布哇是好日

スージイ・タミーゴ

第1話 キャリア

僕は作家

世の中では新進気鋭の政治学者と呼ばれているが、大胆な未来予測ができるのは僕が作家だから。


軽い読み物もご要望に応じて書いている、自分ではレディス・エロと称しているが結構評判が良い。

そのペンネームはハルキ、

お陰で村上二世などとマスコミにおだてられているが、確かに彼の隠し子といってもいい年齢だ、今僕は三〇代半ば。

マラソンやトライアスロンに手を出しているのも、その評判を喚起する意図的な涙ぐましい努力だ。そして彼がハワイに住んでいるように僕もハワイでの生活が多い。


今朝もホノルル空港についたところだ、オフシーズンなので入国も大混雑というほどではない、イライラすることなく通り抜る。

僕の前にいた四人の若い女性グループに微笑みかける余裕、というか下心。

列がちょっと渋滞した時に、シャンパンイエローのウルトラライトダウンを着こなした背の高いスレンダーさんに名前とお泊りホテルを聞いておいた。

楽しい休日を前にしてウキウキするのは彼女たちも僕も一緒、他愛無いガールズの軽口にちょっとだけ横入りして嫌な顔もされない。

何処かでまた会えると恋の発展になるかも…という妄想も楽しい。


そう、僕は顔を知られていない有名人なんだ、政治学業界での認知なんてしれたもの、おかげでJALの機内でもイミグレーションでも誰にも声をかけられることもない。

一人旅の変な暇人ぐらいに思われているだけだろう、空港を出てから僕は一人でワイキキに向かう。

お迎えのタクシーはいつものチャーリーに頼んでいる。

チャーリーとは二年前に知り合った。

ハワイ人やベトナム人のおしゃべりが好きなタクシードライバーは多いが、白人のその手はめずらしい。

やけに親切だった、時間があるかと聞かれた後近くの花屋によって生のレイを僕にくれたり、ハワイアンソングを歌ってくれた。

今は退職していて、暇な時だけ仕事をしているらしいと分かった。

その割には僕がオアフに降り立つときはいつも待っていてくれるナイスオールドガイだ。

今朝も一人で喋りまくっている、

「ワイフが日本人なので君にも親近感があるんだよ」とごっつい顔で笑いかける、

「ヨコスガ、チャイナタウン、デイジー、キャリア、・・・」の単語は聞き取れたがその時は遠くのスコールを眺めていたので上の空だった。

今日もチャーリーはチップ分を押し返す、その真っ青な目がいつもの様に優しく微笑んでいた。

僕の首にはお約束の生花レイがかかっている、お上りさんのようで本当は恥ずかしいのだが、チャーリーのために今日一日はこのままにしておこう。


ワイキキにはホテルが密集している そして街は数年来常に進化している、世界一の観光地を維持するためにその歩みを止めようとしない。

  

最近開発されたワイキキビーチウォークを下見偵察がてらぼんやり歩いていると声をかけられた、

「コンニチワ アロハ」

「良い物件があるの 説明させてください」

このところワイキキではコンドミニアムブームが続いている。 

いつもであれば怪しい人には応えない、自分の怪しさは棚に上げてだが。

でも、黒のスリムパンツに真っ白なシャツ(ホテルの制服なんだけど)が良く似合う可愛い笑顔には、降参するのが僕の流儀だ。

彼女の名前はキク、菊の意味 日本人の母親が考えてくれたという

母親も美形に違いない、ただしハッと驚くようなブルーの眼は母親にはないはずだ。

ハワイ人らしい日焼けした引き締まった身体、その健康美が眩しい。

結局僕はワイキキ海岸ビューの大きな部屋を契約した。


キクとはそのあと健康食カフェでデートした、そこは日本人経営のお店で広島弁の青年に人気のアサイボールを勧められたが、あれは酸っぱすぎるので、地元野菜とフルーツのサラダを食べていた、

その時ふと張り紙が目についた

《餅つき大会します 於:十二月二十九日》


「あぁ もちつきたいかいか」呟いた

キクがちょっと恥ずかしそうに

「いいわよ 二時間くらいなら」と顔をあげてあのブルーの眼で見つめてくる。

後から聞いたところ

「落ち着きたいかい?」と誘ったらしい、僕が!

キクがシーツから顔だけのぞかせてお話をする、

ママは中華街老舗のお嬢様だった

ママは横須賀でパパと知り合った

パパは空母のパイロットだった


う~んと、今日どっかで聞いた話だった

チャイナタウン(中華街)

ヨコスガ(横須賀)

デイジー(菊)

キャリア(空母 )

もしかして、

「パパは 君のようなブルーアイなの?」

と聞く勇気はなかった、

キクはベッドの中でむせ返る様な南国の香りのレイだけつけていたのだから。


これが僕の本命の菊こと

「キャリア」との出会いだった。


チャーリーとはそのあとどうなったかって?

日本に戻る日の朝、

チャーリーの車にトランクを積み込んでいるときに、キャリアが突然見送りに現れた、

別れのキスにしては少し情熱的だったのですっかりチャーリーのことを忘れてしまった。


気が付いたらチャーリーにも思い切りハグされて息がつまりそうだった。


だから言っただろう、

チャーリーは日本人が好きなんだって。

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