戦車戦隊ダイセンシャー
ヤマギシミキヤ
第一話 登場! 消えぬ紅き闘志
燃える闘志の赤き車輪、レッドセンシャー!
空を切り裂く青き砲弾、ブルーセンシャー
弱きを守る黄色き装甲、イエローセンシャー!
魂動かす緑のエンジン、グリーンセンシャー!
絆を繋ぐ桃色のボルト、ピンクセンシャー!
悪を履帯でひき潰せ! 我ら、戦車戦隊ダイセンシャー!
五色の爆煙が五人の後ろで勇壮に爆ぜた。
――◇ ◇ ◇――
「あ、あの……だ、
「――ん? う~ん」
いつものように公園の一角に生えている銀杏の木の下にゴザを敷いて昼寝をしていた大鉄輪大吾は、自分を呼ぶ声を聞いてけだるそうに声がした方に寝返りを打った。顔を上向けて重い瞼を開くと、中学生くらいの男の子が立っていた。
「どうした少年、俺に何か用か?」
「ほ、本物の、大鉄輪さんなんですよね、レッドセンシャーの!」
それを聞いて、大吾がむくりと身体を起こした。寝ていたゴザの上に胡坐をかく。
「大鉄輪大吾ではあるが、レッドセンシャーではないな、俺は」
ぼりぼりと尻をかきながら面倒くさそうに答える。
「え!? どうして!? レッドセンシャーの正体は大鉄輪大吾さんだってこの国の人間全員が知ってますよ!」
「だから『元』だ、レッドセンシャーだったのは」
大きな欠伸をしながら元レッドセンシャー、大鉄輪大吾は答えた。
この国に突如現れた悪の侵略組織である鉄車帝国デスクロウラーを、こちらも突如として現れた戦車戦隊ダイセンシャーが打ち倒してから半年ほどの時間が経過していた。
鉄車帝国デスクロウラーがこの国へ侵攻してきたのは突然だった。
その日、あらゆる映像媒体と動画媒体をジャックした鉄車帝国は、その総帥と思しき仮面(もしかしたら素顔かも知れないが)の人物による声明文の発表を行った。
『我ら鉄車帝国デスクロウラーは世界へ宣戦布告を行うものである。まずはその足がかりとして、この履帯式建設車両が多く存在するこの国を征服させてもらう。全ての無限軌道は戦車怪人となり我が尖兵となるのだ!』
それを聴いていた者たちは殆どが「???」であったに違いない。
「何を言っているんだこの人は?」と誰もが思っただろう。「世界を相手に戦い?」「その足がかりにこの国を征服?」ほぼ全ての人が気が狂った人たちが妄想を呟いているのだろうと思った。
しかし一部の人々は気づいていた。この鉄車帝国なる組織はこの国の映像媒体を完璧にジャックして見せたのだ。その技術力たるや、現行の科学レベルを二、三歩進んでいる。その超技術が戦闘兵器の開発にも生かされているのなら……。
そしてそれは程なくして証明されることになった。
この国の首都東京。その町中の建設用地の一つに覆面に全身タイツと言う、怪しさ以外には何も無い集団が現れた。
「クロウラー! クロウラー!」と奇声を発しながらたむろする集団の中心に、一人だけ違う格好をしている者がいる。
豊満な胸を半分だけ覆った、手足の露出度も素晴らしく激しい戦闘スーツに身を包み、体のあちこちに棘やカッコ良さげなメカをいくつも装着したその姿は、誰もが想像するであろう悪の女幹部の姿そのものであり、実際に帝国内でその役職を担う女性なのだろう。
「ここが方舟旗艦の上に作られた首都か。聞いていたよりはつまらぬ街だな」
街並みを睥睨しながら朗々たる声で女幹部が言う。大変な美声だ。その声を聞いただけで「この
第一次先発隊であろう彼女らは、その初登場を果たした栄誉に酔いしれるように鬨の声を上げていたが、無論誰もいない場所でこんなことをしていた訳でもなく、何百人もの通行人がその場に立ち止まって様子を伺っていたのだが、程なくして巡回中の陸上保安庁の保安員がやってきた。
「なんだ君たちは! そこで何をしている!」
