第3話
『んんーっ』
幸せそうにデザートを頬張るアンシェルとジェンダ。
昨夜、甘味好きのカルラドの買ってきた菓子はしっかり二つ。朝食後に二人で食べようとしてたんだろう。ふふ、ザマアミロとジェンダはにやけた。
期限を半年と定めたのは、来年の春に子供が産まれるから。だから半年しかない。
産まれた子供を見たら、気持ちがどうであれ、アンシェルは子供のためにカルラドとの離縁を諦めるだろう。心を閉じて、全てを諦めて。
それでは意味がないのだ。カルラドと手を組んだ意味を失くしてしまうから。
目的のためにカルラドにはせいぜい半年間あがいてほしいのだ。
お茶を飲みながら、アンシェルは薬指に収まった指輪を見ていた。くっと引き抜こうとし、息を吐き、諦めた。
「ダメね、きつくて抜けないわ」
ジェンダの目には魔力の揺らぎが見えていた。呪いのように絡みつくカルラドの魔力に苦笑しかない。
「本当に、ダメね、分かっていたのに、知っていたのに……」
カルラドとマリンとの繋がりのことを言っているのだろう。
「好きだって、言われて嬉しかったの、そんなの初めて言われたのだもの。一緒にいたいって、……知ってたのに信じてバカみたいよね、本当に…………でも、最後までウソをついててほしかったな……」
魔術師団長より、役者がお似合いなカルラドのことだ。これまでも目的のためなら何だってしてきたのだから、何とかするだろう、最短で最善の方法で。
*
「カルラド、具合悪いの? ね? 横になったら?」
こてん、と首をかしげるマリンにカルラドはありがとうと、笑顔で頭を撫でた。
「マリンは優しいね」
「そんなことないわ、カルラドは大切な人なんだから、心配するのは当たり前のことよ?」
「なんだ、君の妻は夫の体調を気遣うこともしないのか?」
その言葉にマリンは嬉しそうに目を輝かせる。
第一王子マティアスは、なにかにつけて、アンシェルを貶めマリンを持ち上げていた。
在学中、成績は常にトップのにいるアンシェルは、マティアスの自尊心に傷をつける疎ましい存在だったのだろう。
「えー、奥さんなのに、アンシェルさんって、やっぱり冷たいの?」
「妻のことはいいではありませんか、それよりも、来週の視察ですが」
「ええ、藍絹の視察でしたね」
マティアス殿下の“知”と呼ばれる補佐、レナルドは書類をめくる。
話を切り替えさせたが、マリンはまだ引きずりたいようで、マティアス殿下の“剣”、護衛騎士フリスの裾を引っ張っている。
「ねぇねぇ、カルラドとアンシェルさんって、結婚生活、やっぱりうまくいってないの? ね、ね」
「マリン、話を聞きなさい」
カルラドに諫められ「はぁ~い」と、ぺろりと舌を出す。
「来週の視察は、クリフト殿下と婚約者のシルヴィア様も行かれるそうですよ」
「なぜ?」
第二王子クリフトの名に訝しむマティアス。
「シルヴィア様も王家の藍絹に興味を持たれたらしいです」
「女性は藍絹のドレスをご所望らしい」
はぁー…と大きくため息をつくカルラドに合わせて肩をすくめるレナルド。
「えー! 私も藍絹のドレスほしい! ねぇ、マティアスさま」
抱き着かれ、大きな胸を押し付けられ「ああ、用意しよう」と簡単に頷いた。
視察当日、その日は通常の二時間で目的地についた。
「前回はマリンが道中、休憩や買い物に止まり、三倍の時間が掛かっていましたが、今回は……」
レナルドが目を向けるのは第二王子、クリフト殿下と婚約者のシルヴィア嬢。
前回同様、道中気になった店に寄りたいと馬車を止めたマリンと、第一王子に、
「兄上、私たちは先に行きます。そんなくだらないことで、領民を待たせるわけには行きませんからね」
その言葉に、マティアス殿下もマリンを馬車に連れ戻し、第二王子を追うように、一度も休憩することなく目的地に着くことができた。
「やだ! 私が見たいのは藍絹なの! こんな気持ち悪い虫見たくないわ!」
時間通りに着いたからといって、視察がスムーズに行われる訳ではなかった。
領主の自らの案内で行われた蚕養殖場の視察は、工房へ一歩踏み込んだだけのマリンの言葉で場が凍った。
領民は怒りに顔を赤くし、それでも不敬にならないよう視線を外した。
「……そうですか、まぁ、工程は、女性には興味ないものでしょうね、シルク工房へご案内いたしましょう」
領主の言葉に、マリンは機嫌を良くしシルク工房へと向かう。
「アンシェル様なら、ロイヤルブルーの復活も夢ではなかったでしょう」
領主の惜しむ言葉をカルラドは黙って受けとった。
このシルク工房は王妃から、アンシェルへと受け継がれたもの。
アンシェルが継ぎ、虹色蚕は繁殖に成功し、パールシルクの生産は量産化した。
そして
シルク工房へと向かう領主に声をかけたのは第二王子、クリフト殿下とシルヴィア嬢。
二言三言、会話の後、領主と共に養殖場へ戻る二人を見届け、カルラドは第一王子とマリンを追った。
「叶えますよ。アンシェルの夢は潰させません」
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