第3話 音子はやっぱり音子だった。

 真志が冥界へ連れ去られてから数日、通夜が行われた。

 かつての学友や職場の人達が涙ながらに焼香していた。


 息を引き取った後は一旦家に連れて帰った。

 通夜や葬式の前に、自宅に連れていってあげたかった。


 子供達は父が死んだ事などわからない。

 ぱぱ、ぱぱと寄り添ってくる。

 

 その子供達に話す言葉が見つからない。

 音子だってまだ21歳なのだ。

 成人を過ぎたからと急に何もかも大人になるわけではない。

 人は時と共に色々積み重ねて成長していく、そういった意味ではいつまでも成長期だ。


 子供たちの無邪気な顔を見ていると胸が締め付けられてくる。

 両親がいるとはいえ、音子は互助会の人達が真摯に通夜や葬儀の仕方を進めてくれて助かっていた。

 

 

 通夜が済むと祭冠ホールにそのまま宿泊する。

 祭壇はそのままのため、棺を覗くとそこに眠る真志の姿は寝ているようにしか見えなかった。

 職員は23時に帰宅している。今この会場にいるのは宮田家しかいない。


 真志の肉体はエンバーミング処理をしており、1日2日で腐敗腐臭はしない。

 これは極秘だが、音子はこれまでに至るすべての力を駆使し抜いた血は回収してあった。

 音子には先物取引で得た大金がある、不可能ではない。

 正確には音子に心酔している苺の手によるものであるが。


 音子は真志の身体に触れる。

 顔に触れても腕に触れても体温を感じない。

 顔だけ見ればどこも傷ついておらず、本当にただ眠っているだけにしか見えない。


 ぽとっ……と垂れる涙が真志の頬に触れた。

 小さな脚立を横に置き、棺に跨ると……

 音子は……真志の手を取りその指先を自らの秘部へと導き最期の自慰を行った。

 人によっては冒涜と取るかも知れない。いや、普通ならばそうだろう。

 壊れたココロは最期の一瞬まで愛しい人を感じていたいとしか考えられなかった。


 その様子をトイレに行くために起きてきた母親は、そっと見守り見て見ぬ振りをした。



 翌日、告別式は近親者だけで行われていた。

 ただし、光恵一家と苺だけは音子により参加を許可されていた。


 住職が何を言っているのかわからない。

 気が付けば最期のお別れだ。

 葬儀に参加した全員で棺に花を供え、最後に顔に触れていく。

 光恵も苺も泣きながら真志に触れていた。

 

 音子の番が来る。

 花を添え、頬に触れ、額に触れ、瞼に触れ、鼻に触れ、そして唇に触れる。


 そして最期に……自らの唇を真志の唇に触れ最期の接触お別れを果たした。

 棺には4人で撮った家族写真が2種類左右に添えられていた。


 両親と真志・音子の写真と、真志・音子と真優・真音の写真、2種類の写真が添えられていた。


 火葬場へ移動すると間もなく順番となる。

 時間にほぼ正確のため、滞る事無く物事が進められていく。


 火葬する1時間の間に精進落としの食事をいただく。

 通常四十九日忌明けに行われるが、時代の流れと共に初七日の法要や火葬待ちに行われる場合が増えてきている。

 宮田家もまたそんな時代の流れに沿い、火葬待ちの間に精進落としをいただいた。


 喪主は通常であれば妻的立場である音子が努めたいところであったが、諸々の事情で父が努めている。


 音子は食事が喉を通ら……ないなんて事はなく。

 綺麗に残さず食べていた。

 子供達はまだ小さいため子供用にあしらったものにしてある。


 音子一人で出来ない事は両親が補助をしてくれている。

 光恵も手を出したくて仕方なかったが、後ろめたい気持ちがあるのか前に出ることが出来なかった。



 やがて火葬終了のアナウンスが流れる。

 台車に乗せられると其処には骨だけとなった真志の姿が……

 音子、光恵、苺の3人は涙を流す。

 子供達はまだ人の死というものがわかっていないため困惑している様子。

 焼けた匂いが熱と共に伝わってくるため、その風が触れると走馬灯のように想い出が脳内を流れ、喪失感として伝わってくる。


 収骨室へ運ばれ、収骨の説明を受ける。

 喪主から近親に近い順に足から収骨していく。


 喪主である父から始まり、母、音子と続くが……3歳、2歳の子供達も親の補助の元収骨に参加した。


 収骨の際音子は立ち止まり、形の残っている大きな胸骨(肋骨)、心臓に一番近い部分を自分のハンカチに回収した。

 そして小さなカケラを口の中に入れ……飲み込んだ。


 職員に注意はされたが、音子の神剣な眼差しを受けるとそれ以上は何も言わなくなった。

 六価クロムやダイオキシンの有害物質が火葬には付き物だからである。

 

 音子が選んだ骨壺に全ての収骨が済むと、木枠に入れられ風呂敷で包まれる。

 あの兄はもう、こんなに小さくなってしまった。


 音子を散々貫いてくれたモノはもう存在しない。

 全ては冥界の炎で連れて行かれている。

 

 収骨している際に飲み込んだ小さなカケラがとても愛おしくに感じている気がしてくる音子だった。


 家に帰宅し後飾り祭壇に遺骨、位牌、遺影を安置し、灯明をともして順に線香あげていく。

 ここまでを行い、光恵一家と苺は帰宅していった。


 こうして音子は生きる気力を失った。

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