こいしく思う。

陋巷の一翁

こいしく思う。

「ねえ、知ってる? さつきのこと、好きな男子がいるんだよ」

「え、私のことを?」

 ハンバーガー屋で正面に座る理恵の言葉にさつき――つまりは私なのだが――は自分で言うのもなんなのだがひどく驚いてしまった。

「どうして知ったの?」

 今度は私の左に座る菜遊が興味津々といった様子で理恵に尋ねる。

「それはね……。彼氏から聞いちゃった!」

 おかしそうに理恵は言った。

「理恵の彼氏ってバスケ部の先輩よね。じゃあバスケ部の誰か?」

「あたり! 菜遊さえてるじゃん」

「誰なの?」

「知りたい?」

「うん」

 菜遊はうなずくけど私は決めかねていた。

「さつきは?」

「ちょっとまって。考えさせて」

 私は理恵を止める。そんな急に言われても心の準備ができていない。

「えー、聞いちゃおうよ」

「あたしも話したい!」

 けれども二人して盛り上がって私に迫ってくる。こうなってくると私は折れるほか無い。

「う……、わかった……」

「覚悟、できた?」

「実のところできてないけど聞くしか無い状況みたいなのを感じた!」

 叫ぶように言うと理恵は待ってましたとばかりに芝居がかって、私に私のことが好きな男子の名を告げる。

「……ふふふ、よろしい。えーとね。さつきのことが好きな人。それはバスケ部のセンター、榊悠人君なのでしたー!」

「すごーい。県の選抜にも選ばれたうちの高校自慢のセンターじゃん」

 理恵の言葉に菜遊は声を上げた。

 榊悠人。それなら同じクラスだし知ってる。背の高い、たくましいって印象のうちのバスケ部のセンターだ。

「……」

「で、感想は? さつきっち?」

 理恵の言葉に私は眉根を寄せて言った。

「うーん、もっと線の細い方が好みだなぁ」

「まあさつきはそうよね」

「さつき、二次元好きだもんね」

「まあ、ね」

 私は適当に相づちを打つ。

「それで、どうする?」

「どうするって何が? 私からは何もするつもりは無いよ」

「そっかー」

「そうよねー」

「それにさっき言ったとおりそんなに好みじゃ無い」

 むきになったと思われたのだろうか、私が言うと二人はおかしそうに笑う。

「またまたー」

「ねー」

「……」

 二人のやりとりにもう無言でポテトを食べる私。好きとかそういう気持ち、正直、まだわからないし、知りたいとも思わなかった。


 その次の日。

 いつものように登校して、いつものように授業を受ける。授業中、私はぼんやりと教室の席に座る榊悠人の後ろ姿を眺めてみた。背の高い榊君は窮屈そうに自分の席に座って、クラスの男子と話をしている。


 ……。

 ふうん。

 この人が私のことが好きなのか。

 好きってどんな気持ちだろう。……やっぱりエッチしたいとかだろうか。

 そんな思考に至る自分がなんかいやらしく思えた。

 そしてぼんやりと思う。

 この人が私のことをそんな風に見てたのか。

 私のことをそう思っていたのか。


 ……なんか、怖いな。

 逆らえなさそう。怖い。

 私は明確な恐怖を感じ、視線を背けた。胸が苦しい。狙われているという悪寒。申し訳ないけど私は榊君に悪い感情を抱いてしまった。


 そして日々が過ぎた。

 榊君が私に何か言ってくることはなく、私も気にしないように日々を過ごしていた。ただ悪感情は残った。どこか榊君を避けている自分を感じた。好きとか言う気持ちは相変わらずわからないけれど、嫌いという気持ちはわかってきたのかなと自嘲しながら思った。


 榊君のことは時々ちらちらと眺める。いぶかしげに、そしてきっと不満そうに。


 どうして私なの?

 私のことを好きなんて思わなければいいのに。

 こんな、こんな私のことなんて――。

 ああ、何も知らなければ良かった!

 理恵も全く余計なことして!

