
小籠包をアツアツで食べてもらうには小さくてもいいから客席も欲しいらしい、これは次のステップだそうだ。
「今夜は特別にみんなに小籠包を作りますから、外でベンチでも持ってきて味わってください、教授さん よく来てくれました、マハロ」
ヒロシはこの一年間ハワイ語のレッスンを受けて、今では土地のお年寄りとも不自由なく話しができるようになっている・・とそっとキャリアが教えてくれた。
そこまで知ってて 一年の余命は無いでしょう。
ヒロに代々住んでいるおばあさんがヒロシ君に道端で喋りかけている姿が目に浮かぶ、
「ナナ・ナー・モエ、夢を忘れないでね」
ヒロシのお店がヒロの静かな空気の中にポツと温かい火を
灯してくれたような気がした。
ポリネシアンの血は、そうするとママにもキャリアにも流れている。
カイウラニ王女の霊がキャリアにささやいたのは、決して白昼夢などでは無かったんだ。
HIROのお店からリリウオカラニ公園の端をヒロ湾を眺めながらホテルに戻る。
ママのためにどちらかといえばしぶしぶやってきたハワイ島、
まるで興味のなかった町ヒロ、
キャリアと二人で夜空を見つめる、
さっきまで真っ暗だった空が満天の星空に変っていた。
じゃあ、
カウアイ島で僕に語り掛けたのは、
誰? そして何故?
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