第二話 颯爽! 黄色い風と桃色の想い

「大吾さんおはようございます!」

「――ぅうん……ん?」

 いつもの公園のいつもの場所でのんびりと午睡をまどろんでいた大鉄輪大吾だいてつりんだいごは、元気溌剌な声に叩き起こされた。

「……ああ、いつかの少年か、どうした今日は?」

 目をこすりながら大吾は上体を起こして、寝ていたゴザの上に胡坐になる。

「それともう昼過ぎてんだからおはようじゃなくてこんにちはだろ?」

「そうでした! こんにちは大吾さん!」

「おう、こんにちは。ん? なんだ学校帰りか?」

「はい!」

 見ると少年は黒い学ランに通学鞄と言ういでたち。家に帰って荷物を置いて着替えてくるのも惜しかったのだろう。

 ちなみに本日は土曜日である。

 大吾が隊員の一人として活躍していた戦車戦隊ダイセンシャーと悪の鉄車帝国デスクロウラーの戦いが続いていた最中、その戦いの舞台となっていたこの国は完全週休二日制という法律をひっそりと廃止していた。

 その時期は、ある程度の騒乱が週に一回は起こる事態にこの国はあったので、年若い少年少女を一箇所にまとめておく方が避難させるにも管理するにも都合がよかろうという判断である。何しろ金曜日授業終了後から月曜日早朝の授業開始まで60時間以上もの連続した自由時間が子供たちにはあるのである。ならば土曜の午前中だけでも学校と言う保護者が目の届く場所においていた方がいいわけだ。ちなみにこの法律、法律制定後から特に経済効果が劇的に上がった事例も見られなかったので、廃止されたのも当然と言えば当然の処置だったとは有識者も語る。

 というわけで少年は土曜授業の半ドン終了後のわくわく感のまま、ここへやってきた。完全週休二日制はこのわくわく感をも取り上げていたのだから、逆に経済波及効果が減少してしまったのは当然なのだろうし、鉄車帝国と戦車戦隊の戦いが終わった後も法が復活することもないだろう。

「見ました! 神風の舞台!」

 そういえばこの少年を追い返したくてそんなことも言ったなぁと大吾は思い出す。どうやらその報告をしたくて家にも戻らず急いでやってきたらしい。

「なんだ、わざわざ舞台を見に行ったのか?」

「今の時期は残念ながら舞台はやってなかったんで、公演を収録したDVDを見ました! 泣きました!」

「そうか偉いな。で、戦車の乗り方はわかったか?」

「全然わかりませんでした!」

 そうだろうなぁと大吾も心の中で思う。確かあの舞台、戦闘機は出てくるが戦車は出てこなかったはず。

「しかもDVDを買ったら今月のお小遣いがなくなりました!」

「そいつは悪いことしたな。なんなら水道水ぐらいならおごってやるぜ。公園ここならタダだからな」

「酷いです大吾さん!」

「ははは、まぁ実は昨日今月分の食費とかまたもらってきたばっかりだから缶ジュースぐらいならおごってやれるぜ?」

「……あの、前から気になってたんですけどその食費とかいったい誰がくれるんですか?」

「ん? 区役所に行って『今月の生活費くれ』っていうと金くれるんだよ」

「なんですかそれ!? というかそれってどこから予算が出てるんでしょうか?」

「首相の機密費」

「きみつひ!?」

 それを聞いて、少年がたじろぐ。

 首相を始めとする国政者は、公式に行われる行事内での費用は全て国家予算から必要経費としてまかなわれるわけだが、公式行事が昼の昼食会だけだった場合「夕飯とはどうするんだ?」という問題が発生するわけで、しかも公務時間は続いているわけである、なぜか。

 機密費とはそういった公式行事としての計上が難しいけど参加しないわけにはいかない行事などの雑費に使うべく用意されている予算。

 近年はこの機密費の政策への流用がよく問題として取り上げられるが、こうやって元戦車戦隊への仕送りとして流用しているのは、実はもの凄く正しい機密費の使い方なのかも知れない。