野次馬を掻き分けて保安員がやってくる。不法侵入であり不法占拠であるのは間違いないので、まずはその罪状で拘束しようと向かって行ったのであるが、一番手前にいた戦闘員が無造作に手を上げると、そのデコピンの一撃で近づいてきた保安員をふっ飛ばした。
「!?」
野次馬から声にならない悲鳴が上がる。
大体あの手の珍妙な格好をしている者たちは中身はモヤシ人間だと相場は決まっているのだが、どうやら彼女たちは本当に強いらしい。あの「お莫迦な宣言」としか思われていなかった宣戦布告が「本当に本気」だったと、この場に居合わせた者たちはその力の証明を見せ付けられた。
「うわーっ!?」「きゃーっ!?」
悲鳴が上がり蜘蛛の子を散らすように野次馬が逃げていく。定型文をそのまま書いているだけと思われるが、人間全力で逃げるとなったら本当にこうなってしまうので仕方ない。
「ふふふふ、逃げろ逃げろ! 今は逃げおおせてつかの間の平和を享受するがいい。いつかは我らの手に下るのだからな、この国の人間全てが!」
「そこまでだ!」
女幹部の美声を邪魔するように声が上がった。
「なにやつ!?」
せっかく格好良い台詞でキメたのに空気の読めないのは誰だ、と言わんばかりの表情で声のした方へ振り向く。
そこには堆く積み上げられた建設資材の上に立ち並ぶ五人の若者の姿が。
「誰だきさまらは!」
「悪に名乗る名など無い!」
女幹部の誰何に、真ん中に立つ赤色系統でまとめた私服の青年が答えた。
「行くぞ! とう!」
青年が掛け声と共に飛び出していく。両脇の残り四人もそれに続く。
着地と共にカッコ良い構えのポーズに入る五人。そして「変身だ!」という赤い青年の声を合図に、全員ポケットから秘密道具らしき小型の機械を出すと、再び様々なポーズを決め始めた。それに連れて五人の体が光に包まれる。
その光の中で着ていた服が消えたり、各々の色のバトルスーツが着装されたり頭にはヘルメットが被ったりとなんやかんや行われた後に光が消えると、そこには変身を遂げた五人の戦士が立っていた。
「燃える闘志の赤き車輪、レッドセンシャー!」
変身を終え、まずは真ん中にいた赤い私服の青年がそのまんま赤い戦士に変身して名乗りを上げる。
「空を切り裂く青き砲弾、ブルーセンシャー」
青き戦士に変身した青年が続いて告げる。彼の名乗りはセンシャーの後にエクスクラメーションマークが付かない厳かなものである。
「弱きを守る黄色き装甲、イエローセンシャー!」
黄色の戦士に変身した女性が正に黄色い系の声を張り上げる。セクシーさとカッコよさが同居した男勝りな女戦士系のポーズも添えて。
「魂動かす緑のエンジン、グリーンセンシャー!」
緑の戦士に変身した青年が力強く言う。常に誰かのサポートや相談役に回っているような、底深い力を感じさせるポーズと声。
「絆を繋ぐ桃色のボルト、ピンクセンシャー!」
桃色の戦士に変身した女性が叫ぶ。清純そうな声と無理やりやらされているようなコケティッシュなポーズのギャップが非常に可愛い。
そして五人が改めて並んで、揃いの名乗りを最後に決める。
「悪を履帯でひき潰せ! 戦車戦隊ダイセンシャー!」
その揃った声と共に五色の爆煙が五人の後ろで勇壮に爆ぜた。発破用のダイナマイトだろうか。こんな町中の工事現場で発破作業があるのも変な話だが。
その前にそんな疑問をすっ飛ばして、お前ら名乗ってるじゃないか! という突っ込みもあるだろうが「本名を名乗らない」とかそういう意味だったのかもしれない。
「戦車戦隊だとぅ?」
ここにいたるまで1、2分ほどの時間が消費されているが、彼らが資材上からジャンプするのも、一人ずつ変身していくのも、最後の全員の名乗りの背後でどかーんと爆煙が上がるのも静かに見守っていた女幹部が訊いた。もちろん幹部が何もしないので戦闘員の皆さんも静かに見守り続けている。
「悪の鉄車帝国デスクロウラーの悪事は、我ら戦車戦隊ダイセンシャーが許さない!」
「ほほう、我らに立ち向かうというのか?」