 私は当惑しながら日々は流れていく。


 そしてそれは偶然だった。放課後少しぼんやりしていた私は、いつの間にか周囲に人気がいなくなっているのに気がつくのを遅れてしまったのだ。

「……!」

 そして気がつけば私は榊君と教室に二人きりだった。榊君は明確な意思を持って私に近づいてきて、そして言った。

「最近、お前の視線感じるんだよ」

「き、気のせいじゃ無い?」

 私は答えるが、榊君は首を横に振った。

「いや、気のせいじゃ無い。心当たりもある」

 そういって一歩前に出る榊君、威圧感がある。私は恐怖に半歩下がった。けれども次に発せられた言葉は榊君の体からは信じられないような小さな声だった。

「あのさ。聞いた?」

「……な、何を?」

 それでも警戒しながら私は答える。

「ああ、ごめん、バスケ部の先輩でうちの学年の女子と交際している人がいるから、その子から情報が流れちゃったんだろうなぁー。んで聞いてる? 俺が好きな人……の話」

「……、聞いてる……けど」

「そっかー、やっぱりそれでか……」

 独りで納得した様子の榊君。

「あの……」

 そんな榊君に私が何か言おうとした時だった、突然悠人君がへこへこと頭を下げ始めたのは。

「ごめんてきとー言った! 先輩たちに『お前ら好きな女子挙げろ』って言われてさ、先輩たちの手前、誰か挙げざるを得なくってほらお前ってクラスメイトだろ。それにクラス委員だった。俺、頭悪いから名前を覚えている女子ってあんまりいなくて。それでお前の名前を使った。ホントーにごめん!」

「……」

 私は唖然として榊君の謝罪を聞いていた。

 なーんだ。

「じゃあ榊君が私のことを好きだって言うのは嘘なのね」

「嘘……というかそれも難しいけど、今はバスケやっている方が楽しい。女子とつきあうというのはあまり考えられない。ごめん!」

「……」

 なーんだ……。

「ホントーにごめん!」

 ひたすらに平謝りに謝る榊君。

「わかったわかった。もういいから。部活、頑張ってね」

「ああ……ありがとう……」

 一人クラスに残る榊君を残し、私はその場を離れた。

 廊下を一人歩き、私は考える。

「……」

 なんだか怖がっていたのが馬鹿みたいだった。むしろおかしみ、いやかわいさすら感じる。男子って奴はしょうが無いなぁ。スポーツに打ち込むのもいいけどほどほどにね。榊君のこと好きな女子とか、いたらかわいそうじゃん。かわいそうじゃん。……かわいそうじゃん。


 トクン。


「え?」


 私は自分の気持ちに驚いた。それを残念がっている自分の気持ちに。

 私は自分の心を黙らせる。

 好きとかじゃ無い。当てが外れただけ。それに榊君のこと怖がっていたじゃない。いまさら好きとかおかしいよ。

 だけどその気持ちは榊君と話してからむくむくと広がっていき――。私を翻弄し、当惑させた。

 これってもしかして。

 これって本当に好きって気持ちなのだろうか?


 そして、一度火がついた思いは胸の中でどんどん膨らんでいった。


 二、三日で症状は最悪化した。一番ひどい日はでベッドから起き上がれなくなって、学校を休んだ。

 ベッドの中で一人煩悶する。

 こんなことで学校を休むなんて想像すらできなかった。

 胸が苦しい。助けて。どうすればいいの?

 こんなのおかしい、おかしいよ。

 どうして、榊君のこと好きになんてなっちゃったんだろう――。

 榊君のどこが好きになっちゃったんだろう?