「国費で一番自由になる金っつたら、多分それが一番だろうからなぁ」

 しかし区役所経由で首相から生活費をせびる……正に元戦車戦隊でなければできない芸当だ。

「しかし良く出してくれますよね……?」

「まぁ俺一人で自衛隊の一軍の全戦力と戦えるくらいだからなぁ。俺が『金くれ』って言ったら出さんわけにはいかんだろうし」

「……へ!?」

 少年が思わず持っていた学生鞄を両腕で抱きしめながら驚く。

「おまえさぁ、たったの五人で一つの帝国と戦うってどういうことかわかってんのか?」

 やれやれといった貌で大吾が続ける。

「帝国って名前が付いてる組織っていえば大概が強いって相場は決まっている。でなきゃ帝国なんて名前おいそれと付けねぇ。今の時代からさかのぼって鉄車帝国以外で一番近い帝国って……なんになるんだ? やっぱりあの第三帝国になるのか。まぁ帝国って名前が付いてる組織は結局最後には全部滅んじまってるけど、それを滅ぼすにしてもとんでもねえくらいの力がいるってのはわかるよな」

「は、はい……」

「俺たちはそういうカテゴリーにあるものを相手にして戦ってきたんだよ、五人でな」

 遠くを見つめながら大吾が言う。その視線の先には最終決戦で崩壊した火力発電所跡がある。

「この国には海兵隊はないから、ノーマルの陸海空の三軍しかない。それに比べて俺たち一人一人が一軍の戦力だ。フルメンバーの五人でガチンコでやりあったら三対五。だからこの国の軍隊じゃ俺たちには勝てないんだぞ」

「じゃ、じゃあ、みなさんが五人がかりで毎回倒してたあの戦車怪人っていうのは……」

「地上最強の個人戦力だな。普通の軍隊が相手にするんなら核とか撃ちこまなきゃ勝てないだろ」

 それを聞いた少年の背中にゾクッとした嫌な気配が走った。

「鉄車帝国がこの地球を滅ぼしたかったんなら一瞬でできただろうさ。怪人とか作る技術を大量破壊兵器に転用すればいいだけだからな。でもあいつらの目的は絶滅じゃなくて征服だ。征服するには土地も極力傷つけちゃならんし、人もほとんど生き残らさなきゃならない」

「……」

「にゃー」

 なんだか自分の想像を超えている重い話の連続に少年が気分も重くしていると、それを緩和するような和やかな鳴き声が聞こえた。

「猫?」

 子猫と成猫の中間くらいの大きさの猫がやってきて、大吾の座るゴザに乗ってきて隣に座った。

「ずいぶん綺麗な猫ですね」

 その毛並みは黒なのだが、オニキスやブラックアンバーのような黒色の宝石のような神秘的な色合いである。首輪がないので野良猫なのだろうが、家飼い猫以上に汚れを知らぬ艶々とした黒い毛である。

「……あれ?」

 その綺麗な黒毛を見ていると背中に何か付いているのを少年は発見した。鳥の羽のようなものが背中に張り付いている。しとめた獲物を背負っている、という風には見えない。

「こいつが俺たち五人を見出して戦車戦隊を創設した戦車妖精のリンカーンだ。いわゆる鉄車帝国のヤツらとはまた違う、もう一つの諸悪の根源だな」

 この不思議な黒猫はなんだろうと思っているとあっさりと大吾が解説してくれた。

「リンカーン!? ずいぶんとスゴイ名前ですね!?」

「そうか? ただの人名の一つだろ、結局は?」

「……それにしてもこのコが戦車妖精? ただの猫に見えますけど、でも羽生えてますね」

 羽が生えているのはやはり妖精だからだろうか。

「元々は俺たちなんかよりよっぽど頭のいいヤツだったんだがな。作戦とか考えたりして」

 隣で座っているリンカーンの頭の上を軽くかいてやりながら大吾が言う。猫は自分では頭の上に手が届かないのでこうやってかいてやると非常に嬉しがる。リンカーンも目を細くしてじっとしている。

