第9話 ハローハワイ、ハローワーク
僕は作家
世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。
『ハワイで働きたいけどどうしたらいいのでしょうか?
若者からのこういった質問に答えるのは難しいですね。
日本の移民政策を顧みれば自明のことなんですけど、アメリカ国内でお金を稼ぐには想像を超える条件・制限が立ちはだかっています。
近年では高い壁という物理的かつ象徴的な障壁まで造られたりで、アメリカファースト真盛りなんですね。
先に挙げた質問をもう少し解きほぐすと、
「大好きなハワイでアルバイトしたいんですが、どうすればいいの?」
ということだと忖度したうえで、
「まず ムリムリ」といっておきます。
今ハワイで大きな問題になっているのがホームレスの増加、
彼ら彼女らは、気軽にハワイに来て職を得られないまま地べたに住むことになったアメリカ人たちですが、外国籍のホームレスはもう勘弁してよと思っているのがハワイ州なんです。
ハワイ州が歓迎するのは、マンション、一戸建てを買ってくれる外国人です、その対象は今までは日本人、今は圧倒的に中国人が多くなっています。
ちなみに 僕のコンドミニアムは土地付き物件ということになっているので毎年固定資産税はじめもろもろの税金を州に支払っています。
もうひとつのちなみですが、僕のコンドミニアムはアメリカ人と日本人に限定した物件でした。
「でした」という通り、日本経済の低迷と購入者の高齢化によってコンドミニアムを手放すオーナーが増え始め、それを中国人が購入するという傾向になっているようです。
ハワイの常識として、独立心旺盛な中国人は太平洋戦争まえから疎まれていました。
その反面、真面目に働き雇い主に従順な日本人はじわじわと信頼を高めていったのです。
州の人口に占める国別人種構成では、古くからアジアからの移民が多かったフィリピン系に次いで日系が多数占めます、といっても13%程度、圧倒的優位を占める人種がいないことでここハワイ州は政治傾向としてはリベラル、合衆国初の黒人系大統領がハワイ育ちというのも納得がいくところでしょう。
実はハワイの黒人系人口は2%以下の低さになっていますがその要因は、アジア系移民の島というハワイの歴史と、黒人奴隷というアメリカ本土の歴史を対比することで明確になり、
同時にアメリカ本土のこれからの人種政策においても考慮すべきものがある、とわたくしは考えています。』
「ねぇ いつまでそれ続くの?」
僕がぶつぶつ呟いていたのは来週コンベンションセンターで開かれるパネルディスカッションのための冒頭あいさつだ。
ハローワーク職員の研修旅行のイベントとして僕にコーディネータの仕事が舞い込んだ。
テーマは「海外での働き方」、
パネラーはハワイ在の日本人4名、
もうお察しの通りそのパネラーの一人が、僕のキャリアだ。SONYとテスラでの実績は4名のパネラーのなかでも群を抜いていて今パネルの目玉になっている、
あとの三名は旅行代理店コンダクター、高級ステーキハウス店長、不動産開発社の現地マネージャ。
「せっかくハワイで研修するのだから、ハワイの地政学のさわりをブリーフィングしようと思ってさ」
「せっかくハワイで研修するのなら、ワイキキの美味しい食べ物屋屋さんを教えてあげたらどう?」
キャリアの言うとおりだ、もともと微小だった「ハワイの政治と職業」というテーマがどうでもよくなった。
もともと、このミッションは研究室の先輩からの依頼で受けざるを得なかったものだ。
「ハローワークには予算がないので、ハワイに住んでる先生でって言われたんだけど、君しか思いつかなくてすまん。ちょうどそっちにいるんだろう、しばらくは。
だから頼むよ」
パネラーの選択も任されたがそれはきっぱりとお断りしたのに、領事館と商工会が選んだメンバーにキャリアが入ってくるとは・・。
選ばれたパネラーたちも領事館にはいい顔をして引き受けたのだろうが、いったいこのメンバーで何を討論するというのか。
キャリアの言う「美味しい食べ物屋」でいこうと決めた、手抜きではない、熟考の末である。
コンベンションセンターの大きな車回しに
JTBバスが6台次々と入ってくる。総勢百名少しの研修生がぞろぞろと眠たそうに降りてくる。
厚労省の担当者とJTB社員が入り口で出迎えて4回のホールに続くエスカレーターに案内している。
男性がブルー、女性が真っ赤のお揃いのアロハを着ているのが異様だ、研修旅行の押し付けアロハは団体行動に慣れている日本人とはいえ、ちょっと気の毒、お役人はつらいね。
大層な肩書で紹介されて、僕はコーディネーターとしてパネルのテーマを宣言する、
「働くことは食べること、ハワイも同じ」
パネラーには何が食べたくてハワイで働いているかを発表してもらう。
もちろん事前に打ち合わせしている、
キーワードは
「研修の後ハローワークさんたちが楽しく飲み食いできるところを紹介する、
最後に一軒、いち押しのお店をお教えする」
旅行代理店コンダクターは、
移動式販売の紹介だ、つまりは屋台。ホノルルダウンタウンのビジネスランチからワイキキビーチ沿いのテイクアウトフードまでお値段と買い求め方法まで、痒い処に手が届いていた。
僕もこっそりメモしたくらいだから研修者は必至で記録していた。
彼女の一押しは、
「パイオニア・サルーンのリブアイステーキ」
高級ステーキハウス店長は、
意外にも日本食オンパレードだ、寿司、焼き鳥、天ぷら、しゃぶしゃぶ、ラーメン。海外に出ても日本食しか食べられない人が意外と大勢いる、ハワイはその点全く心配ないというのが店長の結論だ。例によって最後に六本木の日本支店を宣伝していたが、まぁいいか。
店長の一押しは、
「魚三の握りずし」
不動産開発マネージャーは、
予想した通りっホテル内のレストラン、バーの上手な使い方をレクチャしてくれる。泊り客でなくても問題ないこと、ロケーションの強み、特に夜景の素晴らしいところを推薦してくれた。
これも僕には参考になった、即メモ。
マネージャーの一押しは、
「クィーン・カピオラニホテルのデック」
真打のキャリアは、
いきなり「BUS」の仕組み、乗り方、料金を説明しだす。
オアフのBUSシステムは確かに便利で格安、基本料金は2.5ドルで島内どこまでも乗れる。
キャリアのお薦めは、BUSで遠出しよう、お弁当を持って、好きな友達と一緒にということだ。街中を出るとハワイの本当の姿が見えてくる。自然がまだまだ荒々しい姿で残っている。マカプー岬トレッキング、ココクレータ植物園、もっと近くではマノア滝、すぐ近くというならマジックアイランドを紹介する。
お弁当はやはりハンバーガー、それもレストランでテイクアウトすると間違いない。
御握り弁当もあるといってGABAをあげる。
(おいおい、それは僕らのとっておきのお楽しみじゃないか、キャリア)
最後の締めの言葉、
「自然の中で、シンプルな食べ物を、一番大好きな人と食べるのが一番の幸せ、
明日からまた働くぞって気持ちになります」
と言ってにっこりとこちらに笑いかける。
キャリアのいち押しは、僕だった。
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