第10話 メレ・カリキマカ

僕は作家

世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。


子どもの頃クリスマスは楽しいお祭りだった、サンタさんにお願いしたプレゼントがクリスマスの朝、枕元に置いてあるなんて、夢のようなお祭りだった。

サンタが父親だとわかったそのとき、僕は半分大人になったような気もする。

クリスマスには雪が降ってホワイトクリスマスになるといいな・・・なんていまだにそんな刷り込みがメモリーから消え去らない。


ハワイのクリスマスには雪が降らない、

一年中降らないからクリスマスにも降らない。

当たり前のことだけど、最初ハワイの人は可哀想なんて同情していてハワイアンの怒りをかってしまったものだ、キャリアにだが。

作家たるもの偏見に支配されてはいけないから表向きでそんな発言はしないけど、キャリアといるときふと油断して口が滑った。

「寒くないクリスマスって変だよね」

「じゃあ、シベリアにでも行けば」


ハワイではサンタはサーフボードに乗ってやってくる、

お供はイルカ、サングラスとアロハも定番だ。

実はハワイのクリスマスの歴史はうんと古い、日本の文政時代(江戸時代)から始まっている、当然ながらクリスマスはハワイに宣教に来たプロテスタント牧師が広めたものだ。

そのころの日本は鎖国政策を強化して外国船を打ち払っていたのだから、この文化ギャップは一世紀以上、なかなか取り戻せるものではない。

暖かい南国のクリスマスを軽んじてはいけない。


「クリスマスは教会に行くけど、どうする?」

「政治学者たるもの無宗教だぜ、僕は留守番するよ」

「じゃあ、イブのディナーにおいでよ、年に一度くらいはママにも会ってあげて」


僕とパパ・チャーリーは仲がいい、初めて会って以来ず~と気心が知れた関係が続いている。

だけど日本人のママは戦後世代のなかでもコンサバ派に位置する、つまりは古い。

なにかというと周りとの協調を第一にして自己主張しない。

チャーリーはそれが日本女性の美徳だと勘違いしてママを溺愛しているが、

日本人の僕には単なる「ことなかれ主義」としかみえない、だから苦手なのだ。

その反面、

「作家さん、いつ菊と結婚するの?」

「あなたの本業は何なの?」

痛いところを突いてくる。

「オーマイガッ、ここはアメリカでしょ

僕らは自由に生きるんだよ」(と心の中で叫ぶだけ)


でもキャリアにじっと見つめられてしまうと、

「もちろんイブにはいくよ、ママには何をお土産に持っていけばいい」


キャリアの実家はマノアの住宅区のなかでも丘陵の山際にあるおとなしい造りの一軒家、ママが津波を心配して決してビーチ沿いの家を認めなかったと、ネイビー出身のチャーリーは残念がっている。

クリスマスイブの夕方、まだ太陽がぎらつく中、僕はチャーリーの車でマノアの坂を上っている。

今夜はキャリアの弟も久しぶりにマリンカウンティから戻ってくる、

それもガールフレンドと一緒に、

ということでチャーリーも興奮気味だ。

僕もチャーリー一家に敬意を表して、(そしてイエスキリストにも)、ブルーのジャケットで正装してきた。

玄関には初対面の弟君が出迎えてくれる、

ママとキャリアは料理の準備で忙しいらしい。


弟君はルークという、チャーリーに似た大柄な体格、ママの切れ長の目がエキゾチックだ。

今ルーカス・フィルム傘下のスカイウォーカー・サウンドにいるという嘘のような紹介を受ける。

「もしかしてそちらのお嬢様はレイアさん?」

「いいえ、ポーラです、でもルークからはそう呼ばれてます、レイアって」

小柄なアフリカ系のポーラは嬉しそうに微笑む。

ポーラは心臓外科のレジデント、聞いてみれば当然なのだがスターウォーズのワークショップでルークと知り合ったという。

二人はアナキン研究マニアが高じて論文を共同発表しているのだそうだ。


詳しい研究内容をメールでもらう約束をした時、「みなさん 席にかけてね」

ママのピジンイングリッシュ。

「我が家のクリスマスは、いつもすき焼き、どちらかというとハワイ風ですが美味しい、ブローク・ダ・マウトよ」

六人が長テーブルに着席、チャーリーが赤ワインを注ぐ、そしてお祈り。

僕も黙とうする。

すき焼きというよりローストビーフとハワイ野菜の醤油煮込みに近い豪快な一品、美味かった。


今日ここまでキャリアとは軽くハグしただけで一言も口をきいていない。

ご機嫌が悪いわけではない、大きな笑みを絶やさないで僕を見つめる時間が多い。

イブの主役は弟君カップル、ママが根掘り葉掘り聞きだしているそばでチャーリーがハラハラしながらも楽しそうだ。

どうやら二人はパートナーとして一緒に生活している、ただし二人が一緒にいる時間はほとんどない。

売れっ子のサウンドディレクターと心臓外科レジデントの重なり合う時間とはいつなのだろうか、トンと想像がつかない。

ポーラは日本の先端医療チームに参加することを当面の目標にしている、僕も聞いたことのあるIP細胞による難病治療のことらしい。

イブ特別のコニャックも飲み干して、そろそろ話しも尽き、お開きになろうかというその時、

キャリアがグラスの淵をナイフでたたく、

「チ~ン」

僕に真正面から向き合う、ブルーアイがきらりと光る、

「ルークとポーラの話を聞いたから、というわけではないの、

ずっと前から感じていたんだけど、今夜は神の前で宣言します。

私菊はあなたと結婚します、

いつになるかまだ決めていないけど、

カウアイ島の神々のもとで永遠の愛を誓いたいの。」


今夜の神というのはイエスの神ではなかったんだ。

ハワイの古くからの神々に僕もキャリアへの愛を誓った。


「メレ・カリキマカ」

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