第2話
アンシェルは、悪夢から飛び起き、更に混乱した。
知らない部屋に、そんな所で寝かされている状況に。緩くなった瞳からまたボロボロと涙がこぼれ出す。
「アンシェル」
ジェンダの声に、気遣うその顔に先ほどの、夫の、カルラドの言葉を思い出した。
「いや……」
「アンシェル!」
「いや! いらないの! わたくしが、邪魔だったから!」
「何をしているのです、ジェンダ!」
髪を掻き毟るアンシェルの腕を抑えたのはジェンダの母親。ジェンダは小さく呪文も唱え、くたりと力が抜けたアンシェルの身体を横にした。
「大丈夫よ、私たちに任せない、ね」
「お、ば、さま……」
額に張り付いた髪を優しく梳く、ジェンダの母親。
「もう少し眠っていいから」
「わたくし……」
ぷるぷると小さく首を振るアンシェル。
「ジェンダ……、わたくし、帰りたくない、会いたくないの……」
「うん、ここにいていいから、ね」
雫の盛り上がる瞳をそっと手で覆い、小さく眠りの言葉を唱えた。
「母様、アンシェルをお願いします」
「ええ、いってらっしゃい」
夜遅く、帰宅したカルラドは出迎えに妻の姿がないことを問い、眉を下げた使用人から常識のない客の訪問を知らされた。
「コンバンワ」
「君か」
言いながらカルラドのその目は、妻、アンシェルを探す姿にジェンダは苦笑した。
「アンシェルはしばらく家で預かるから」
「はぁ?」
「こんなところに帰すわけないでしょ。だって、貴方は、マリン嬢を王妃にするためにアンシェルと結婚したんだものね」
「はぁ? なんだそれは、前提がおかしいだろ」
眉間を寄せるカルラドから漏れ出る魔力は、不快感が抑えられていない。
「そう? 執務室で、貴方たちが言ってたの、丸聞こえだったけど?」
その言葉に一気に顔色を変えた。
「え、それを、聞いて……」
「ええ、しっかりアンシェルと一緒にね」
「っ!」
踵を返すカルラドがドアノブに触れた瞬間、バチッ!と放電し手は弾かれた。
扉を封じたのはジェンダ。カルラドになら簡単に解呪できる程度の力しかないけれど、足止めには十分だった。
「アンシェルは貴方に会いたくないそーよ」
「それでも! 話せば、彼女ならわかってくれるっ」
解呪を始めるカルラドに止めをさす。
「無理よ。今は何を言ったって、貴方の言葉は信じないわ。だって、殿下にマリン嬢を引き合わせたのは貴方だって、アンシェルは知ってるもの」
「え」
カルラドはゆっくり振り返った。
「アンシェルの目の届くところでは、殿下とマリン嬢を非難しておいて、傷ついたアンシェルへ優しい言葉で慰める。ふふ、ホント役者よねぇ、魔術師団長より役者の方がお似合いじゃなくて?」
「……」
マリンとの関係が知られていたことがよほどショックだったらしく、ジェンダの嫌味に一点を見つめたままピクリともしないカルラド。
「でも、アンシェルはそんな貴方の茶番に気づいていて、貴方との婚姻を選んだのよ?」
その意味に、ほんの少しの期待を乗せた目がジェンダに向く。そんなカルラドに半眼を向け、ジェンダは大げさに息を吐いた。
「なのに、次期魔術師団長の座をアンシェルとの婚姻と引き換えに確約させたこと、なーに、ペラペラしゃべってんのよ。そこ、アンシェルには内緒にしてたのに、台無しじゃない」
「くっ……それは」
「せっかく私が手を貸してあげたのに、これじゃあ庇いようがないわよ」
冷めた紅茶を手ずからカップに注ぐ。
質のいい紅茶は冷めても美味しいのね、なんてことを思いながら。
「きっと、アンシェルは貴方との離縁を望むわ」
「だ、ダメだ! しない! 離縁はしない!」
「ええ、今離縁なんてしたら、アンシェルの父親も、王妃様も喜んで、貴方との婚姻の記録自体白紙に戻して、第一王子の妃として、王太子妃として、次期王妃として王家に取り込むでしょうね」
「だめだ、だめだ、そんなことさせない、だめだ」
うわごとのようにカルラドは繰り返す。
「そうね、私も嫌だもの。だから、半年。半年だけ期限をあげる。来年の春までにマリン嬢をなんとかしなさい」
「待て、王妃の定めた期間は一年半ある」
「アンシェルの離縁を留めてあげれるのは半年が限界よ」
「……」
「半年で王妃様を納得できないなら、アンシェルのことは諦めなさい?」
「こ、ここまで来て諦めるわけないだろう!」
「じゃ、期待してるわ。ねぇ、これ」
帰宅したカルラドが置いた箱は人気の菓子店のもの。
「アンシェルへのお土産でしょ? 渡しといてあげるわ、私からって言って。ふふ」
誰よりも、近くでアンシェルを見てきた。
八年間の妃教育の努力も、ずっと、ずっと見てきた。だから……。
「……私とカルラドがグルだったなんて知られたら、きっと、アンシェルに嫌われちゃうなぁ……」
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