第12話 アウトバウンド
僕は作家
世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。
先日も毎日新聞のコラムに記事を書いた。
その趣旨は、
「インバウンドというワードが観光業界に独占されて久しい。本来ビジネス遂行上の情報の出し入れの片側を意味していたのが、いつの間にか金儲けのメジャーになってきた。
外国からより多くの人に日本を訪問してもらってお金を落としてもらう・・・という経済政策をインバウンドと称するらしい、現在は。
落としてくれたお金を拾う発想では日本経済の未来は心もとないという以前に、発想が卑しい。
一方アウトバウンドは海外に出かける日本人の出費を示すのであればどこかうすら寒いものが背中に忍び寄る。
もう日本ではお金の話しかできないのか。
情報にしろ観光にしろ、イバウンドとアウトバウンドは表裏一体で然るべき、貴重なインバウンドを生かして、より有効なアウトバウンドを生み出すのが政治の責任ではないか。
見本市やスポーツイベントばかりに注力していると結局は独りよがりを見透かされたうえで互恵の原則が崩れ、その裏では貴重な国家予算が格差増長に使われることになる」
というようなことを、政治用語だらけの告発調でアジった。
毎日新聞の電子版それもレジャー欄コラムだったけれど。
「毎日の記事読んだよ、本名だったからすぐに分かった」
デストロイヤーズの一人、稲本氏からの電話は珍しい。
氏は四十代後半、渋谷、新宿にクラブを持っている、「ク」にアクセントを置く古いタイプの方だ。
渋谷のキャリアジムでは時々ワークアウトが一緒だったりしていたが、ジミーちゃんの結婚式以来そういえば姿を見ていなかった。
その前には時々彼のお店に連れていかれて愚痴を聞かされたことがあった。
「景気が悪いというより、景気が無い。
会社の接待費は削られ、お馴染みのオーナー社長はどんどん年取って酒飲めなくなってきてる。
最近の成り上がりの若手経営者は酒自体飲まない。
女の子もどんどん高齢化して、若い子はセクハラ職場は嫌いだって?
この商売セクハラが売り物なのによう。
おまけに、大きな声じゃ言えないがケツ持ちの連中がお上に締め上げられてヨレヨレ。いまや新宿は外国人ヤクザのやり放題さ。
どうすればいい、学者さんよ?」
「久しぶりですね社長、最近ジムに来てないでしょう」
「アラモアナにマンション買ってさ、今はハワイの食堂のオヤジっ」
デストロイヤーズ(駆逐艦隊)がハワイに集結している、これで三人目。
パールハーバー アゲインか?
稲本社長はすでにお店を売却したそうだ、相手はどこにもアクセントのない「クラブ」。
品行方正な夜の商売に限界を感じていたことは僕も知っていたが、どうやらジミーちゃんの勇断が社長の決意を後押したようだった。
「ずいぶん前に離婚して子供もいないので気軽に決めたんだが、ハワイに住むのは結構たいへんだったね、作家さんが教えてくれたのは本当だった」
そうなんだ、ハワイに住むといってもオアフの住宅価格は全米一、かなりの資産がないと住居の手配すらできない。
それ以前に観光以外で過ごすには、アメリカ人と結婚するか。あるいは現地で起業するしかない。
ハワイ州は一切の風俗営業ができないので社長の得意な分野は残念ながら生かすこともできない。
「で、食堂ですか?いったいどこで何を始めるんですか?」
「もう始めたよ、カラカウア通りのラーメン屋が居ぬきで譲ってくれた。そこは大当たりしたのでもっと広い店舗に移るそうだ」
「もしかして司会者さんのお店ですか?」
「いやあれじゃない、芸能界にコネはないよ」
社長が手に入れたお店は20人マックスの小さいスペースだが本当にカラカウア通りの東端に位置していて、観光客が目の前を大勢通る。
ジミーの結婚式の際に現地の不動産屋に物件を探すよう依頼していたのだという。
いまワイキキ地区にはあらゆる種類の日本食が出店している。ラーメン、焼き鳥、うどん、とんかつ、鉄板焼き、お好み焼き、寿司、天ぷら、パンまでも。
社長が選んだのは「お茶漬け」。
もっともこれは看板だけのことで、中身はご本人が云うところの食堂らしい。
焼魚から生姜焼きまでの各種定食、湯豆腐などの小鉢、豚カツ、唐揚げを提供して日本酒を飲ませる。これから世界の食中酒は「日本酒」というのがコンセプトだ。
もちろん看板のお茶漬けには凝っている。
厨房の奥の大きな甕には糠漬け、つくだ煮、珍味を空輸で持ち込んで現地に普及するのだそうだ。
そして、このお店のセールスポイントは、
「お茶漬けが無料」というところ。
料理を一品注文すれば美味しいお茶漬けを最後に賞味することができる。
「でも、お茶漬けって観光客がよろこぶのかなあ?」
ターゲットは現地で生活する日本人だから、いいのだそうだ。
そして、儲からなくてもいいのだそうだ!
ハワイに住むために起業したのだから。
「だからさぁ、作家さんが主張している、アウトバウンドを俺は実践しているのさ。いつかハワイ市民が本物のお茶漬けを食べたい思い立って京都に行くかもしれんだろう、
あっ、ぶぶ漬けか、京都は」
「社長、もしかしてこの仕事に誰かコンサル頼んだでしょう。
当ててもいいかな。 キャリアでしょう」
キャリアは「おにぎり」大好きなことはもちろん「お茶漬け」にもうるさい、むろんあのコンサバママの影響なんだけど。
PHのだだっ広いキッチンで僕とキャリアは何度お茶漬けを食べたことか。
「ピンポーン、さすがフィアンセだね、作家さん、そのとおりお店のコンセプトは彼女に頼んだよ、俺は英語もちょぼちょぼだしね」
お店のマネージャー、バイトの若者もキャリアの紹介、日本語を習いながら働きたい現地の若者は多いが、いい子はなかなか見つからないもの。
社長は彼らに、和風料理とお酒の基礎知識を毎日少しづつ教えているそうだ、日本語で。
これをして何をアウトバウンドというのか。
日本の文化、歴史を海外に拡散することが真のアウトバウンド。金儲けのインバウンドの対極がアウトバウンドではない。
頑張れ社長、
つぎのPH滞在の時には必ず寄りますよ。
持てる限りの日本酒と漬物と一緒にね。
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