「最後の戦いの時、とある理由でダイセンシャオーがまともに動かせなくなっちまってな。制御装置が作動しないとかなんとかで」

 ダイセンシャオーとはダイセンシャーが乗り込んで戦う、対大怪人戦用のスーパーロボットであり、ラーテ級要塞戦車が五台合体して誕生するという「夢の戦車ロボ」である。

「こいつはその時に、ダイセンシャオーの制御回路となったんだよ、生きたままな」

 その時のリンカーンの身を挺した行動により、ダイセンシャーは敵の本拠と総帥を一挙に叩くことができた。

「最後の戦いが終わって、なんとかこいつを回路から引きずり出した時、戦車妖精としての記憶が全部なくなっていた。でも命が残ってただけ良かった」

 限界を超えた能力を発揮したのだろう。その代償としての記憶の消失。

「だから今はこうして、ただの野良猫の一匹として生きているわけだ」

 大吾の言葉にリンカーンが「にゃーん」と答えた。何もわからぬまま。

「でもな、戦車戦隊のメンツの中ではこいつが一番幸せな戦いの終わり方をしたのかもしれないな。全てを忘れて、無害な存在になって。俺たち全員を巻き込んでおいていい気なもんさ」

 苦笑しながらリンカーンの背中をかいている大吾。大吾の指が羽に触れるとリンカーンはくすぐったそうにプルプル震わせている。

「こいつがいなければ今ごろは世界中が鉄車帝国に征服されて、逆に平和な世界になっていたかも知れないっつうのにな……」

「……」

「こら大吾! まだこんなところでグダグダやってるの!? って今日はリンカーンもいるし!」

 また再び重苦しくなってしまった雰囲気を断ち切るように快活な声が聞こえた。

「こんにちは大吾さん。おや、こちらの少年の方はお客様ですか?」

 それに凛とした静かな声が続く。少年が振り向くと二人の女性が立っていた。

 パンツルックが程よく似合うスラリとした女性に、一般人だったら着るのを少し躊躇してしまうようなドレス風ワンピースを自然に着こなしているお嬢様風の女性。

「あ、あなたがた二人は!」

 二人の正体が一瞬にしてわかった少年の顔が驚愕に包まれる。

「元イエローセンシャーの城鋼板亜希子きこうはんあきこさんと元ピンクセンシャーの有締栓うていせんてももさん!?」

 いきなり名前を呼ばれてしまった亜希子は「はいはいどうも」と、力が抜けたように返している。彼女たちにとってはいきなり名前を呼ばれるのも日常茶飯事なのだろう。隣のてももも同じだけ場数は踏んでいるのか、優雅な微笑で返している。

「それにしてもなによこの可愛い少年は、あんたの舎弟?」

「僕は大吾さんの弟子です!」

 亜希子が尋ねると少年の方が即座に答えた。

「弟子にした覚えはねぇ!」

「じゃあ弟子候補です!」

「候補でもねぇ!」

「なによやっぱり舎弟なんじゃないの。だったらあたしにもよこしなさいよ」

「やるから持ってってくれ」

 大吾の心からの懇願に亜希子は顎に手を当ててしばし考えるポーズをすると「やっぱりいらない」とかえした。なんだか面倒くさそうな展開になるのがわかったのだろう。

「いまだにその行方がようとして知られていないお二人がここに!?」

 物扱いされて(しかもいらないと言われて)も全然気にしていない様子の少年が、改めて驚きの顔になる。驚き続きで自分の扱われ方を気にしている暇がないのだろう。

「ようとして知られてないというか」

「まぁ働いてはいますけど移動販売ですからね。営業住所不定ですわ」

 てももが付け加える。

「そういう意味じゃ俺と同じだな」

「黙れ! このロクデナシ!」

「お二人はどうして公園ここに?」

 口喧嘩の最中の二人を優しく見守っているてももに少年が訊いた。

「大吾さんの様子を見に来たのですわ」

 足下に「にゃー」と擦り寄ってきたリンカーンを抱きかかえながらてももが答える。この公園を生活の拠点にしてしまっている大吾の様子を確認しに、定期的に公園にやって来ていると説明する。ちなみに話を聞いている少年は先ほどから鞄を抱きしめたままなので、同じようなポーズの二人が並ぶ。