悪と悪が二つ重なってたり、悪事といっても今のところ保安員をデコピンでふっ飛ばしただけなので、むしろ町中で五つも爆発を起こしているあんたらの方が悪いことしてるんじゃないのかとか色々言いたいところはあるのだろうが、そこは全部受け流す態で女幹部が嘲笑する。でっかい器だなぁ。
「面白い。兵士達よ、やっておしまい!」
「クロウラー!」
そのお約束な言葉が聞きたかったー! という嬉しさも込めて戦闘員たちが雄叫びを上げながら戦車戦隊へと向かっていく。
「行くぞみんな!」
「おう!」
そしてそれに立ち向かうようにダイセンシャーも飛び出した。
その初接触からなんやかんやあり、一年ほど戦いが続いて、最後は超巨大ドリル陸上戦艦型移動要塞であるデスクロウラー本拠地とデスクロウラー総帥を一挙に倒すことによって戦いは終結を迎えた。
しかしてこの国全土を巻き込んだ戦いの当事者とその対抗組織は結局ほとんどが謎のまま終わっている。
最初は戦車戦隊はこの国が極秘裏に用意していた秘密組織なのではないかと思われていたが、この国の政府はあっさりとそれを否定。
戦車戦隊も超巨大輸送空母を拠点としていたため、その所在も知れず、数少ない資料により概要が大まかに知られるようになったのは最終決戦の後である。
さて、そんな第三次世界大戦級の戦いが終わった後、その戦いに参加していた隊員はその後どうなったのか。
戦車妖精と呼ばれるものに、その力を見出されていきなり戦車戦隊に選ばれたものだから、いざ戦いが終わってみると、その後はどうして良いのかわからなくなってしまった――というのがその実情である。
というわけで、戦いの最中は熱血漢でならしたレッドセンシャーこと大鉄輪大吾は こんな怠惰な生活を送っていたのである。
渦中は一応自分たちの存在は秘匿するように戦車戦隊は戦っていた。こういった特殊な対応をしなければならない組織は情報を公開しても利点にならないほうが大きいからだ。しかしそれでも町中での戦闘が発生した際には、戦いが長引けばマスコミの撮影班も駆けつけたりしていたので、その素顔は意外に知られたものとなっていた。
だから彼らの顔や存在は戦いの後半には良く知られたものとなり、鉄車帝国との戦いが終わった後に、「一応」この世界を救った英雄である彼らの姿を見ようと一時はひっきりなしにこの場所に様々な人が現れた。他のメンバーはその後の所在がようとして知れないが、彼だけはこの公園にいるのである。
しかしこんな格好で呆けている彼の姿を目撃すると「見なかったことにしよう」という態で、結局みんな離れていくのであった。「あれは良く似た別人なんだ、多分!」とか「やっぱり本物のレッド様は二次元の中にしかいないのだわ!」「やっぱり青×赤よね!」「緑×青も捨てがたいわ!」など、平日の日中から公園でごろごろしているあの青年をダイセンシャーのレッドだとは認めたくないと、みんながみんな涙ながらに逃げ帰っていくのである。
なので今となってはここへやってくるのは、戦車戦隊が殲滅した鉄車帝国の生き残りの戦闘員くらいのものなのだが、本日は戦車に憧れる少年がやってきたというわけらしい。
久しぶりに面倒くさいヤツが来たなーと、大吾は心の中でぼやいた。
ここは方舟艦の外周部である鉄岸が見える場所にある埋立地。
この場所には大規模な火力発電施設があったのだが、最後の戦いの時にここが戦場となり、ほぼ全ての施設が爆発炎上するという悲惨な結果となった。
この公園はその発電施設に隣接して作られていたものなのだが、最後の戦いの際にも奇跡的にほぼ無傷の状態で残った。元レッドセンシャー大鉄輪大吾はそんな場所で時を過ごしていた。
「ぼ、僕、戦車が大好きで、大きくなったら陸場自衛隊に入って戦車乗りになりたいと思ってたんです!」
少年が大吾を訪ねてここへ来た理由を語った。
「へぇ」
