第8話 ケ・カリ・ネイ・アウ

僕は作家

世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。


「急なお話で悪いんだけど~、結婚式に出てくれないっ」

いつもの様に名乗らないけど、おねえ言葉でジミーだとすぐに分かった

あのユニット・デストロイヤーズはキャリアがいなくなったのでSONY公認ではなくなってはいたが、五人ともキャリアジムを退会することなく気が向いた時に専属コーチにダイエットメニューを作ってもらったりしている。

そうなんだ、キャリアジムという名前はそのまま使われている。

キャリアの威光いまだ衰えずというところか、実際にハワイのキャリアにはSONYから復職のオファーが絶えないらしい。

残念ながら、今キャリアは壮大なエコプロジェクトに没頭しているので、東京には興味が向かないでいる、僕がいる東京なのに。


「えっと、ジミーちゃん、誰と結婚するの?」

「五月にトライアスロンに出たでしょ、あんとき恋に落ちたんよ、その人と」

あのレースの後、僕はキャリアに丸三日間愛のマッサージを受けていたことを、

そういえばジミーにハワイ料理をご馳走する約束をすっぽかしたことを今思い出した。

「やっぱり 水球ゴリラと?」

「馬鹿をお云いでないよ、私はインテリ好みなの、知ってるでしょう」

嫌な展開になってきた。

「もしかしてハワイの人?」

「今はハワイで仕事してるけど、フィラデルフィア出身のダンサーなの」

二人はトライアスロンレース中に恋に落ちた、

手をつなぎ見つめ合ったままゴールした、

そのまま時を忘れて彼のスタジオで愛し合った、

だからハワイ料理のことは気にしないでいい、

自営なので帰国してすぐ仕事を終わらせた、

事務所スタッフには迷惑をかけたが許してもらった、

二か月前からオアフのノースショアにアトリエを購入して彼と一緒に住んでいる、

もともと油絵出身なのでこれからはハワイの海を描いて生計を立てる、

・・・

とハレイワからの長電話で教えてくれた。


「キャリアちゃんにも言っとくけど、十月のあたま空けといてね、詳しいことは招待状見て頂戴、じゃあね アロハ~」


日本の夏休み、シルバーウィークが終わるのを待って、日本人観光客と入れ違いに十月にはキャリアに会いに行く予定なので、このミッションはポッシブル、

とはいえキャリアの考え次第だが、少なくともハワイにはいる予定だ。


「一応教え子だから祝ってあげるか」

キャリアがポジティブ(?)なので僕も列席することにしたジミーの結婚式は、ダウンタウンに位置する人気のセントアンドリュース大聖堂で執り行われる、

堂々の日本人向け観光ウェディングプラン、とはいえ荘厳な教会のなかで少人数からでの挙式もできるのは、さすが観光王国ハワイならでは。


ハワイ州は同性婚が法的に認められていて、非アメリカ人同士でも結婚証明書類を出してくれるが、ジミー夫妻は片割れがアメリカ国籍を持っているので何ら問題はない。

二人は正式に婚姻届けを出すという。


三年間以上もキャリアと「濃密な友人関係」を続けている僕には驚きのジミーの英断だった。


式当日に初めてジミー夫婦に会った。

片割れは黒人、ハワイではかなり珍しい人種の黒人だ。

「ロッキー」でクリード役を演じた俳優マイケル・B・ジョーダン似のワイルドイケメン、ダンサーならではの筋肉スリム、身長も高そうだ、スティーブだと自己紹介された。

見間違いそうになったのはジミーちゃんご本人の方だった、出っ腹は跡かたなく消えて顔も一回り小さくなっている。

「この3か月ダイエットしたのよ、キャリアジムには初めて毎日通ったかしら」

スティーブと腕を絡めたまま嬉しそうなジミー、お揃いのホワイトの礼服が太陽に輝いていて眩しい。


式には花婿花嫁の友人たちが集まった。

両親、親戚は遠いからという理由をつけて招待しなかったというが、同性婚だということもまだ知らせていないそうだ、

人の心のなかは法律と違って、ある日を境にすべて変更できるものではないようだ。


スティーブ側にはハワイのダンサーが集まっている、フラ系が多いのは当然だ。

ジミー側は、長年共に働いた事務所メンバーのほかに、例のユニット・デストロイヤーズの残り3名も顔をそろえている。

アパレルCEOはさっそくいい男を物色、

パチンコ屋はご機嫌斜め(ギャンブル禁止のハワイ州なもので市場リサーチすらできない)、

クラブ経営社長はハワイ進出の画策、

それぞれのハワイにお忙しい。


キャリアは背中がパックリと空いたレースのミニドレス、ディオールの特注だって、

僕はパパスの椰子柄のヴィンテージアロハに真っ白のチノパン、これはUQ。

ハワイアンウェディングではアロハが正式な装いとなっている。

デストロイヤーズの面々も思い思いの洒落たアロハだ。   


ところで、

二人が結婚を決めたのは「ハワイアンダンス」への関心だという、ダンサーと舞台美術という共通の興味が一層二人の絆を強めた。

もっと深くハワイ古来のダンスを勉強したいという新婚カップル、

「カウアイ島でうずもれた舞踊を調べたいの、キャリアは詳しいんでしょう、誰か紹介してよ」


キャリアの中で何かが閃き、思考が急回転しだしたのを僕は感じていた。


ウエディングセレモニーは僕が想像した以上に感慨深かった。

厳かな輝きを放つステンドグラスに囲まれ、パイプオルガンの深い響きのなかで、スティーブの友人のカップルが「ハワイアンウェディングソング」をハワイ語でデュエットしたときは思わず涙ぐんだくらいだ。

ハワイ語では「ケ・カリ・ネイ・アウ」という。


式の後はタクシーに分乗してワイキキに繰り出しての披露パーティ、ハワイ料理の老舗「ROY‘S」の奥半分を借り切っての楽しい酒盛りになった。

式には参加できなかったゲイ・コミュニティの友人も多く参加して総勢四十人、

一風変わったグループの狂騒に、いつもは傍若無人的騒々しさを隠そうとしない地元常連客たちもおとなしくしている。


「ROY‘S」からPHまでキャリアと肩を寄せ合って歩いて帰る、夜風がちょっと冷たい。

ハレコアホテルと黒田フィールドの交差点で信号待ちのつかの間の静寂のなか、

キャリアが僕の肩に顔を埋めて、

「いつか カウアイ島で古いハワイアンウエディングをあげたいね」

「僕はいつでもOKだよ」

「ハナレイ・ベイにもう一度一緒に行こうね」


僕もそう思った。

もう一度ハナレイ・ベイに佇んで、王様たちの不思議なお話を聞いてみたい、

そして勇気を出して聞いてみよう、

「キャリアと結婚してもいいですか?」


エイア・アウ・ケ・カリ・ネイ

僕はあなたを待っています。

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