「いい加減働きなさいよ大吾」

「うるせぇなぁ、なにもしないで食って寝るだけなら、もらってる生活費だけで十分なんだよ」

「……わからんでもないけどさ、でも、健全な成年男子としてはどうなのよ?」

「おまえらみてぇに自営業ができるほど器用でもないしな」

「だったら前からいってるじゃない、一緒に働かないって?」

「今だってギリギリなんだろおまえらのカレー屋。俺まで増えて元戦車戦隊が三人になっちまったら誰も寄り付かなくなるぞ」

「……」

「あの……カレー屋って?」

 快活がそのまま服を着て歩いているような雰囲気だった亜希子が黙ってしまい、その雰囲気に耐えられなくなった少年が思わず訊いた。

「わたくしたち二人のお店ですわ」

 少年が声を出してくれたのをありがたいと感謝するようにてももが答えた。

 デスクロウラーとの最終決戦の後、元イエローセンシャーである城鋼板亜希子は移動販売車を一台購入してカレー屋を始めた。それに誘われる形で有締栓てももも一緒に働くこととなった。

「まぁでも亜希子さんがオーナーシェフですから基本的には亜希子さんのお店です。わたくしは女給ウエイトレスで」

「なにいってんのよ、二人のお店よ」

 てももが自重するようにいった台詞を亜希子が否定した。

「……そういっていただけるだけで嬉しいで――」

「クロウラー!」

 てももがなんだか切ない微笑を見せながらいった言葉を、いつもの台詞が遮った。

「!」

 少年も含めた四人が声のした方に振り向く。てももに抱きかかえられたままのリンカーンも顔を向けた。

「クロウラー!」

 全身タイツに覆面という怪しさ大爆発のその人物は、帝国崩壊後も活動を続けているデスクロウラー戦闘員の一人。彼らは戦車戦隊を倒せば帝国の復興が叶うと夢を抱いて、しぶとく挑戦に来るのだ。そういう意味では毎日怠惰な生活をしている大吾に比べればよっぽど健全な生き方をしていると思われる。

「またおいでなすったか」

 大吾がやれやれとゴザから立ち上がって三人の前に出る。

「というかあんたがこんな目立つ場所にいるからやってくるんでしょ生き残り戦闘員が? だったら身を隠すとかしたら良いんじゃないの?」

「まぁ俺のことが見つからなくて八つ当たりに手当たりしだい壊されるのも困るしな。おまえだって知ってるだろ、あいつら一般戦闘員一人一人だってすげー強いの」

「知ってるっていうか忘れるわけないじゃない。あんだけ頑丈な変身スーツの上から叩かれて、痣とか消えないんだから」

「お風呂の中で受けた傷の見せ合い……懐かしい思い出ですわ」

「クロウラー!」

 そんな思い出話に浸ってんじゃねえという態ではぐれ戦闘員が公園の向こうの解体作業現場へと懐中電灯型秘密道具を向ける。そして謎の光線が一台の履帯式重機車両(今日は油圧ショベルが犠牲になった)に当たり、それが微粒子になって吸い込まれると同時に戦闘員が変身を遂げ、怪人が現れた。戦車がそのまま立ち上がったような巨躯に一端なってから、ずもももと小さく縮んで二メートル前後になるのもいつもと同じだ。

『怪奇、シャーマン男』

 どこからともなく聞こえてくる渋い声が説明してくれる。本日は生産台数第三位を誇る戦車の怪人が相手らしい。

「シャーマーン!」

「あのさぁ俺前から思ってたんだけどさ」

 雄叫びを上げる戦車怪人を改めて見ながら大吾が言う。

「なにさ?」

「なんですの?」

「デスクロウラーが健在の時代からずっと思ってたんだが、あいつら怪人になったら小さくなるじゃん? あれってそのままの大きさで襲い掛かってくれば俺たちなんか簡単にやっつけ――」