そういえば、以前はこの少年と同じようなことを言ってくるやつがいっぱいいたなぁと、何の気なしに大吾は思った。
「そんな時、ダイセンシャーのみなさんが登場して、この国を救ってくれて、だから僕、どうしても会いたくて、憧れなんです!」
「憧れねぇ……」
頭をバリバリかきながら興味なさ気に大吾が答える。
「じゃあ俺の相手なんかしてないで、戦車の乗り方の本とか読んでりゃ良いじゃん」
「そ、そうですけどっ、でもそれでも大吾さんたちが一番戦車の乗り方に詳しいわけじゃないですか戦車戦隊なんですから!」
少年はどうしても本物の真実が知りたいと熱い熱意(重複)を憧れの人に向けるのだが
「俺たちは戦車の扱いには長けているが、戦車の乗り方に長けているワケじゃない」
「……え?」
あまりにもあっさりと怜悧に返されてしまった。
「おまえさぁ、将来戦車乗りにないたいっつーんなら、実戦配備された戦車は最低でも二人乗りだって知ってるよな? 一人で動かせる戦車なんて瑞典のあの謎戦車しかないっつーことも」
「……Sタンク、ですよね」
少年はすこしためらいながらそれでも澱みなく答えた。
Strv.103――通称Sタンクは、主砲が車体に固定装備された瑞典陸軍が保有していた主力戦車の一種である。砲塔を持たない戦車だ。
「それって自走砲とか駆逐戦車っていうんじゃないのか?」などの突っ込みはあるのだが「主力戦車である」と瑞典軍は語っているのでまぁ主力戦車――MBT《メインバトルタンク》なのだろう。
瑞典は外国に攻め込む気が全くない。そして兵員も武器も豊富な露州連邦(露国)と違い、戦車は貴重な戦力であり、乗員はもっと大切な宝である。それをそのまま具現化させたSタンクはその待ち伏せ戦に特化した特異な形状が話題に上るが、注目すべきはその操作方法である。
Sタンクの運用は車長、操縦士、通信士の三名によって行われる。そしてこの全員の席に全員分の操縦装置が設けられている。つまり操縦装置が三つ。通信士席は後ろを向いた配置なのだが、操縦装置も後ろ向きに付けられている。後退用だからだ。そして射撃装置は車長席と操縦士席の二つに付いている。
通常戦闘に入った場合、操縦士は射撃手もかねる。これは車長が戦闘指揮に専念するためだ。
そうして砲弾は自動装填であるのだから、つまり、車長か操縦手のどちらかがいれば一人で操縦できるということになる。
しかしこれは車体に砲が固定されていると言う特殊な車体構造だから可能なのであって、付け加えるならば、戦場においては射撃も操縦も戦闘指揮も通信も一人でこなしている戦車は何の役にも立たない。いや、戦車のそもそもの存在理由が「歩兵の盾となる」ことなのだから基本的な役目は全うできるが、それでも通常運用から逸脱した特異な対応でしかないだろう。
「俺たちは一人ひとりが一台の戦車を扱っていた。Sタンクみたいな緊急事態での一人乗りじゃない。いつでも一人だ」
そして彼らは戦車戦隊という超人の集団。人智を超えた力で戦車を操っていた彼らに、一般法則は通用しない。
「まぁどういう理由かいまだに分らんが敵の策略で戦車がいうことを訊かなくなった時には、五人全員が一つの戦車に乗って手動で動かしたことはあるが、それでも90式や10式を動かしてる本物の戦車乗りに比べたらヘタクソだろ」
「……でも、それでも!」
「クロウラー!」
諦めきれない少年の思いを無情にも切り裂くように、どこかで聞いたことのある台詞が公園に轟いた。
「あ~、また一人おいでなすったか」
そこには全身タイツに覆面という怪しさ120パーセントの男が。
「デスクロウラー戦闘員!?」
少年が驚いて声を上げる。
「壊滅したんじゃないんですか!?」
少年の驚愕は続く。
そう、目の前にいる大鉄輪大吾がそのメンバーの一人として戦ったダイセンシャーの活躍により、世界征服を野望に秘めた悪の組織は一掃されたのではなかったのか?
