第2話 ピー・エイチ
僕は作家
世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。
今ハワイにきている、
チャーリーの運転するタクシーでコンドミニアムに着くまでキャリアの近況、活躍を報告する。
娘の様子が知りたいのだが、なかなか直接聞けないらしい、どこの国の父親も一緒だね。
彼女が手掛けている次世代スポーツクラブの話をしてあげると安心したようだ。
菊こと「キャリア」はハワイ大学でミトコンドリアを研究し博士(PH)を取得、続いてスポーツビジネスMBAも、今はSONYでITとスポーツを融合させた新ビジネスを立ち上げている。
いまどきの日本大手企業ではキャリアのようなPHドクター社員はゴロゴロいる。
MBAの資格もとなるとゴロくらいかな。
キャリアと知り合えたのは、餅つき大会のおかげ、あれは二年前のことだった。
キャリアはその時博士論文執筆中だったが、フリーな時間にコンドミニアム販売アルバイトをしていて僕と会った、そして・・・
キャリアは今朝僕とは一時間遅い別の便で到着した、彼女のプロジェクトチーム「キャリア・タスクフォース」のキックオフスタッフ二人と一緒だ。
「キャリアジム」一号店を渋谷にオープンしたご褒美ということらしい。
「キャリア」は僕が菊につけたニックネームだけど本人もお気に入りで、仕事場でも使っている 。
リーダーの名前がプロジェクトの名前に使われるのは日本企業としても英断だったが、そのくらい彼女が認められているということなんだろう SONYもさすがだが。
意味としては「機動空母艦隊」とでもいうのかな。
機能的命名だけど、
「そんな恐ろしそうなスポーツジムにはいきたくない」と言ったら
「あなたはターゲットゾーンではない」
だそうだ。
さすがPHのおっしゃることは無駄がない
その通り、僕は運動能力に欠陥があるらしく、得意とする「耐久レース」は肉体ではなく精神で成し遂げているのではないかと思えるくらい、ほかのスポーツはさっぱりだ。
「キャリアジム」はハイレベルのアマチュアアスリートを対象としたスポーツ施設、
メンバーは常に身につけたスマートウオッチ(SONYの)でコンディション管理され、ワークアウトもデジタルに記録され、それに基づいて専属コーチからメニューが毎日更新され指示が出る、
マシン、ウエイト、サーキット、コンディショニングなどのトレーニングが細やかに提供される。
プール、ダンスフロア―、マッサージルームも完備されている。
最小のエネルギーで最高の結果を出す、
忙しい、そして、ここが肝心なところだが、裕福なビジネスマンアスリートが、高い会費を払ってでも利用したいと思うジムだ。
「いっそ ジム名をミリオネアにしたら」
「それもいいかな」 だとさ。
といいつつも僕は「キャリアジム」会員になっている、元祖命名者としての名誉会員というのは僕の勝手な強がり、
ターゲット層ギリギリ以下(!)へのマーケットリサーチの一環だそうだ、僕は。
僕のような運動音痴だけど運動好きな連中、そしてミリオネアにまではいけていない男子ばかり五名のユニットを作ってくれた、
その名も「デストロイヤーズ」、キャリアを取り巻く駆逐艦の意味だって。
このユニットの特典はキャリア直々のレッスンが受けられること、
キャリアがお目当て?
そういうことだ。
ジム側にしてみれば、一種の実験と考えている、あるいはリスクヘッジなのか、
彼女のコンセプトが失敗したときは普通の高級ジムにしたいのだろう。
僕の他には
アパレルメーカーのデザイナー兼CEO、舞台美術監督、パチンコチェーン社長、クラブ経営者の錚々たる中年不健康ものばかりだが、今彼らとの付き合いが面白い。
この4人のうち2人はゲイ、僕の世界が広がってきている。
ゲイがキャリアと親しくなりたいのかって?
ゲイにも敬意を抱かせるほどキャリアが魅力的だということだよ。
話が横道世之介になってしまった。
そう キャリアのハワイ帰省の話だった。
SONYの事業とはいえバブル時代のような余裕はないので、新店オープンはぎりぎりまで揺れ動いた、もっとも今どきビジネスはすべてこんなものだけど、結構追い詰めたらしい、優秀なスタッフを。
慰労会も兼ねた今回の旅行では、そのこき使った外部ブレーン女性2名を招待し、一方でキャリア自身も久しぶりに家族と会うという魂胆だった。
そのまた裏には、僕と過ごす時間も計画されていた だから僕はハワイにきている。
キャリアご一行は、僕と同じコンドミニアムに泊まることになっている。
ここはタイムシェア分譲の他に、スイートルームを通常宿泊に提供している。
キャリアはオーシャンビューの2ベッドルームタイプを自分たちのために予約しているけど、おそらくは毎夜僕のPHで過ごすことになるだろう。
僕が近くのアイスクリームショップで焼きあがったばかりのクロワッサンとクリームチーズをテイクアウトして戻ったちょうどその時に 3人がチェックインを終えエレベータの前にいた。
3人ともシェルのレイを首にかけている、お約束のレイで気持ちが一気にヴァカンスになるというハワイのオモテナシだ。
時差で眠いはずなのにみんな溌剌としている、キャリアが澄ました顔で
「アロハ 何階ですか?」日本語で聞いてくる
まぁ、どう見ても僕は日本人にしか見えないけどね、
「ピーエイチ お願いします」
まだ紹介されていないので名前はわからない利発そうなお嬢さん二人が僕を見つめる。
お揃いの空母がプリントされた「キャリアジム」Tシャツを着ているのが健気だ。
「ピーエイチ ?」
「ピンチヒッター?」
「ペーハーメーター?」
「私たちもピーエイチドクターだけど」
上がったテンションのまま、どんどんわけのわからない方向に進んでいるのが微笑ましいい。
同じ空母のTシャツに、サーモンピンクのシャネルを羽織ったキャリアは知らんぷりしている、
「いえいえ ごめんなさい 一番上のボタンです」
「あぁー ペントハウスだ」
「へーぇ ペントハウスってすごいんですよね」
「どんなんだろう ここのペントハウスって」
なかなかエレベータが動き出さない
「よかったら 一度遊びに来てください」
思いっきりキャリアに睨まれた。
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