第7話 パワー・アイランド

僕は作家

世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。


ハワイ諸島は十九の島々から形成されていることはあまり知られていない、僕も知らなかった。

メインの八つの島は、

オアフ、ハワイ、マウイ、カウアイ、モロカイ、ラナイ、ニイハウ。

地政学の見地から見るとハワイ諸島はオアフ島が中心であり代替は無いと考えられる。

これは何も政治学者でなくても知っているところの常識の範囲だけど。


僕のフィールドワークは、ハワイ王朝と日本皇室との統合工作にフォーカスしている。

カラカウア王と明治天皇の間に何が協議されたのか?

百年足らず前、飛び石のようなハワイ諸島が日米の争いの発端になった真相を僕は調査している。

もともと文字を持たないハワイ文化のなかから学術的根拠を有する資料、証言を探している、結構困難な作業だ。

やはりここは「作家」としての政治学的予測の出番かもしれない、いやきっとそうだろう。


西洋文化では決して理解できないのが東洋の精神世界、日本とハワイが結びついたのは、唯一この一点だという仮説を僕は立てているた。

そしてその答えはカウアイ島にある。


カウアイ島は人口九万人ほどの島、サトウキビ栽培が産業という典型的な離島だが、この島には霊力が満ちている、と言われている。

ハワイ諸島のなかで一番最初にできた島という「はじまり(起源)」に所以するところもあって、世界のスピリッチャリストが集まる聖地と聞いていたが、カウアイ島に関する僕のメンターはまたもや村上春樹先生だ。


「ハナレイ・ベイ」という短編がある。

カウアイ島のノースショアの小さな町ハナレイの海でサメに襲われて死んだ息子を思う母親のお話だ、キーワードは息子の亡霊。

そこに僕はハナレイ湾に日本とハワイの精神融合を感じ取っていた、たかが小説と言わないでほしい、村上春樹先生の短編なのだから。


そんな想いを抱えながら、それでもなかなかカウアイ島にまで足を延ばす機会がなかった。

ワイキキ・ホノルルに飽きたらアイランズ巡りという定番観光のなかでもカウアイ島は、ハワイ島、マウイ島の次に来るくらいだし、僕はオアフ島でのキャリアとの時間を最優先にしていたので、結局は「いつか必ず行こう」に止まっていたカウアイ島であり、ハナレイ・ベイだった。


「来週末 カウアイに出張なの、一緒に来ない?」

「?」がついているようだが、ほぼ決定事項であることは濃密な友人だからよーく知っている。

「一緒してもいいの?」

この返事がベストであることも濃密に知っている。


カウアイ島に建設中のテスラ社巨大太陽光発電ファームの仕事を手伝うことになったとキャリアは嬉しそうに自慢する。

彼女のエコロジーマーケティングに本社が興味を持った、そうあのホノルルトライアスロンのテーマ「テスラはエコロジカルアスリートを応援します」が効いたらしい。

キャリアに託されたのは地元の土地所有者との交渉業務だった。

ハワイ発祥の島だけあって、土地所有者は聖地を守る使命をいささかも疑っていない頑迷な運命論者が多い。

太陽光発電ファームは、カウアイ島全域の電力をいずれは供給する壮大な計画だが、相応の土地と保守設備が必要になる。

テスラ―社はこの島での実績を踏まえて地球規模の太陽光発電事業を見据えているので島民との対応にも神経をとがらせている。

そこで「説得の女王キャリア」の登場というわけなのだ。

今回の出張は3日間で、島の長老・地主の面々に初めて挨拶するけど週末はフリーになれるとのことだった。


僕は金曜の朝一番のハワイアンエアーでホノルルからリフエに到着、日産のコンパクトカーをレンタルしてワイメア渓谷に向かった。

一人っきりででじっくりとカウアイ島の聖なる息吹を感じたいと思い、まずは山から。

ワイメアはハワイのグランドキャニオンと言われているが、本物のグランドキャニオンを知らないので比べようもない。

ただただ長大な崖を見渡すだけのための曲がりくねった登山道の運転に心底疲れてしまった。

ワイメア渓谷を後にしてカウアイ島の西端から東側に抜けそこから北上し、プリンスヴィルを目指す。カウアイ島はオアフ島と同じくらいの大きさだが道路整備の遅れもあって長いドライブになった。