「まぁ前進基地的な隠れ家とかアジトとかあっただろうからなぁ。そこに駐屯してたヤツらとか殲滅しきれなくてまだ残ってるんだよ。そしてそんなヤツラが俺のところにやってくる。よせば良いのに」
ぼさぼさの髪を更にぼさぼさにするように頭をかきながら、大吾がゆらりと立ち上がった。
「俺たちを倒せばデスクロウラーの再興が叶うと信じて疑わないんだよ、な?」
大吾がそういうと「クロウラー!」と同意するようにはぐれ戦闘員が答えた。
「まぁそういう思いの拠り所を作っておかなきゃ生きていけないってのもあるけどな」
大吾が苦笑気味に笑う。そしてその眼差しが真剣なものへと変わる。
「そして、自分だって華々しく散っていきたいって願うのも、残されちまった者の矜持ってやつだ」
その大吾の言葉に「クロウラー!」と答えながら、戦闘員は懐(全身タイツのどの辺りが懐なのか不明だが)から懐中電灯のような形をした小型機械を出した。
そしてそれを公園の向こうで停車している一台のクローラーダンプに向けた。クローラーダンプなるものを知らない方に軽く説明すると、通常はタイヤで走るダンプの足回りを履帯移動式にしたものである。不整地での運用に長けたダンプ、ということだ。
「クロウラー!」
撤去作業が続く火力発電所後の一角に置いてあったそのクローラーダンプに戦闘員が小型機械を向けると、そこから謎の光線が放射された。それはクローラーダンプに命中すると、その車体が粒子状に分解される。光の微粒子となった車体はそのまま小型機械に吸い込まれ次の瞬間猛烈な光を発した。
そして光が収まった其処には一人の怪人が立っていた。
「……戦車怪人」
少年が息を呑む。
「ボルガー! ボルガー!」
怪人となった戦闘員が怪人としての雄叫びを上げた。
戦車の車体が後部を下にして立ち上がったような状態に、キャタピラの両脇から長い腕が生え、車体後部だった下面にはほとんど足首しかないような両脚、車体前面だった上面には頭部が載っている。
『怪奇、T34男』
どこからともなく渋い声が聞こえた。この怪人は露国の主力戦車の一種であったT34を元にした怪人であるらしい。そしてその声はT34男が直接言ったのか、どこかに隠れたナレーターがアナウンスしてくれているのか不明だが、デスクロウラーとの本戦時代からこんななので、今更誰も突っ込まない。
怪人T34男となったはぐれ戦闘員が大吾を睨み付ける。
戦車であるT34がそのまま立ち上がったのなら物凄い大きさ(車体長6.1メートル)だが、相手は二メートルくらいの大きさに収まっている。三分の一スケールくらいだろうか。そしてそうやって怪人形態になると縮小されるのも鉄車帝国怪人の特長だ。
「あ~、また罪のない重機車両が一つ犠牲になっちまったか」
いったいどの当たりが罪のないなのか不明だが、とにかく重機車両の一台が生贄となって新たな怪人が創生されてしまった。
大吾はやれやれと言いながら上着のポケットから小さな機械を出した。
「まだ持ってるんですねそれ!」
それがダイセンシャーへの変身アイテムだと気づいた少年が再び声を上げる。
「だって捨てるわけにも行かないし」
変身アイテムの各所をカチカチ動かして動作チェックしながら大吾が答える。
「色々諸々考えたら、俺たちがそのまま持ってるのが一番の安全な保管方法なんだよ」
どこか国営の保管施設に預けるのも考えたが、そこに誰かが侵入して、そのアイテムを手に入れた者が、もし間違ってダイセンシャーに変身できてしまったら大変なことになるのは分りきったことなので、それが一番の判断なのは確かだ。
「変身!」
チェックが終わった変身アイテムをかざすと、大吾が雄叫びを上げた。アイテムの出す光に包まれた大吾の服が消えバトルスーツに変わりヘルメットが被せられる一連のシークエンスが終了すると、そこには赤き戦士が立っていた。
「レッドセンシャー!」
その変身を間近で見れた少年は、出現した本物の赤き戦士を前にして涙や涎を吹きこぼさんばかりに感動していた。鼻血も出た。
「よし、戦車出してとっととケリつけるか」
「!!!」
その発言に少年の気持ちがMAXに高ぶる。遂に本物の戦車戦隊の扱う本物の戦車が目の前に現れるのだ! それは胸が躍らないわけにはいかない。耳血くらいいっちゃったかもしれない。
