無能な領主

@mikaitaku

第1話



「領主様、リーズベリー地区で暴動が起きました」


「数は?」


「斧や鍬などをもって武装しており、その数400から500名程です」


右に控える経理係、いや全員の手が止まっただろう。


「他の騎士はどうした?」


「私は伝令役として、ここへ馳せ参じました。人が雪崩の様に、流れて来たあの状況……恐らく私1人だけしか」


「彼らの目的は?」


「目的…名目としては、領主様が神の怒りに触れ、災いを齎したとし、ルーアンからラズベリーに暴動を拡大させた後に、この領主のお屋敷に向けて行進を開始する様でございます」


「神は私が嫌いなようだね。全く手を合わせて、救われるのは足元だと言うのにね」


騎士の目が一瞬泳ぐ。


「すまないね、信仰ある騎士を前に吐く台詞じゃなかったね。これでも数カ月前までは、教会によく足を運んでいたもんだよ」


「いえ、自分は何とも」


騎士道の精神か、身分を弁えた丁寧な受け答えだ。


そこで、ふとその騎士が争ってできたであろう、服の切れ目に目がいく。


「その黒い斑点、君も症状が出ているんだね」


騎士は慌てて隠した。


「いや、いいんだ。別にもう隔離もしない、仕事さえやってくれれば何でも。下がってよろしい」


「申し訳ありません…」

騎士は顔を真っ青にしながらそう言い残し、去っていった。


ではこちらも取り掛かろう。


「さて…経理よ。手を止めたまえ」

いつも通り、彼の目線は今日もギラギラしている。


プロフィールから、若干20歳にして商業都市ルーグドベリーの経理担当に抜擢された若き秀才である、経理係が意見する。

通称ー正義の味方ー私の中では。

唯一私とは仲がとてもとても悪い。


「どうされるおつもりで?」


どうさせるって…何かある事があるか?