途中雨に煙った森の威容はここで映画ジュラシックパークが撮影されたことを思い出させる。


キャリアと待ち合わせたホテルは、ノースショアに面した町、プリンスヴィルにある可愛らしいコテージタイプ。

プリンスヴィルに入る道は狭い木造のブリッジになっている、

特別な信号機もなくお互いに譲り合って狭い橋を交互に渡る、聖地の入り口らしくなってきた。


疲労困憊でホテルに着いたがまだキャリアはチェックインしていない。

当地北部は雨が産物という評判通り、小雨降りの寒々とした夕暮れを迎えた。

コテージ内のジャグージで心身をリフレッシュしていると漸くキャリアが到着した。

おとなしい目のベージュのツーピース(グッチだけど)を脱ぎ捨てながらジャグージに突進してくる。

「冷え切っちゃった 今日の仕事もだけど」

どうやらファーストコンタクトはうまくいかなかったようだ。

「大丈夫だよ、キャリアには日本人の血が流れているから」

「どういう意味? カラカウアの血の方がいいけど」

「日本の皇室とカラカウア王の同盟ができていたら、キャリアはベストネゴシエイターだったのにね」

「歴史にタラはないんでしょ」

「そうだね、それよりテスラ社がドール社の二の舞にならなければいいけどね」

「いや私がいる限りそれはない」

ドールによるハワイ共和国制が実質のハワイ王国滅亡になったことは、現在にまで伝わる悲劇である。

その王国のスピリットはここカウアイ島に眠り続けている、誰もそれを証明できないでいるが。


「よし、あしたはパーッと映画ロケ地巡りに行くけど、一緒する?」 

僕は珍しく抵抗する、怖々だけど。

「僕はハナレイ・ベイに行ってみたい、別行動でもいい?」


バスタブのなかで身体が温まり、水流の刺激もあってキャリアは反対することを忘れて、僕に体を預けてくる。

「じゃあ、明日はそういうことで今夜は一緒に・・・」


キャリアの言っていた映画ロケ地とは「ファミリー・ツリー」でジョージー・クルーニー演じた弁護士の実家だったカウアイ島の屋敷のことだ。

この映画でジョージはカメハメハ大王の子孫ということになっている。

カウアイ島を理解するにはそんな方法もあるのだろうが、僕はもっと自然に島と接してみたい。


コテージからハナレイ・ベイには車で二〇分ほどで着いた。

昨日と同じような雨模様の曇った空、土曜日なのに長いビーチには人もほとんどいない。

最初に探したのは、村上春樹先生の「ハナレイ・ベイ」にあった、母親が一日中座って海を見ていたという場所だ。

ビーチをゆっくり歩いているとここしかないだろう‥という場所に行き当たった。

左手と向かいは湾を囲んで海岸から山がせりあがって、中腹からは霧がかかって頂上が見えない。

右側は外洋に開けている、手前にはどこにでもあるような木の桟橋がある。

僕はハナレイ湾の東側から西を見つめていた。


そこで僕の記憶は途切れる。

気が付いた時、携帯電話が震えていた。

「今そっちに行くからね」

知らない間に三時間がたっていることに気づいたのはキャリアが桟橋から手を振ってこちらに走ってくるときだった。


今確かに僕はハワイの王様らしき人から問いかけられていた、、

「ハワイを含めたアジア連邦構想は今どうなっているのかね」

「まだまだ日本の力不足です、残念ですが」

「そういわないでくれ、若い人たちの力を信じているから、諦めないことだよ」


キャリアがそばに来て、

「ハワイの王女様からすぐにハナレイ・ベイに行くようにって言われたの、ランチの後ちょっと居眠りしてたらそれが出てきて」

「何か言ってなかった?」

「ハワイと日本の架け橋になれって、そうすれば世界のためにもなるって」

「その話、長老さんたちに聞かせてあげな、今度」


僕はハナレイ・ベイで未来を見た、

亡霊でなく。

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