戦車戦隊のレッドセンシャーといえば、独軍系の車両を使って当時は戦っていた。だからパンサーとかタイガーとかその辺りの強戦車が出てくるのかと期待が高まる。
(それとも当時は使わなかった現用戦車のレオパルドとか)
少年のときめきは加速して、いやがおうにも期待は強まる。
「出でよ、わが鋼鉄の戦友!」
戦車召喚用のポーズを取りながらレッドセンシャーとなった大吾が叫ぶ。そうして時空が歪み、その裂け目からまろび出るように一台の履帯車両が現れた。
「……――?」
その戦車の登場に少年の目が点になる。
確かにそれは独車両だった。しかしそのあまりにもコンパクトにまとまりすぎた車体は――
「一号戦車ーっ!?」
一号戦車。独陸軍が第一次世界大戦後、初めて量産した戦車である。
訓練および生産技術の習得のための軽量簡易な軽戦車として開発されたが、本来の実戦用戦車である主力戦車三号、支援戦車四号の数が揃わず、第二次世界大戦開戦直後の波蘭土侵攻作戦等、二号戦車と共に実戦に投入された独軍の主力戦車の一つである。が、しかし
「なんでそんな激弱戦車なんですか!? しかもよりによってA型!?」
少年はその美しさと無骨さが共存する独車両特有の優美な「小さすぎる」車体に思わず全力で突っ込んでしまった。
「むっ、莫迦にスンナよ! 独陸軍の初期電撃戦を成功させたのは、この機関銃二丁しか積んでない訓練用の一号と20ミリ砲しか積んでない偵察用の二号戦車なんだぞ!」
「それって自分でもさり気に莫迦にしてませんか!?」
「ウルセェ!」
大吾=レッドは少年に言い返しながら一号戦車の車体を上り、砲塔のハッチを開いてそこに上半身だけ出した状態で収まった。平時に車体を進ませる車長の位置だ。
「行くぞT34男!」
「ボルガー!」
「唸れ、正義の業火を受けてみよ! 連装7.92ミリ機関銃!」
正義で業火というのが間違っているよう気もするが、とにかく砲塔に二門据えられた銃口が火を噴いた。T34男にほぼ全弾が命中する。しかし胴体正面(本来の車体下面)やキャタピラに着弾しても全然堪えた様子がない。
「さすが戦闘員が元でも怪人は怪人、全然効かねえなぁ」
主砲が機関銃二門の戦車を呼び出した時点で全てが間違っているのではないのかと少年も思うのだが、それは心中で留めて口には出さないでおく。
少年の密かな思いなど全く知らないレッド=大吾は、車体側面についている斧に手を伸ばすとそれを掴んで取った。大体の戦車には片刃斧が装備されているが、絡まったワイヤーやチェーンを切断したり、木や枝を切って簡易迷彩を作ったりと何かと使える便利な道具の一つである。
「くらえ、アックスシュート!」
レッドはそれをぶん投げた。まるで回転のこぎりのように飛んでいった斧は、相手のキャタピラ部分に当たったが、車載用の斧程度の強度では履帯のつなぎ目を切ることすら叶わない。ようするに全然効いてない。
「しょうがねぇなあ」
レッドは今度は車体側面についているジャッキに手を伸ばすとそれを掴んで取った。ジャッキとは応急修理時に車体を持ち上げる工具である。自動車修理には欠かせないものであり、大概の戦車にも標準装備となっている。
「くらえ、ジャッキシュート!」
レッドはそれもぶん投げた。それは相手の頭に直撃し、ゴーンっとなかなか良い音がした。しかしこれも効いているような気配がない。
「やっぱりきかねえか」
「……なんか回を追うごとに武器が適当になってませんか?」
「斧よりジャッキの方が破壊力あるぞ、重いから」
「ていうかどっちとも投擲……」
「大概の攻撃は投擲か射撃だ」
「ボルガー!」
そうやってレッドと少年が言い合いしていると、今度は怪人の方が攻撃の姿勢を見せる。
怪人が横を向くと、背中に背負っている砲塔が天を向いていた砲身を下へと旋回させて、その砲口をレッドたちのいる場所へと向けた。そしてすかさず発砲。
「む」
レッド一人なら避けるのは容易いだろう。しかし今ここには自分以外に人間がいる。
「こいつはイエローの得意技なんだがなぁ」
