第3話 トリプル・スリー
僕は作家
世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。
ワイキキビーチビューのコンドミニアム、そのPH(ペントハウス)は贅沢だ。
通常の2ベッドルームタイプだって、日本のマンション平均より広い100㎡はあるが、ペントハウスはその3倍、天井が2階分アトリウムになっていて、ターザンごっこができそうなシャンデリアがぶら下がっている。
家具は高級ラタンでポリネシアンテイスト、ウォークインクローゼットはじめ作り付けの壁収納は鏡面チーク材、大型クルーザーのイメージを演出している。
ハワイアンリゾートらしさは見事なものだ。
淋しいことに今回はキャリアは一緒ではない。
「日本の大企業では有給休暇すら自由に取れないっ」とキャリアは怒り狂っていた。
その本音は僕と一緒にハワイで過ごせないからの怒りなんだけど。
日本に戻った時にはおそらくSONYを辞めてるだろう。
僕がキャリアからこのPHを紹介され購入したのは三年前だ。
その時から二人は濃密な友人関係(とキャリアは言う)を続けている。
でも、キャリアがSONYに自分を売り込んだのは日本で僕と一緒にいたいからだと密かに思い込んでいる、
ハワイでキャリアと一緒の時の方が好きだが、どこにいても
二人は恋人同士だ(と僕は言う)。
僕は作家、
世の中では政治学者と言われているが未来を予測できるのは作家だろう
(あぁ 二度言ってしまったかな?)
そんな学者がなんでPHを手に入れることができたのか?
だから僕は作家なんだって。
21世紀、デジタル文明隆盛の今、作家はミリオネアには成り難い。
純文学が200万部も売れると年間重大ニュースになるくらいだ。
ところが本としてではなく、グッズとして売れるとしたら違う宇宙が見えてくる。
僕はいわゆるゴーストライターも得意、アイドルの書いた本は内容にかかわらず売れる、 揶揄しているのではない。
グッズ販売だから売れる、また売れなければ困る、グッズなのだから。
もし本の内容が面白いものだったら?
そう、もっと売れる。
数年前だったか、初老の不器用そうな俳優のエッセイをゴーストした時なんか、彼の誠実なイメージとも奏功して「日本エッセイ大賞」候補になってしまった。
どうなるものかと眺めていたら、彼はさっさと賞を辞退してしまった。
それでまたまた評判を高めた、さすが役者。
まあ、エッセイ集は二段ロケットみたいな売り上げになったので僕も儲かる・・という仕組みだ。
今回キャリアのいないハワイ訪問が僕には30回目になる、
30回は別にギネス記録ではないが、5年間で30回ということは一年に6回平均か。
滞在は一週間から長くて三週間。
話が飛ぶのでご注意願いたいが、
僕が作家として敬愛するのはカサノヴァ、無論放蕩家としての実績に対する敬愛も大きいが、本業の学者の小難しい顔も大切にしているのでなかなか思い切って放蕩しきれないでいる。
(ついでに言っておくと、村上春樹、小松左京の両師範は敬愛というよりも目指すところの山々のようなもの、いつかは必ず登り切るのだ。)
生っちょろいカサノヴァ政治学者だけども、
それでも今まで27人の女性を篭絡した、
「篭絡」・・・さすが作家だろう。
この三年間キャリアと付き合い始めてからはずっと27人でとどまったままだ、
それはそれで文句なく幸せなのだけど、
この3週間のハワイで30人の区切りをつけてみようか‥などとキャリアのいない手持無沙汰に、あらぬことばかり考えてしまい、締め切りの迫っているゴーストグッズブック「アイドルは眠らない」にも力が入らない。
うん?
30回のハワイに30人のお姫様、
もう一つ30回でトリプルスリー、
フレーフレー山田
頑張れ頑張れスワローズ
では、何を30回するか3週間で?
チャーリーに相談するわけにもいかない、
根掘り葉掘り聞かれると余計なことまでしゃべりだす僕だから。
困ったときはコンドミニアムのコンシェルジェにお尋ねくださいと言われてたっけ。
「ジェイ 3週間で30回できるものってなーんだ?」
「ガール」
「それは間に合ってる」
「うちのウォータースライダーで滑る」
「簡単じゃないか」
「そうかな、子供用なんだけど、うちのは」
というわけで、監視員のお兄ちゃんの目を盗んでは、滑り降りること二日目、八回目、
ドボンと落ちた滝つぼで子供たちに囲まれて浮き輪でボコされた、簡単じゃなかった。
やっぱりお姫様ミッションに集中することにする。
これは簡単でしょう、
以前ヒントをキャリアの友達からもらっていた、そう、あのPH作戦だ。
ただ、ハワイに来る女性の多くは家族連れ、そして若いお姫様は日本人・アメリカ人ともにグループの団体行動が多い。
間違えて声をかけて10人もの団体に来られてもね。
エレベータ前で張り込むこと三日、
といっても毎日15分くらいが我慢の限界だけど、
日本人二人組だ(それ以上は強欲)
「アロハ、 PH(ピーエイチ)をお願いします」
「あら日本のお方ですね」
「PHって何ですか」
来た来た
「フィロソフィードクターです、政治学の」
「はぁ??」
「いやつまらない冗談でした、ペントハウスですよ PHは」
「ここのペントハウスってすごいって聞きました」
来た~、
「よかったら 見学にどうぞ 今夜にでも」
「私もいいかしら」
いつの間にか夕陽を逆光にして、
キャリアが満面に作り笑いで立っている。
ラルフ・ローレンのピンストライプスーツが怒りのエネルギーで逆立って見えたのは気のせいだろうか。
今着いたばかりのようだ、
SONYを辞めて戻ってきたにに違いない、
品川の人事部に辞表をたたきつけてその足で羽田からハワイアンエアーに乗り込む、怒りと僕への慕情で顔を真っ赤にし唇をキリリと閉じ、ブルーアイはひっしと宙をにらみ、6時間半を眠ることなく過ごすキャリアの様子がまざまざと目に浮かんでくる。
後ろには小さな荷物を持ったチャーリー、
笑いをかみ殺している。
その夜生まれて初めて土下座した 30回。
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