第三話 慟哭! 失われた戦士の真実
「……あれ? 大吾さんがいない」
土曜日の本日。
今日も今日とて半ドンの授業終わりに少年は学生服のままこの湾岸の公園にやってきたのだが、目的の人物は不在であった。いつもの場所の銀杏の木にゴザがくるくると巻いて立て掛けてある。
普段はそのゴザが敷いてある場所にはリンカーンが所在無さ気にちょこんと座っていた。
「ねぇリンカーン、大吾さんはどこにいったのかな?」
「にゃー」
「――あら? 少年さん? こんにちはですわ」
猫に訊くのも変な話だなぁと思いつつ、この猫は元戦車妖精なんだからもしかしたら答えてくれるかもしれないと思っていると、以前聞いたことのある女性の声が後ろからした。
「ピンクセンシャーの
少年が驚いて振り向くとそこには、ドレス風ワンピースを自然に着こなす清楚な女性の姿。
「そんなにびっくりしなくても、お会いするのは二回目ですし」
「で、でも!?」
「それにわたくしのことはてももで良いですわ少年さん」
そう言いながらてももがいつもの銀杏の木の下に顔を向けると、直前の少年と同じように、公園ここを根城とする者の不在を知った。
「あら、大吾さんはご不在ですわね。リンカーンさんはご存じないですか?」
てももが少年と同じように猫に訊いている。しかしかつては人間以上の頭脳を持っていたとしても、今の記憶をなくした戦車妖精は「にゃー」と鳴くだけである。いや、意外にもその「にゃー」は「しらない」という意味だったりするのだろうか。
「それにしても」
一応は答えてくれたリンカーンを抱き上げながら、てももが空白となっているいつもの居場所を見下ろす。
「大吾さんがこの場所を空けるとは相当な用事」
「……相当な用事」
デスクロウラーの復活、もしくは謎の第三勢力でも現れたのかと少年は怖くなるが
「多分区役所まで今月分の生活費をもらいに行っているのでしょう」
それは相当な用事だ。
「徒歩で移動しているはずですから、今日はもう明るいうちには帰ってこないでしょうね」
「そうですか……」
それを訊いて少年の貌が一気に暗くなる。
「……」
「少し、お話していきますか、わたくしが相手でよろしければ」
せっかく来たのに目的の相手がいないのでしょんぼりしている少年にてももが声をかけた。
それを聞いて少年の顔がぱあーっと明るくなった。
「はい! 喜んで!」
「なんだか亜希子さんに連れて行ってもらった居酒屋さんの応対の声みたいですわね」
ふふふ、と、てももが柔らかく苦笑する。
「まぁ立ち話もなんですし、そこのベンチに座ってお話でもしましょうか。缶ジュースぐらいならおごりますわよ」
というわけで少年は500ml入りの炭酸、てももは小缶のカフェオレ(共に値段は同じ)を手に、いつもの銀杏の木近くのベンチへと腰を下ろした。リンカーンはてももの膝の上で丸くなっている。
「本日は亜希子さんと二人でやっているカレー屋さん、臨時休業なのですわ」
てももが
「急に亜希子さんが『スープの味が納得いかない』っておっしゃいまして。それで亜希子さんは自宅でスープ作りにこもってしまいまして、それを邪魔をしてはいけませんと、わたくしは大吾さんの様子でも見にやってきたのですわ」
「……あの、てももさん」
「なんでしょう?」
「前回イエローの亜希子さんからカレーをもらったんですけど」
「そうでしたわね」
「あのカレーって、僕がもらったカレーは激辛カレーだったんでしょうか?」
お腹を痛めて三日三晩寝込んだ
「あれはうちのお店で販売している普通の辛さのカレーですわ」
「あれがですか!?」
素直に驚く少年。あの罰ゲーム級の辛さが普通とは。