「ちょいさーっ!」

 てももは両腕で抱いていたリンカーンを片手抱きにすると、空いた方の手で神速の手刀を大吾に放った。脳天にその直撃を食らった大吾は一瞬にして意識がすっ飛び、その場に倒れ伏す。

「大吾さん!?」

「ど、どうしたのてもも!?」

「な、なんだか今わたくしの頭の中に『それ以上言ってはならぬ』というトクサツの神様の声が聞こえて……右手が勝手に」

 驚く少年と亜希子に、手刀を食らわした自分も何が起こったのかわからないといった風に答えるてもも。うん、人間知らない方が良いってことがいっぱいあるってことですよね。

「まぁこのロクデナシが一人戦力外になったところでどうってことないでしょ。帝国崩壊後にやってくるあの戦闘員型怪人はいつも大吾一人で退治してるんだから」

 亜希子がそういいながら、ポケットからダイセンシャーへの変身道具を出した。彼女もまた、この重要アイテムは自分自身で保管している。

「そうですわね」

 てもももそう応えながら、抱いていたリンカーンを倒れたままの大吾の背中の上に乗っけた。

「少年さん、大吾さんとリンカーンさんを頼みましたわ」

 そして同じように変身道具を取り出す。

「は、はい!」

 少年の声を背に受けて、二人の女性戦士が前に出る。

「いくわよ」

「ええ」

「変身!」

「変身!」

 二人が変身アイテムをかざす。アイテムの出す光に包まれた二人の服が消えバトルスーツに変わりヘルメットが被せられるなんやかんやの一連のシークエンスが終了すると、そこには黄色の戦士と桃色の戦士が立っていた。変身中は光に包まれているので二人の裸が見えるとかでもないのだが、それでも女性戦士の変身シーンはなんでこんなにも胸ときめくものがあるのだろう。男性戦士とはエライ違いだ。

「イエローセンシャー!」

「ピンクセンシャー!」

 カッコいいポーズをつけて名乗りを上げる二人

「シャーマーン!」

 それに応えるように、戦車怪人も雄叫びを上げる。

「さーて、あたしもとっとと戦車出してさくっと片付けるか。てもも……じゃなかった、ピンク、は援護! いい?」

「了解ですわ」

 イエロー=亜希子が前に出て、ピンク=てももがスッと斜め後ろに下がる。二人がかりでやれば一瞬で終わるのではと思われるが、ある程度の個人戦の後に一気に五人がかりで倒すというのが戦隊というものの常道の戦法なので、そこは大目に見テクダサイ。

「出でよ、わが鋼鉄の戦友!」

 戦車召喚用のポーズを取りながらピンクが叫ぶ。時空が歪み、できた裂け目から一台の履帯車両が出現する。

「……――?」

 その戦車の登場にレッドの時と同じように、倒れたままの大吾の側にいる少年の目が点になる。ちなみにリンカーンはいつの間にか少年の頭の上に乗っている。背中の羽で飛んで乗ったのだろうか。

 イエローが召喚したその戦車。

「ルノーUE!?」

 相変わらず鞄を抱きしめたままの少年の絶叫。その所為で頭の上のリンカーンがずり落ちそうになった。

 ルノーUEとは英軍のカーデン・ロイド豆戦車をお手本として仏軍が作った装軌式の軍用小型装甲トラクターである。仏軍のほか、鹵獲した独軍でも多用され、羅馬尼亜ではライセンス生産も行われている。車体上部に二つ並ぶヘルメット状の装甲ドームがデザイン上の特長だ。ちなみにこの国の最大手模型メーカーがトチ狂ったように旧仏軍車両を商品化しているが、あれは仏国から来た社員が開発発売させているそうである。

「なんでイエローさんもそんな激弱戦車なんですか!? というか戦車ですらないし!?」

 少年が思わず突っ込む。いや突っ込まずにはいられない。

「武器すら付いてないし!?」

 今でこそ装甲車などにも機関銃の類は標準装備であるが、ルノーUEは履帯式陸上兵器の創世記に作られたものなのでそれすら無しである。もっともこの時代は戦車なのに主砲が機関銃とかざらにあった(一号戦車だけじゃないのだよ)ので、その一段下にある装甲車はまったくの丸腰というのはある意味標準仕様だ。