レッドはそうぼやきながら、しかして砲弾が発射されると同時に一号戦車を走らせ、少年を守るように攻撃の矢面に出た。そして右手をかざす。
「センシャーシールド!」
そう言いながら発生させた防御磁場に砲弾が直撃し爆発が起こる。
「うわぁっ!?」
少年が叫ぶ。防御磁場への直撃の爆光に包まれて一瞬何も見えなくなる。
「大吾さん!」
「だいじょうぶだ」
少年の心配の声にレッドが応えた。光が薄れると殆ど無事な姿でレッドと一号戦車が現れた。
「イエローほどじゃねえが、この程度の攻撃、俺だって防げる」
「ボルガー!」
殆ど無傷な相手の姿にT34男が悔しげな叫びを上げる。
しかしこのままでは戦車戦隊側の攻撃は殆ど通じず、鉄車帝国側の攻撃は殆どが弾かれるという、どうにもならない状態に突入したことになる。
「このままいけると思ったんだが、しょうがねえか」
半ば諦めたようにレッドが言いながら、新たな攻撃サインを出した。
「一号戦車変身!」
レッドが雄々しいポーズを決めながら叫ぶ。
戦車戦隊の力の一つとして、呼び出した戦車にバリエーションが存在するならば、そのバリエーションの車体へと戦車を変身させることができるというのがある。
光に包まれた一号戦車の砲塔が消失すると、その上に15センチ重歩兵砲33年型が突如として出現し、それがそのまま砲塔の無くなった車体上に乗っかる。そして車体と歩兵砲を覆うようにコの字型の装甲が前面に被せられた。車体後部が光を放出するように粒子状になり、今まで四輪だった転輪が五つに増え、地面に設置していた最後部の誘導輪が上へと持ち上がった。
その変身の間どこに行っていたのかレッドの姿がいきなり現れ、増加装甲内の車長の位置へと降り立つ。
「変身完了! 一号自走重歩兵砲!」
レッドの雄叫びと共に戦車の変身が完了する。
一号自走重歩兵砲とは本来の主力戦車である三号、四号の配備が進み、不要になった一号戦車B型を用いて15cm重歩兵砲を搭載した車両だ。仏国侵攻に合わせて38輌の一号B型がこの自走砲へと改装された。
レッドは車体の上に載っている重歩兵砲の車輪の片方を外すとそれを構えた。一号自走重歩兵砲の特長として、その車体の上に15センチ重歩兵砲を何も手を加えずそのまんま載っけただけと言う豪快な設計――設計というのもおこがましいが――というのがある。これに箱型の増加装甲をつけただけで「自走重歩兵砲」と言いきってしまう辺りに、独国民のファンキーぶりがわかるだろう。車体から降ろして単体でも運用できるというような現場への配慮だったかも知れない。1.75トンもある歩兵砲を現地でどうやって降ろすんだって? 知らん。
「33式ビッグホイール!」
そしてレッドは相手に向かってそれを外してぶん投げるという、さらにファンキーな攻撃手段に出た。
「15センチ砲撃たないんですか!?」
少年の突っ込みと共に33式ビッグホイール――砲架移動用車輪は敵に向かって回転しながら飛んでいくが、やはりというかなんというか直撃しても大したダメージは与えていなかった。
「やはり効かないか」
レッドはそう言いながら投げずに残っていたジャッキの一つを本来の用途で使って、失われた車輪の代わりに傾いだ砲の姿勢を戻していた。そんなことをするならジャッキの方を投げていれば……と、その時点で論争が間違っているな。
「しょうがねぇ、これで決めるぜ!」
レッドはなんだか必殺技の前段階っぽいカッコイイポーズを決めると、右手をスッと相手に向けて突き出した。
「フィフティーンセンチバレットシュート!」
レッドの咆哮と共に、一号自走重歩兵砲の最大の武器も咆哮した。
なんだかカッコよさ気な必殺技名がついているが、要は15センチ砲弾発射である。そして何の問題も無く直撃。
「ボルガーっ!?」
T34男が断末魔の悲鳴を上げてくず折れる。
いかに怪人とはいえ直径15センチもある砲弾の直撃を受けて無事のわけがない。まして、戦闘員から変身した能力の劣る怪人である。
「鉄車帝国に栄光あれー! クロウラー!」
お決まりの爆死台詞を残して吹っ飛んだ。というか喋れたんだな。
「……死んじゃったんですか?」
戦車怪人の残した爆風にけほけほむせながら少年が聞く。
「あれを見てみな」