「そうですわね、わたくしたちは戦車戦隊になった瞬間から消費するカロリーが桁違いになってしまいまして、一般の方が火を吹くくらいのカレー、普通の甘辛程度に食べられるのですのよ」
「あ、あれが甘辛……」
あんな辛さのカレーが普通では店としての営業はどうなんだと少年は思うが、それでも激辛好きな人種は意外に多いので、それなりの売り上げはあるのだそうな。
「まぁ仕方ないですわね。わたくしたちは一人一人が軍隊一軍と同等の戦力。その力を発揮させるには膨大なエネルギーが必要なのは必至。香辛料なども量を摂取しないと効かなくなっているみたいですし」
「……あの、それってよく考えると、普段からものすごくお腹が空くってことじゃ」
「そうですわね、デスクロウラーとの戦いの最中からいつでも腹ペコでしたわ」
清楚な雰囲気のてももが突然「腹ペコ」なんて言葉遣いをすると凄く可愛いなぁと少年は思った。顔が少し赤くなってしまった。
「ここにいるリンカーンさんに見出される前は、いわゆるお嬢様というものをしていましたので、食も細かったのですけども」
リンカーンの頭を撫でながらてももが言う。清楚で落ち着いた雰囲気なので「どこかのお嬢様なのかな?」と少年も思っていたのだがやっぱりそうだったようだ。
「でもこのリンカーンさんが全てを変えてくれました、わたくしの全てを」
ほとんど外界を知らない箱入りのお嬢様だったてももの元へ、羽をパタパタ動かしながらリンカーンと名乗る戦車妖精が舞い降りてきたあの日。
「銃後の現在、有締栓家に帰れば家の財力で今のわたくしは屋敷の中で幽閉生活を送り、誰にも知られずに暮らすことは可能なんでしょうけど、今さらあの生活――あの空間に戻る気もありませんしね」
あの頃の自分は、頭の中のほとんどは「このまま外の世界を知らずに自分は生きていく」と理解していたつもりだった。でもほんの少しだけ残っていた「外を知りたい」という気持ちが、猫の姿をした妖精が出した手を取っていた。『キミの力が必要だ』そう自分にいってくれたリンカーンの言葉は心に強く残っている。
「ダイセンシャーとして戦っていた日々。辛かったけど、楽しくもあった日々」
昔日を思い出すように、てももは語る。
「その戦いをくぐり抜けた今のわたくしは、物に満たされた生活よりも心が満たされた生活の方を望みますわ」
満たされた生活との引き換えの、政略結婚用に用意されていた過去の自分。そんな生活が普通だと思っていた女の子が、外の世界にある自由を知ってしまった時、どれだけの代償を払ったとしてももう元の生活に戻るのは不可能だろう。
「それにいざとなればわたくしの今の体の強さなら、大吾さんのように野外での生活も可能ですしね」
丸められたゴザが立て掛けられている銀杏の木を見ながらてももが言う。
「大吾さんなんかお腹が空いたらドングリとか拾って食べてるんじゃないでしょうか」
「あの、ドングリってめちゃくちゃアクが強くて、普通は食べられないんじゃ……」
「アクのほとんど無い品種もございますのよ?」
ドングリ種はこの国の石器時代期には主食として考えられていて、それを食用とするために採取したドングリを水に浸けてアクを抜くのを、当時の料理方法の手順の一つと一般的には思われているが、実はアクの少ないドングリ種も多く存在する。しかしその手の美味しい(?)ドングリは大概リスに食べつくされているのが普通だったりもするが。
「まぁ大吾さんの場合アクの強い品種でもボリボリ食べているのでしょうけど」
「……そんな気もします」
「クロウラー!」