 教えてよ、榊君……。

 もちろん答えてくれる榊君はおらず。

 思考がぐるぐる、ぐるぐる巡る。

 私は自分の思考に幻惑されめまいを覚え、そして気がつけば長い眠りに落ちていた。


 午後には理恵と菜遊が見舞いのラインをくれた。眠ったことで落ち着いたのか、私は返事を打つことができるまで回復していた。

「大丈夫?」

「うん……」

「心配したよー」

「今は何でも無い。明日にはいけると思う」

「よかったー」

「……」

 ケータイをおいて一人ため息をつく。熱は収まったみたいだけれど、何も解決してない。

 榊君のこと。榊君のことが好きだという自分のこと。

 榊君はまずバスケに打ち込みたいだろうし、それを聞いてしまった私は榊君の意思を邪魔したくは無い。だから何もできない。私からは何もできることが無い。

 私から榊君にできることは、何もない。

「つらいよぉ」

 思わず口にしてしまった。この恋ははじめから詰んでる様に思えた。

 どうすればいいんだろう。

 誰か助けて!


 ……。


 気がつけば私はケータイで理恵に電話をかけていた。

「あれ、さつき! 電話なんて珍しいね」

「うん、さっき大丈夫って言ったけどあんまり大丈夫じゃ無いから電話しちゃった。ごめん」

「いいって、いいって、それでなんの用事?」

「榊君のこと」

「ああ、榊君。話、したの?」

「うん」

「で?」

「あのね、榊君嘘ついたんだって。先輩の手前、名前を出さなくちゃってことで。それで私の名前を出したんだって、ひどいよね」

「うーん、それはひどいね」

「それで榊君は恋よりバスケに打ち込みたいからって言ってさ、人の心をもてあそんでひどいと思わない?」

 私が言うと電話向こうの理恵はあーっと声を上げた。

「あー、そっちのひどいなのか」

「え?」

 理恵の言葉の真意を察知できない私。

「さつきはさ、この話聞いた時は榊君に興味ないって言ってたよね?」

「それは……、確かに」

「でもそれから好きになっちゃったんだ」

 私は少し考え言う。

「うん……好きになっちゃった。おかしいかな……」

「おかしくないよ。大丈夫」

 理恵はそう言ってくれたのが、今の私にとっては嬉しい。

「ありがとう……でもこの恋詰んでる……。私は榊君が恋よりバスケに打ち込みたいって知ってるし、私はそんな榊君のことを邪魔したくないし、もうこの思いの持って行き場が無いよ……」

 自分の言葉は信じられないくらい弱々しかった。

「でもさ、さつき、考えてみなよ、榊君がさつきの名前出したってことはきっと脈あるってことだよ」

「そうかな……?」

「そうだよ絶対。脈無ければ名前すら出てこないって!」

「……」

 そうかな。そうかもしれない。理恵の言葉は力強く頼もしかった。

「それにバスケに打ち込みたいって、それはつきあうことと両立できることだよ。現にあたしの彼氏も両立させてるし」

「それはそうだけど……」

「恋人を積極的に探す気になれないだけかも知れない。こっちからアプローチすればわかってくれると思うし、彼女いないんでしょ? つきあえるかもよ?」

「……うん」

「だから気を落とさないで、さつき」

「うん……。ありがと……」

「それじゃあね。元気出して。明日学校でね」

「うん……」

 通話が終わった。

 私は大きく息をつく。なんだかだいぶ楽になった気がする。

 脈はある……か。

 そうに違いない。そう思えた。そう思うとなんだか未来が明るい物のように思えてきた。

 よし!

 私は気合いを入れるとベッドから起き上がる。そして机に座り作戦を練り始めた。


 次の日。学校で私は榊君に声をかけた。

「榊君!」

「ああ、お前か。何?」

「おはよ」

 私がそれだけ言うと榊君は顔をほころばす。

「ああ、おはよう」

「それじゃ。また後で」

「あ、ああ」

 榊君の返事を聞き私は席に着く。

 そんな風に私の恋は始まった。


 それからも私は榊君に頻繁に話しかけるようにした。挨拶、勉強の話題、軽い会話。榊君との会話は楽しいから続いた。やがて榊君も私のことを意識してきたみたい。それがわかった時は嬉しかった。続けていて良かったと思えた。そして――。


……。

……。


「よし!」

 今日も鏡の前で気合いを入れて、私は榊君や友達との日々を送る。

 そろそろかな。

 早く告白しないかな。それとも私が告白してもいいかな。そんなことを思いながら――。

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