「どうされるって、その台詞を、蜂起した民衆に言ってやれよ?その行進の先には何があるんだと?」


それに対して、経理係が意を決して言う。


「御言葉ですが、領主様、今は現実逃避をしている場合ではありません。一刻も早く、残っている騎士を集めて暴動に鎮圧に向かわねばなりません」


「経理よ、さっきも聞いただろう。彼らは地区回っているんだ、もう手につかない」


「先週、雇った傭兵をつかえばーー


「ーー金だけ貰って逃げただろ」


「昨日報告にきたルード騎士団をーー


「ーーもう関所を超えている」


万策尽きた様で、経理は黙り込む。

今までの蜂起が偶発的で小規模なものだったが…今回は終わりだろう。


ただでさえ悪い空気がより悪くなる。

いつもの事だ。

経理は積み上がった資料と、干からびたパンを見ていた。


「悲しいよな、虐げていると思われるのって、あっちは言われる事をやって、教会で手を合わせとけばいいんだから」


「また文句ですか…妻が死んで、あなたはおかしくなってしまった」


経理はそう言い返すと、この場にいる面々の表情が凍りつく。領主様のその部分は触れちゃいけない爆弾みたく思っているのか。


「そうだな、今ここに妻がいれば、こんな事、死んでも言わなかっただろうな」


さらに凍りつく、動いているのはこの勇ましい経理係と私だけだろう。それもそうだ、自分より権力を持つ領主様が自分の愛した妻の訃報について話しているのだから。


ーーバン‼︎


ドアが乱暴に開く。

そして、騎士が1人入ってくる。


「報告します。一部の集団が先行して、こちらに向かって来ています」


「数はどれ程で」


経理が聞く。


「300名程です……」


「この屋敷に何人いる?」


またも経理が、いや全員の額に汗が昇る。


「私含め18人であります」


「死んでも守ーー」


「ーー経理よ、それは無理というものだ」


「では、どうするんですか?否定してばかりで、案を出さないなら黙って下さいよ」


大声で一喝する。


「では経理よ?何か策があるのか?」


絶対言うはずないが、一応聞いてみた。


「……」

「プライドの高い君には、言えないよな」


聞こえるか聞こえないか、そんな境目で呟く。

街の中央にあるこの屋敷の立地上、逃げることは叶わない。

この空間は一種の死刑執行の待合室だ。たった今、死刑執行が早まったが。

ただ一つ違うのは誰かを犠牲にすれば助かるという事だ。


経理は焦る。


「ーーそもそも、あなたの統治があまりに閉鎖的、過ぎたからこんな事態を招いたんだ」




「では、具体的に?どんな点かな?」


冷静に答える。


「街道の一部制限と酒場の一般閉鎖、そして決定的なのは医療放棄」


経理は冷静に言葉を並べた。


「過ぎた交流は感染を生み出す、病気を治療する人間が感染してどうする?それに治療だって神頼みじゃないか」


いい加減に下手な茶番に飽きてしまう。


「小規模な暴動の鎮圧も酷かった。

いくら何でも、投降した人間を全員見せしめにするのはやり過ぎだと思った。結果、それが反乱分子の増長に繋がった」


経理の顔が、ますます赤くあっていく。


「いやある意味、ここまでも持ち堪えたのは、見せしめとしてが抑止力として、効いたとも取れるんじゃないか?」


「ほらそうやって、失敗を認めず、逃げ道だけ作って何の成長もない。あなたは最もらしい事を言っているだけで、残るのは中身のない可能性の話だけ、饒舌に語る舌先には、威厳のかけらも無い、その場凌ぎの会話だけ」


経理は続ける。

「だから」


「一つだけ秘策がある」

敢えてここで遮る。

怒っていないと言えば嘘になる。だが、気まぐれとも言っておきたい。

そして、これからやる事は人柱でも何でもない、ただの憂さ晴らしだ。


「その前に例えばの話をしよう、この後予定通り、彼らがここへ到着したとしよう。さぁどうなると思う?」


経理の口は重い。

故に答えない。


「答えは簡単、この場にいる全員が処刑され、それを率いるリーダーが統治をする。だがは問題そこじゃない、その中で民を導ける人間が現れるかどうかだ、いると思うか?」


経理係の目をじっとみる。

全員が沈黙で合図する。


「現れる訳もないよな?ただ畑を耕していた農卒に、貿易がわかるか、地理がわかるか、そもそも、敬語なんて使えるのか?だからだ」


場は静かのまま、食器がガタガタと揺れる。ようやくここまで行進してきたんだろう。


「何のことはない、奴等の目的が私なら、ここにいる全員が私を神の反逆者として差し出せばいいと思わないか?」


こんな事、誰でも思い付くと思わないか。

人が何かの橋を渡る時、先ず考えるのは自己保身だ。結果、タイミングを逃して、それがズレ込んだ。言うか言うまいか、良心が邪魔をした、誰かに期待した、プライドが邪魔をした。そうじて、腰抜けだがな。


気付いたら、沈黙。

みんなが誰かを見て譲り合いのする現状も、また自分を正当化する材料と思えばいささか気が楽だ。


「経理係、この選択は民の為になると思うよな?」


散々馬鹿にした奴を守りたいだなんて笑っちゃう話さ。こんな数分で矛盾する念押しをするのは、私だけだろう。だが、決して全員がこの大義名分のタイミングを見過ごさない。


皆が固唾を飲んで見守る、経理係が下手な反論をしないか不安であろう。


「良い選択かと」


たったそれだけ。

お前はそういう人間だよ。


「後は頼んだ」


全く思ってないが。

別に不貞腐れる訳じゃないさ、妻が死んだあの日に私の感性も死んでるんだから。

出来るだけ矛盾せずに生きようと意識してた頃が懐かしいな。


屋敷が包囲され、投降のコールが始まる中。

その目の前にある、精密な銅像の足元で、ラットが死んでいた。

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