二人がそんな風に話し込んでいると、いつものどこかで聞いたような台詞がこだました。
「あら、戦闘員の方」
目の前に現れた覆面に全身タイツという怪しさ以外には何もない人物に対して、てももが特に慌てた様子もなく対処する。元がお嬢様でしかも戦車戦隊という波乱万丈な生活を一年も送ってきたのだから、はぐれ戦闘員一人現れたくらいではどうということはないのだろう。ちなみに隣の少年は凄まじく脅えている。これが普通の対応だ。
「申し訳ございませんわ、本日は大鉄輪大吾が不在でして、戦闘員の方のお相手をして差し上げられませんの」
「クロウラー?」
そういわれて元戦闘員がきょろきょろと周りを見回してみる。確かにこの公園を大鉄輪大吾が定宿としている情報はもらったのだが、いわれてみれば目標となる人物がいない。
「まぁでもせっかく来ていただいたんですし、何かお飲みにでもなってから帰ってくださいまし。缶ジュースくらいならおごって差し上げられますわ」
というわけで一つのベンチに三人が座り、真ん中にてもも、右隣に元デスクロウラー戦闘員、左隣に少年という並びになった。「なんだこの状況」と少年は思うのだが、元戦闘員が暴れだしてもてももが何とかしてくれるはずなので、それほど心配はないように思う。ちなみにてももは戦闘員と一緒に自販機までジュースを買いに行くのに一端ベンチを離れたので、リンカーンは少年の膝の上に移動している。
「戦闘員の方はこの場所が、どんな意味の場所か分ってらっしゃいますよね」
覆面を少しずり上げて、もらったはちみつ入りレモン水を飲んでいた戦闘員の動きが止まった。
「……」
戦闘員はずり上げた覆面を元に戻し、飲みかけのはちみつ入りレモン水を膝の上に置く。彼は本拠地とは違う前進基地にいたからこその生き残りであるが、それでも帝国崩壊の戦いが行われたこの場所の意味はもちろん知っている。
「あそこにあった火力発電所を丸ごと崩壊させるほどの最終決戦の時、ここに一人の少女が逃げ遅れて泣いていました」
多くの重機車両がひしめき合う、いまだに復興作業が続く発電所跡を目を向けながらてももが言う。多分それは少年に聞かせるために話しているのだろうが、自分自身が改めてその記憶を噛み締めるために話しているようにも見える。
「今まで誰も気づかなかった。でもその時、一人だけ気づいた。ブルーが」
「ブルー……? ブルーセンシャーですか?」
少年が思わず尋ねると「ええ」とてももは力なく答えた。
「鉄車帝国の最強最後の怪人が全てを滅ぼす炎を放った時、その斜線上にこの公園はありました。普通の状態であればそれでもその攻撃をかわすことはできたでしょう。しかし少女の存在を知ったブルーは飛び出して、持てる力の全てを使って少女を守りました。炎が消えた時、少女と少女のいたこの公園は無傷で残りました、でも……」
てももはそこで言葉を詰らせた。でも、続けた。
「少女の前にいたはずのブルーが立っていた場所には、もう何もなくなっていました」
彼がそこに立っていたという足跡の痕跡が少し残っているだけで、本当に何も残さず消え去ったとてももは言う。
「ブルーであった彼には、戦車戦隊時代は良く厳しく言われましたね。元お嬢様に何が出来るとか、良く怒られましたわ」
しかしそんなことを話すてももの顔には過去への憤りは一切無く、過ぎ去った過去を懐かしむようにその声音は限りなく穏やかで。
「でもそれは、彼の優しさでした。わたくしを一人前の戦士に育てようとする厳しい優しさ。彼はこの戦車戦隊で一番優しい戦士。彼はその心に宿る優しき力で少女を守り、そして、この星も守ってくれました」