「ふん、あたしの手にかかれば、戦闘員から変身した程度の怪人相手、武器なんかいらないわ」

 イエローはそういいながらルノーUEの上によじ登ると右側の装甲ドームを開いて中に納まった。上半身だけ出して車長スタイルになると、手を伸ばして車体側面に付いているラックからワイヤーを取る。鋼線をより合わせて作られたワイヤーは動かなくなった車両の牽引など幅広く使える、大概の戦車には付いている標準装備の一つである。

「くらえ、ワイヤーウィップ!」

 イエローはそれを鞭のようにしならせ敵へとみまった。ワイヤー一本で結構な重さなのだが、ダイセンシャーへと変身しているのでなわ飛び程度の感覚だ。相手が普通の戦車だったならその一撃で車体を真っ二つにするぐらい簡単だと思われる。

「シャーマーン!」

 しかしそこはそれ、相手は戦闘員から変身しているとはいえ戦車怪人なので全然効いていない。直撃を食らった相手は「効いてないぜ」ってな感じの雄叫びを上げている。

 それ以前に「武器使ってるじゃん!」という突っ込みが入るが、普通は武器として使わないものを武器として使っているのでイエロー的にはOKなのだろう。

「む、やはりダメか」

 イエロー=亜希子はそういいながらワイヤーを投げ捨てると、車体後部に手を伸ばしてジェリ缶を取った。ジェリ缶自体は一般車両に積載されている場合も多いので知っている方も多いと思われるが、水や燃料など液体系のものを入れておく戦車の標準装備の一つである。戦車の外に積まれているのは大体が予備燃料が入っている(中に積んであると誘爆して大変なことになるから)

「くらえ、ジェリ缶オイルバースト!」

 イエローはそれを敵に向かってぶん投げた。その四角いアルミの物体が放物線を描いて飛んでいくのを、戦車の装甲表面には意外に多くの武器が搭載されているんだなぁと改めて思いながら少年は見ていた。その全てが本来は工具として使うものなのだが。

 投げられたジェリ缶は敵の頭に当たった瞬間に蓋が外れ、中身をシャーマン男に向かってぶちまけた。

「シャーマーン!?」

 イエローはそれを確認すると車体の中から硝子ビンを一本取り出した。蓋の代わりに丸めた布が口に突っ込まれている。中は透明な液体。

「これでトドメの」

 イエローはマッチを取り出すと手早く火を起こし、布に近づけた。ビンの中身を吸って布が勢い良く燃え上がる。イエロー火の付いた硝子ビンを戦車怪人に向かって投げた。

「火炎瓶!」

「そこは普通なんだ!」

 少年の全力突っ込みに押されるように飛んでいった火炎瓶は戦車怪人に再び直撃を与えた。これで先ほど投げたジェリ缶の中身に引火すれば相手は火達磨となるが

「……やや?」

 シャーマン男が燃え上がる気配はない。

「しまった中身は水だったか!?」

 どうやらぶん投げた中身は飲料水だったらしい。

 だがぶち当たった火炎瓶そのものだけが、地味ーに小さなダメージを与えていた。当たった腕が少し燃えている。

 しかして怪人はあわてず騒がず、足元に小さな水溜りを作っているジェリ缶オイルバーストが残した中身(水)へと燃え盛る腕を浸すと、苦もなく消火した。

「敵を手助けしてしまうとは何と言う失態!」

 イエローが車中で地団駄を踏む。

 ちなみに火炎瓶というものが対戦車ロケットだとか対戦車地雷が用意できない場合の代替兵器として使われていると伝聞が多く残っているが、実はほとんどの戦車にはほぼ効き目がない。初期の頃の戦車は密閉式ではなかったため火炎瓶やナパーム弾が非常に有効となり、半島戦争でT34-85の戦車隊が米軍のナパーム弾で壊滅していたりしていた。しかし、第二次大戦後以降の戦車はNBC(核・生物・化学兵器)対策として密閉式に変わったので、ナパーム弾などの攻撃には非常に強くなり、炎に包まれても乗員を保護することが可能である。燃料タンクに引火して炎に包まれてもそのまま走行することができたりする。