さっさと変身解除と一号自走重歩兵砲を送り返すのをしながら、レッド=大吾は答えた。親指をT34男が爆死して果てた方へと向ける。
「……あ!」
煙のはれたそこには、うつ伏せに倒れる元戦闘員の姿が。ちなみに頭はアフロだ。
「ああやって帝国崩壊後になってからやってくる戦闘員が怪人になるヤツは、爆発すると今までの悪さをしてた記憶が全部すっ飛んで、自動的に真人間に改正されるみたいなんだよな。爆発から人体を守る防御フィールドとかも考えたら凄い技術だよまったく」
大吾はそう言いながら倒れ伏すはぐれ戦闘員の下へと歩いていく。
「おい、だいじょうぶか?」
大吾がそう言うと元戦闘員はゆっくりと顔を上げた。
「……あ、ぁ……ここは?」
記憶が混乱しているらしい。今まで自分がどこにいて何をやっていたのか全然思い出せない様子。
「悪い夢でも見てたんじゃねえのか?」
大吾がそう言うと
「夢……そうか、夢か」
なんだか納得したように言うと元戦闘員は身を起こした。ちなみに爆発に巻き込まれ(と言うか自分自身が爆発しているのだが)ているので、着ていた全身タイツの殆どは吹っ飛んでいる。一応大事なところは隠すように股間の辺りに布切れが「何故か」残っているが、完全に変質者の装いである。頭アフロだし。
「夢……つらくて、きつくて、痛くて……でも」
半裸の男がそう言いながら立ち上がり、空を見上げた。
「なんだか清々しい夢だった」
雲ひとつ無く晴れ渡った空のように、今の彼の心の中も真っ青に澄んでいるのだろう。
「そうか清々しいか、そりゃいい」
大吾もそれを聞いて満足そうに笑うと、ポケットからくしゃくしゃになった紙切れを出した。
「ほら持ってけ。その格好じゃあ人前で満足に歩けやしねえ」
大吾がそういって元戦闘員に渡したのは5000と描かれた紙幣だった。
「良いのか?」
「あんたの清々しい門出の祝いだよ」
「すまん、恩にきる」
「この先に服も売ってるリサイクルショップがある。それだけありゃあ一通り揃うだろう」
「なにからなにまですまんな。なんと礼を言っていいか」
「礼をしたいんなら、もう二度とここに来るな。俺は静かに暮らしたい」
「……わかった」
彼も少しずつ何かを思い出してきたのだろう。その言葉に従うのが一番の贖罪だと感じた元戦闘員は、それ以上はなにも告げず去っていった。
「ったく、今月分のメシ代がなくなっちまったぜ。またせびってこねえとな」
大吾はそうブツブツ言いながら寝床にしているゴザへと戻っていく。
「……大吾さん」
その後姿を呆然と見送っていた少年は余りのことの連続に、感動で大粒の涙を零していた。
「大吾さーん!」
寝床へ戻ろうとする大吾の隣へ縋るように少年が駆けた。
「やっぱり大吾さん凄いです! 格好良いです! 弟子にして下さい!」
「お断りだ!」
号泣しながらの少年の願いを、意図も簡単に切って捨てる大吾。
「お前は別に戦車戦隊になりたいんじゃなくて、戦車乗りになりたいんだろ? だったら俺なんかよりもよっぽど先生向きなヤツはいっぱいいるぞ?」
「でも! でも!」
「あーうるさいうるさい、俺は疲れた、もう寝る!」
大吾はゴザの上に戻ると、そのままゴロリと横になって少年に背を向けた。
「だったら良いって言うまでここで大吾さんのことを静かに視姦してます」
少年の余りの言葉に大吾は思わず「ぶっ!?」と吹き出してしまう。
「なんだそりゃ!?」
「見取り稽古です!」
「……寝てる俺なんか見てるより、元戦車乗りだった俳優が作った神風って舞台でも見に行った方がよっぽど勉強になるんじゃねえのか?」
大吾はそこまで言うと、もうこれ以上相手にしても埒が明かんと、目を瞑って静かになった。いくらもしないうちにぐーぐーと寝息が聞こえてきた。戦車戦隊の一人として世界を征服しようとする組織と一年もの間戦ってきた男なのである。この程度の衆人監視では、それだけの戦いを潜り抜けてきた彼の肝っ玉はびくともしないだろう。
「大吾さん、僕……諦めませんから」
戦い疲れて眠る戦士の背中に一礼すると、少年はかつての英雄が暮らす公園を後にした。
「また来ます!」
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