いつの間にかてももの瞳から涙が零れていた。隣で静かに聞いている少年も泣いていた。敵対者であり、彼を殺した組織に属してた元戦闘員も、覆面の下が滲んでいた。
「彼と同じようにあの最後の戦いでわたくしたち戦車戦隊の全員が、命尽きて倒れていたなれば、それが一番の終わり方だったのかもしれません、わたくしたちにとっても」
力が抜けたようにてももが言う。
「鉄車帝国との戦いが終わってしまえば、わたくしたち戦車戦隊はこの国にいる限りは邪魔者扱いです。強すぎる英雄というのはどこでも扱いに困るものなのですわ」
彼ら戦車戦隊の強さは法的処置というものを超えてしまうだけの力がある。そんなものに対して隣人として接しろとは、基本的に弱い生き物である人間にとっては不可能なこと。
「どこか誰も知らない無人島に移り住んで、生き残った四人だけでひっそりと暮らそうとは、前からいってたんですよ」
零れ落ちる涙をそのままにしながらてももが続ける。
「わたくしたちの力があれば自治権を主張することもできます。だから一番小さな国の形である公国という形を取って、そこで静かに暮らそうと」
独立国という形で国家を主張している地域もあるが、その地域がある土地を国土で収めている国家は、基本的にはその組織の独立主権は認めていない。だから国際社会に認めさせるにはやはり最小は、国際的に爵位として認められる公爵が治める公国という形になるのだろう。
「でも、大吾さんがいうんです。わたくしたちをずっと引っ張って行ってくれてたレッドセンシャーが」
てももはこぶしを握ると、その清楚な雰囲気に似合わないようにそれで荒々しく涙を拭った。
「あいつは消えただけだ。死んだと決まったわけじゃない、って」
元レッドセンシャー・大鉄輪大吾が、働きもしないでここにいる理由。
それはブルーが消えたこの場所を守るため。
そして、いつの日か帰ってくるかもしれないブルーを迎えてやるため。
帰ってくるかどうかなんてそんなの誰にも分らない。
でも大吾はそのために、ここにいる。ずっと。
「クロウラー……――、クロウラー!!!」
静かに話を聞いていた元戦闘員は突然大声を上げて立ち上がると、間合いを取って座ったままのてももと対峙した。
「……」
てももは、多分そうなるだろうと思って、彼の行動、そして自分と対峙する彼の姿を自愛に満ちた表情で見ていた。そして彼の覆面の裾から零れだすのが止まらない涙も。
「それでも、戦わなければなりませんよね、あなたがデスクロウラーの戦闘員であるならば」
てももも立ち上がる。
「だってわたくしがあなたの立場であったなら、わたくしも同じ行動をしますもの。たとえ力及ばないのが分っていようとも、例えこの場で命が果てようとも」
てももが、辛い戦いをくぐり抜けていた戦士だけにしかできない、深みのある笑顔を見せる。
「それが戦う者が、戦う者に対しての最大限の礼儀、そして、矜持ですから!」
「クロウラー!」
元戦闘員の心からの絶叫が公園にこだました。
「戦闘員さん、パスですわ」
てももがそういいながら空いている方の手を相手に差し出す。戦闘員は何のことか最初分らなかったが、持っている缶のことをいっているのだと気づくと、覆面を少し開いて残りを全部飲み干すと、空になった缶をてももに投げて渡した。てももはそれと自分のカフェオレの缶も含めて少年に渡す。
「空き缶はくずかごへ。少年さん、たのみましたわ」
「は、はい!」
少年はそれを受け取ると公園備え付けのくずかごへと走った。膝の上のリンカーンはどうなったのかというと、少年が物凄い自然な動作で頭の上へと載せていた。
「さぁ、参りましょうか」
「クロウラー!」