 だからナパーム弾が効かないのであれば火炎瓶など全く効果は望めない。前述のT34-85はガソリンエンジンだったからこそ被害も大きかったので、他のディーゼルやガスタービンであれば損害は少なかったかも知れない。

「なにか援護いたしましょうか? 地雷でも抱いて突撃でも?」

 今までイエローの奮闘? を静かに見守っていたピンク=てももが訊いた。しかし地雷を抱いて戦車に突撃とは戦車戦隊ならではのタンクデサントも真っ青な支援方法である。彼女らなら竹やりなんかでも大ダメージを与えそうだが。

「いや、いい。もう戦車変身で一気にカタをつける!」

 イエローはピンクの申し出を断った。なら最初からそれで行けば良いのではと思うが、ある程度相手を弱らせてからの確実な勝利を考えているのかとかどうか。

「ルノーUE変身!」

 戦車戦隊の力の一つとして、呼び出した戦車にバリエーションが存在するならば、そのバリエーションの車体へと戦車を変身させることができるというのがある。もちろんイエローも使える。

 ルノーUEの車体側面に片側二つずつの光の塊が現れた。その四つの光の中から四角い直方体型の木の枠が現れ、左右側面へと前方斜め上に向かって装着され、その中にぶっとい円柱が押し込められるように出現した。

「変身完了、ルノーUEロケットキャリア2型!」

 イエローがビシッとポーズを決める。

 ルノーUEロケットキャリア2型とは、車体側面に二発ずつの28センチロケット砲弾発射器を取り付けた重支援用ロケット戦車である。ちなみにロケット弾の支持架は木製なので発射炎で引火したらどうなるのとかあるが、そんなものは戦時下での急増品には関係ない(何しろロケット弾搭載の布張り複葉機が飛んでいたような時代のシロモノである)

 前述の木製支持架が表すように一号戦車に歩兵砲を載せたのと同様な廃物利用的な改造戦車ではあるが、何しろ28センチロケット弾が四基である。その攻撃力足るはひ弱な青年が筋肉修行して帰ってきたらヘビー級プロレスラー並みの体になっていたくらいの変貌振りだ。

 ちなみに2型というからには1型もあるわけで、その1型は車体背面にロケットキャリアを横に4つ並べたと言う更に豪快な装備方法である。しかしてこの方法だと上半身を車体から出す戦車戦隊の運用方式だと発射の際に弾頭が思いっきり後頭部を直撃するのでこの2型の採用なのだろう。

「さぁ一気に決めるわよ!」

 ガコン! とロケットキャリアへと変身したルノーUEが発射体制へと入る。

「くらえ、トゥエンティーンエイトセンチロケットブリットバースト!」

 イエローがサッと相手に右手をかざすと、ルノーUEロケットキャリア2型最大の武器が戦車怪人へと向けて放たれた。それとみなさん既にご承知だと思うが、大変カッコよさ気な必殺技名を叫んでいるが要は「28センチロケット砲弾発射」であるのはレッドの時と変わらない。

 そうして四本の轟炎をたなびき放たれたルノーUEロケットキャリア2型最大の武器(といってもこれしかないのだが)が狙いたがわず全弾シャーマン男へと命中する。

「シャーマーン!?」

 ちなみに28センチといえば直径だけならばラーテ級要塞戦車の主砲と同じなのである。つまりはシャルンホルスト級巡洋戦艦やドイッチェランド級ポケット戦艦と同じであり、陸上でいえばレオポルド列車砲という大和型の46センチ砲とほぼ同じくらいの射程距離をすっ飛ばす怪物火砲と同じだけの砲弾サイズである。

