第11話 ティファニー

僕は作家

世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。


その僕が敬愛する作家はカサノヴァ、

目標とする作家は村上春樹と小松左京、

ここまでは今まで折に触れて白状してきた。

作家ジャンルと微妙な境があるのだが、ノンフィクション作家としてはカポーティを尊敬している。

革新的だった彼の「冷血」は後のノンフィクション作家に強烈な影響を及ぼしたものだ、怜悧な考察と同居する作家の心の襞の揺らぎは、最初に読んだとき研究者として見習うものがあると思った。

とは言いながらも、残念ながらカポーティといえば「ティファニーで朝食を」がどうしても最初にイメージされる。

もっと言えばオードリー・ヘップバーン主演の映画の原作者としての認知がまず最初ありきなのは、カポーティには悔しいところだろうと勝手に同情している。


今朝、フィアンセのキャリアと朝ごはんしている、もう10時半過ぎだけど、

キャリアがパワーランチ出席のためお昼は無理なので朝ご飯となった。

「どうせタフな会議になりそうだから、ゆっくり食べる暇なんかないの、だから今のうちにバッチリ食べるから心配しないで」

ロイヤルハワイアンセンターの奥まった木々に隠れたトラッテリア「イル・ルピーノ」に僕たちはいる。

PHから散歩がてらワイキキのど真ん中に来る、いつ来てみても観光客が溢れ活気に満ちている、そんな街が愛おしい。

キャリの会議があるショールームに近いお店で選んだイル・ルピーノだけど観光客御用達のため朝から混雑している。


「私にはエッグベネディクトをひとつ、ミルクバターパンケーキでいい?」

いつものペースには逆らわない。

アサイボール以外であればOKだ、僕は。

「どうだったの?教授になれた?」

「うん、理事会は人を見る目があるみたい、

めでたく若手教授になったよ、歴代記録には及ばなかったけどね」

日頃からの大学への献身的態度が認められたといえば聞こえがいいが、大学が運営する人材振興基金への寄付が効いたのは間違いない。

この世の沙汰は金次第ということだ。


「パパにはもう言ったんでしょう、きっと」

「ダニエル井上空港からPHまで無言でとおすわけないでしょう」

「じゃあ、ママには私から伝えておくから、ところで急な用事って何?」

「えっとね、あの、僕らは婚約したようなものだよね」

「続けて」

「だから 婚約指輪がいるんじゃないかと」

「さすが教授さんだ、頭が恐竜。私が欲しいって言ったっけ?」

「だよね、キャリアはそんな束縛は嫌いだよね」

「いいえ拘束は好きだよ、もう買ってくれたの、私の指のサイズ知ってたっけ」

「いや、エッグベネディクトの後買いに行かないかい、この近くの何処かで」

「いいの?ロイヤルハワイアンセンターだよ、ここは」

「来る途中ちらっと覗いたんだけど、エルメスとかブルガリをね、外からだけど」

「それはそれは、いったい予算はいくらなの?」

「日本では昔から給料3か月分って言うけど」

「どっちも無理そう」

「ティファニーっていうのはどうかな?」

「そうくるの? もしかして、ティファニーは朝食の後に・・・なの?」

自分で言ったことに気づいたのは、キャリアが大きな口を開けて笑い出した4秒後のことだった。

「いやさ、だからティファニーで朝食してるわけじゃないって」

「この話ママが聞いたら大喜びだな、ママはこのムーヴィー大好きなの、というよりジョージ・ペパードの大ファンなのよ、ヘップバーンじゃなくてね」

ティファニーワイキキ旗艦店はイル・ルピーノから歩いて2分、太陽系規模でいえば今朝は、「ティファニーで朝食を」かもね。


エッグベネディクトを全部たいらげたキャリアと、パンケーキを一枚残した僕は、朝食の後ティファニーの入り口に。

今日は大切な一日になると思って僕はジャケットを着ている、クリスマスイブの時と同じものだけど。キャリアはどこから見てもキャリアマネージャの風格を漂わせるアルマーニのダークスーツ。

おそらくお店のスタッフは皆「上客が来た」と思ったに違いない。

お決まりの黒いスーツのアフリカ系のセキュリーティがドアを開けて招き入れてくれる。


「朝食を食べたいんだけど」

悪い夢を見ているようだ。

「大切なお客様が日本からいらしてるの、一番お薦めの朝食をお願いね」

当惑しきった女性スタッフ、

「当店では朝食のご提供はしておりません」

「あらそうなの、それは不思議ね」

さっさと歩み去るキャリアに追いつくのに僕は精いっぱいだ。


PFチャンの中華レストランの角まで来てキャリアが振り返って優しい笑みを浮かべ、僕を抱きしめる。

「マハロ 作家さん、いや教授さん、気持ちだけで十分よ。

指輪で私を束縛できると思ってはないでしょ 本当は」

「でも、なにか形にしておくのもいいかなって」

「信用しなさい、ハワイの神に誓った私を。教授さんの方こそ何か形にしてぶら下げておいた方がいいんじゃない、これからは土下座では済まないから」


古代ハワイの人びとは先祖から受け継いだ慣習と掟を守ることで絆を固め、秩序を守ってきた。それはかっての日本がそうであったように。

王国が滅びた後、アメリカ式自由平等の規範が広まった反面、人同士は何かに信頼の証を求めた、

宝石? お屋敷? ゴールド?

キャリアと僕がハワイの神に祝福されたふたりだとすれば、僕たちがティファ―ニーを必要とすることもないか。


いや、それでも

朝食はティファニーだよね。


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