「戦車戦隊最強のレッドではなく、第五位のピンクで良ければお相手しますわ」
「クロウラー!」
「では――変身」
「クロウラー!」
てももが変身機械を取り出してピンクセンシャーへと変身するのと、元戦闘員が懐中電灯型秘密道具で履帯車両を取り込んで(本日はブルドーザーが犠牲になった)戦車怪人へと変身するのが同時に行われる。
「絆を繋ぐ桃色のボルト、ピンクセンシャー!」
「スラーッシュ!」
ピンク=てももの変身完了の名乗りに戦車怪人の雄叫びが続く。
『怪奇、スラッシュ男』
そしていつもの渋い男性の声もそれに続く。
「すらっしゅ!?」
それを聞いてごみ捨てから帰ってきた少年が思わず叫ぶ。そんな名前の戦車はさすがに聞いたことが無い。
『説明しよう! 彼が変身した戦車怪人は米軍試作車両であるT28超重戦車なのだが名前が露軍のT28中戦車と思いっきり被るうえ、その車体形状から「突撃砲じゃないのか?」と一時期駆逐戦車のカテゴリーに入れられT95という名前になったりもしたのだが、近年ではこの二つを並べてT28/T95重戦車と呼称することも多いのだがそれでは長過ぎるので、ここでは間にある/を取ってスラッシュ男としたのだ!』
どこからともなく聞こえてくる渋い声が長文で説明してくれた。
「詳しい説明ありがとうございますですわ」
どこからともなく聞こえてくる渋い声にピンク=てももがお礼の言葉を返している
「ではスラッシュ男さん、いきますわよ」
「スラーッシュ!」
「出でよ、わが鋼鉄の戦友!」
ピンクも最早この公園での戦いの常道となっているいきなりの戦車召喚に出た。彼女が召喚用のポーズを取ると時空が歪み、その裂け目から一台の履帯車両が現れる。
「……――?」お
そして出現した戦車を目の当たりにして少年の目が点になるのもやはりいつも通り。
「九四式軽装甲車!?」
絶叫する少年の上にいるリンカーンがそれでずり落ちそうになるのもお約束になりつつある。
九四式軽装甲車とは、前線での物資輸送や歩兵支援を目的に開発され、旧陸軍機甲部隊草創期の中核を担ったのが本車である。二人乗りの車体は極めてコンパクトにまとめられ、武装は6.5mm機銃が1挺(武器がちゃんと付いていることに対して感動してしまったあなたは既に病気です)
1937年から1945年まで、輸送、連絡、偵察などに活躍しているのだが、旧軍の戦車開発や戦車運用自体がアレなので、それほど目立った存在でもない。前回の怪人の元となったM4シャーマンの背中にちょこんと乗せられたキュートな姿が一番有名かもしれない。
「なんでてももさ……じゃなくてピンクさんもそんな激弱戦車なんですか!?」
やはり少年も突っ込まずにはいられない。
「というかピンクさんも戦車ですらないし!?」
「あら、でも九四式軽装甲車にはちゃんと砲塔もデフォルトで付いてますから、イエローさんのルノーUEに比べればましですわよ」
「そういう問題ですか!?」
装甲車(しかも超小型)という存在にデフォルトで旋回砲塔を載せている時点で色々間違っているような気もするが、それが旧軍思考なので仕方ない。
ピンクはそんなアレな九四式軽装甲車の砲塔の上によじ登ると、ハッチを開いていつもの上半身だけ出す車長スタイルで中に収まった。
「というわけで必殺、九一式車載軽機関銃!」
必殺というには幾分語弊がありそうな九一式車載軽機関銃(搭載している6.5mm機銃の正式名称である)を撃ち放つ。それは全弾命中するが全く効いている様子がない。
「むー、やっぱり全然効きませんですわね」
というか相手は試作車両といっても超重戦車ですよ?