 そんなものの直撃をしかも四つも食らって無事なわけもなく

「鉄車帝国に栄光あれー! クロウラー!」

 と、いつもの爆発エンドとなる。それにしても戦闘員のみなさんはこの断末魔の瞬間しか喋れないのでしょうか。

「うわぁ!?」

 少年の悲鳴。

 ロケット弾が四つも爆発(怪人本体を含めれば五つ)しているので、周りにいる者ももれなくとんでもないくらいの爆風に襲われるのだが、そこはそれ、援護に残っているピンクがしっかりと少年と頭の上のリンカーン(ついでに倒れたままの大吾)はガードしている。この辺りは戦車戦隊の素晴らしい連携の賜物である。なにも正面攻撃だけが戦いじゃないのだ。

「ふう、やれやれ」

 前回のレッド同様さっさと変身解除と戦車を送り返したイエローが、私服姿の亜希子に戻りながらやってきた。

「お疲れ様ですわ」

 同じタイミングで変身を解除したてももがねぎらいの言葉で迎え入れる。

「倒しちゃった戦闘員っていつも大吾はどうしてるんだっけ?」

 亜希子が親指で背後を指す。後ろの爆心地には腰周り以外は全身タイツが吹き飛んでいる元戦闘員が倒れている。頭がアフロなのも前回同様。

「いくばくかの支度金を渡して返してたと思いますけど大吾さんは」

 てももが説明する。前回その現場を直接見ていた少年がうんうんと頷いている。

「そっか。じゃあ大吾と一緒にゴザの上にでも並べておけばいいか。封筒にいくらかお金入れて手に握らせておいてさ」

「そうですわね」

 亜希子は倒れたままの戦闘員を「よっこいしょ」と担ぎ上げると大吾が敷いたままのゴザの上に寝かせた。その隣にてももが大吾を運んで並べる。彼女たちは戦車戦隊なので成人男子一人くらいなら普通に運べる。

「さって、大吾のヤツも起きないし、もう帰るか」

 財布から出したお金を同じように出した銀行の封筒(なぜか入っていた)に入れて元戦闘員の手に握らせながら、亜希子が言う。

「そうですわね。お店の準備もありますし」

「今日はなんか色々もうしわけなかったわね少年、戦いに巻き込んじゃったりとかさ」

 隣で呆然としている少年に亜希子が軽く謝る。少年はいまだに頭の上にリンカーンが乗ったままなのすら気になってない様子。

「い、いえ、そんな」

「これさ、うちの店で作ってるカレーなんだけどさ、よかったらあげるわ」

 亜希子がどこからともなく取り出したビニール袋を少年に渡す。懐に入っていたならこれを入れたまま戦闘していたことになるが、その辺りは深く考えてはいけないのだろう。

「い、いいんですか?」

「ホントは大吾の差し入れで持ってきたんだけどね。こいつ起きそうもないし、だからあんたが代わりに始末して」

「え? 大吾さんのためのものなら……」

「いいのよ、こいつはうちの店に来ればいくらでも食べれるんだから」

「……はい、じゃあ、ありがたくいただきます」

「うん。じゃああたしらはこれで。また機会があれば会うでしょう」

 そういって亜希子はクルリと背を向けると、後ろ手に手を振りながら去っていった。

「ではわたくしもこれで。さようならですわ、大吾さんのお弟子さん」

 てもももそう告げて亜希子の後を追って公園を後にした。

「……」

 もっと戦車戦隊の話が聞きたいから引き止めるとか全然思いつかないくらいの颯爽さで、二人は現れてそして去っていった。

「と、とりあえず今日は僕も帰るか」

 倒れたままピクリとも動かない大吾に一礼すると、少年も公園を後にした。頭の上にはリンカーンが乗ったままだったが、戦車妖精の猫は途中のどこかで彼に気づかれないうちに飛び降りて町の中へと消えていった。


 ちなみに少年は家に帰ってもらったカレーをレンジでチンして食べたのだが、その常軌を逸した辛さに口から火を吹き、内蔵にもダメージを追った彼は三日三晩寝込むことになる。

「……デスクロウラーの攻撃は受けなくても、戦車戦隊の攻撃は食らうんだなぁ」

 ぐるぐると痛むお腹を押さえながら、少年は布団の中で呟いた。

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