「スラーッシュ!」
スラッシュ男はその返礼とばかりに攻撃に出た。
スラッシュ男の胴体にはキャタピラが両側二列になって計四本並んでいるが、その外側のキャタピラがパカッと外れた。地面に落ちた外側のキャタピラはそのままスノーモービルのようなシングルトラック型履帯車両のごとく地面を疾走し、ピンクセンシャー操る九四式軽装甲車にぶち当たった。
「きゃっ!」
凄まじい衝撃。
「ピンクさん!?」
「……だいじょうぶですわ」
少年の心配にピンク=てももは問題ないと答える。しかし九四式軽装甲車の車体は、キャタピラユニットの体当たりを食らって少し歪んでしまった。相手は戦車怪人となったので実際のT28/T95の大きさより縮んでいるが、これが元の大きさのままの直撃だったなら一撃で破壊されていたかもしれない。
T28/T95重戦車は凄まじい横幅(4.39m)を誇る。それは射撃時の安定性を高めるために履帯部分が二列になっているからなのだが、その外側の履帯は輸送を簡易にするため取り外すことが可能なのだ。しかも脱着用に自ら小型クレーンを備える至れり尽くせり振りがいかにも米国製の試作車両らしい。
スラッシュ男はそれを陸を走るロケットパンチのように使ったので、履帯の外に生える腕も一緒になくなってしまった。しかし残った内側のキャタピラの車輪から再び腕を生やした。この辺りは戦車怪人の能力のたまものである。
「スラーッシュ!」
キャタピラ二本分スリムになったスラッシュ男が吼える。
「む、そんな簡単にダイエットに成功してちょっと羨ましいですわ。そんなあなたにこちらも、戦車変身で対抗いたしますわ!」
「……というか九四式軽装甲車が変身したって……」
一応九四式軽装甲車には九四式三十七粍戦車砲砲塔を搭載した改装型があるにはあるが、一号戦車やルノーUEの豪快すぎる改造車両群に比べれば、控えめな武装強化である。その割には砲兵部隊用の観測気球を繋留する気球繋留型や、空襲下での皇族避難用のマルゴ型なんて不思議なバリエーションがあるのが、この国軍車両のアレな部分である。
「少年さん、心配はご無用ですわ」
少年が思わず呟いた言葉に、ピンク=てももが力強く反応した。
「わたくしピンクセンシャーの力の象徴はボルト。つまり繋ぎ合わせる力なのですわ。その力の効果によってわたくしは乗っている戦車を、この国の軍用車両であれば他の全ての車両に変身させることができるのですわ」
少年はそれを聞いて「凄い!」と一瞬思ったのだが、この国の旧陸軍車両のほぼ全てが「アレ」なので「変身してもあまり変わらないのでは」と直ぐに思い至る。
確かにそれは凄い能力なのだが、それにしてもなぜよりによってこの国の車両なのだろう。いや、この国の軍車両だからこそ全変身が可能という「特典」なのか?
「九四式軽装甲車変身!」
少年のそんな思いはそっちのけで、ピンクが戦車変身をコールする。
レッドとイエローの時はバリエーションへの変身だったので車体の一部が変わるだけだったが、ピンクの場合は戦車が丸ごと変身するので車体全体が光に包まれた。
そうして光が収まると、そこには新たなこの国軍車両が現れる。
「変身完了、伐開機!」
「なんで!?」
その光の中から現れ出でた車体に対して少年は全力で突っ込んでしまった。
伐開機とは九七式中戦車の下部構造を流用(試作一号車は丸ごと新造車両だった)して作られた、密林突破用特殊車両である。武蔵野付近の森林で本車の基礎研究を行ったところ、直径10~20cm程度の樹木が障害になると判明したので、走行によりそれらの木々をなぎ倒しながら前進するのが本車の任務である。そのために車体正面に油圧作動による上下の位置調節が可能な大型の衝角を備えており、これを用いて突破路を切り開く。
が、しかし
「武器……付いてませんけど」
少年が半ば呆れつつ呟く。
伐開機はあくまでも工兵用の特殊車両であるので、その手の後方支援兵器に武装を施すという概念は当時はあまりなかったので、この車両も丸腰である。
現代においても支援車両は軽武装ではあるのだが、なんで戦車怪人との戦闘という局面でこの車種なのかと少年が思っていると
「とぅ!」
伐開機の上部に乗っていた(戦車が変身中は一緒に光に包まれていたが、いつの間にか乗っていた)ピンクがそこから飛び降りると、車体正面に付いている大型衝角に手をかけた。そしてそれをおもむろにバキリと取り外す。
「……へ?」
少年の驚きなど置き去りにしたままピンクは外した衝角をそのまま担ぎ上げ
「ファイナルラムシュート!」
ぶん投げた。
一応は木々をなぎ倒すためのものだから数トンくらいの重量はあるだとか、そんなもんを担いで投げれるのはピンクが怪力なのか戦車戦隊スーツの倍力装置が優秀なのかとか、やっぱりファイナルラムシュートは直訳すれば最終衝角投げとかそんなことになってしまうのかとか色々な思いが少年の中で錯綜するが、一番強く心に浮かんだのはレッド=大吾のあの言葉『大概の攻撃は投擲か射撃だ』だった。
(ああ、てももさん、あなただけはなんとなく信じていたのに……)
少年のなんだか大切な想いが裏切られた感を載せて、伐開機の大型衝角がスラッシュ男に向かってすっ飛んでいく。そして直撃。
「スラーッシュ!?」
というわけで数トンもある大型衝角の直撃は、並みの戦車砲弾なんかよりもよっぽど威力があるので
「鉄車帝国に栄光あれー! クロウラー!」
爆発四散とあいなる。
「――これでよし」
爆発して元の人間へと戻った戦闘員(頭部アフロ、腰周り以外全身タイツボロボロ)をベンチに寝かせたてももが言う。手にはもちろん後で服を買えるように支度金を入れた封筒を握らせてある。てももはこういう時のために可愛いデザインの便箋を数枚持ち歩いている。
ちなみに昨今の都心部の公園は浮浪者対策でベンチの真ん中に肘掛が設置されている(寝させないため)場合が多いが、この公園はまだそのような処理が成されていない穏やかさが残っている。家の無い者たちもこの場所にある戦車戦隊の想いを敏感に感じ取って、この公園には近づかないようにしているのだろうが。
「さて、これで一件落着ですわ」
立ち上がりながらてももが言う。
「今日は戦いに巻き込んでしまって申し訳ありませんでしたわ」
「い、いや、そんな」
てももの侘びの言葉に「いつものことですし」と少年は心の中で付け加えた。ちなみにリンカーンは少年の頭の上に乗ったままである。この場所が徐々に定位置になりつつある。
「そのお詫びといっては何ですがもう一杯くらいおごりますわよ」
てももが言う。
また自販機の缶ジュースでもおごってもらえるのだろうかと少年が思っていると
「カレーを」
てももがあまりにも普通にいったそれを聞いて思わず「ぶっ」と吹き出してしまった。
「か、カレーって!?」
「戦い終わった後に、軽く一息つこうと、カレーをご相伴するのはいつものことですわ」
「そういう場合って、冷たい麦茶とかアイスコーヒーとか、飲み物とかなんじゃ」
「カレーは――」
てももは一端そこで区切ると、万感の思いを込めてその言葉を告げた。
「飲み物ですわ」
言い切った。あまりにも格好良く言い切った。
こんな清楚な格好で清楚な雰囲気で清楚な言葉遣いの彼女の「カレーは飲み物」発言には、物凄い破壊力があり、少年はクラクラしてきた。
「さぁ、参りましょう」
そうしててももは舞踏会にでも行くかのような佇まいで優雅に誘う。
「あ、あの……今日は亜希子さんのお店は休みなんじゃ?」
「他のカレー屋さんへ行くのですわよ」
「……てももさんたちって、ものすごく辛いカレーじゃないと、カレーの味とか分らないんじゃ?」
「そこはそれ、カレーの辛さをお好みで選べるお店とかありますし、10倍とか20倍とか」
少年は最後の抵抗を試みたが、簡単に切って捨てられた。もはや逃げることは叶わないらしい。またあの激辛なカレーを食べさせられるのかとか思いながら、歩き出したてももの隣を歩く。
少年の頭の上に乗ったままだった筈のリンカーンは、危険を察知したのか気付いた時には居なくなっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます