第3話

『んんーっ』


 幸せそうにデザートを頬張るアンシェルとジェンダ。

 昨夜、甘味好きのカルラドの買ってきた菓子はしっかり二つ。朝食後に二人で食べようとしてたんだろう。ふふ、ザマアミロとジェンダはにやけた。


 期限を半年と定めたのは、来年の春に子供が産まれるから。だから半年しかない。

 産まれた子供を見たら、気持ちがどうであれ、アンシェルは子供のためにカルラドとの離縁を諦めるだろう。心を閉じて、全てを諦めて。

 それでは意味がないのだ。カルラドと手を組んだ意味を失くしてしまうから。

 目的のためにカルラドにはせいぜい半年間あがいてほしいのだ。


 お茶を飲みながら、アンシェルは薬指に収まった指輪を見ていた。くっと引き抜こうとし、息を吐き、諦めた。


「ダメね、きつくて抜けないわ」


 ジェンダの目には魔力の揺らぎが見えていた。呪いのように絡みつくカルラドの魔力に苦笑しかない。


「本当に、ダメね、分かっていたのに、知っていたのに……」


 カルラドとマリンとの繋がりのことを言っているのだろう。


「好きだって、言われて嬉しかったの、そんなの初めて言われたのだもの。一緒にいたいって、……知ってたのに信じてバカみたいよね、本当に…………でも、最後までウソをついててほしかったな……」


 魔術師団長より、役者がお似合いなカルラドのことだ。これまでも目的のためなら何だってしてきたのだから、何とかするだろう、最短で最善の方法で。




「カルラド、具合悪いの? ね? 横になったら?」


 こてん、と首をかしげるマリンにカルラドはありがとうと、笑顔で頭を撫でた。


「マリンは優しいね」

「そんなことないわ、カルラドは大切な人なんだから、心配するのは当たり前のことよ?」

「なんだ、君の妻は夫の体調を気遣うこともしないのか?」


 その言葉にマリンは嬉しそうに目を輝かせる。

 第一王子マティアスは、なにかにつけて、アンシェルを貶めマリンを持ち上げていた。

 在学中、成績は常にトップのにいるアンシェルは、マティアスの自尊心に傷をつける疎ましい存在だったのだろう。


「えー、奥さんなのに、アンシェルさんって、やっぱり冷たいの?」

「妻のことはいいではありませんか、それよりも、来週の視察ですが」

「ええ、藍絹の視察でしたね」


 マティアス殿下の“知”と呼ばれる補佐、レナルドは書類をめくる。

 話を切り替えさせたが、マリンはまだ引きずりたいようで、マティアス殿下の“剣”、護衛騎士フリスの裾を引っ張っている。


「ねぇねぇ、カルラドとアンシェルさんって、結婚生活、やっぱりうまくいってないの? ね、ね」

「マリン、話を聞きなさい」


 カルラドに諫められ「はぁ~い」と、ぺろりと舌を出す。


「来週の視察は、クリフト殿下と婚約者のシルヴィア様も行かれるそうですよ」

「なぜ?」


 第二王子クリフトの名に訝しむマティアス。


「シルヴィア様も王家の藍絹に興味を持たれたらしいです」

「女性は藍絹のドレスをご所望らしい」


 はぁー…と大きくため息をつくカルラドに合わせて肩をすくめるレナルド。


「えー! 私も藍絹のドレスほしい! ねぇ、マティアスさま」


 抱き着かれ、大きな胸を押し付けられ「ああ、用意しよう」と簡単に頷いた。




 視察当日、その日は通常の二時間で目的地についた。


「前回はマリンが道中、休憩や買い物に止まり、三倍の時間が掛かっていましたが、今回は……」


 レナルドが目を向けるのは第二王子、クリフト殿下と婚約者のシルヴィア嬢。

 前回同様、道中気になった店に寄りたいと馬車を止めたマリンと、第一王子に、

「兄上、私たちは先に行きます。そんなくだらないことで、領民を待たせるわけには行きませんからね」

 その言葉に、マティアス殿下もマリンを馬車に連れ戻し、第二王子を追うように、一度も休憩することなく目的地に着くことができた。



「やだ! 私が見たいのは藍絹なの! こんな気持ち悪い虫見たくないわ!」


 時間通りに着いたからといって、視察がスムーズに行われる訳ではなかった。

 領主の自らの案内で行われた蚕養殖場の視察は、工房へ一歩踏み込んだだけのマリンの言葉で場が凍った。

 領民は怒りに顔を赤くし、それでも不敬にならないよう視線を外した。


「……そうですか、まぁ、工程は、女性には興味ないものでしょうね、シルク工房へご案内いたしましょう」


 領主の言葉に、マリンは機嫌を良くしシルク工房へと向かう。


「アンシェル様なら、ロイヤルブルーの復活も夢ではなかったでしょう」


 領主の惜しむ言葉をカルラドは黙って受けとった。


 このシルク工房は王妃から、アンシェルへと受け継がれたもの。

 アンシェルが継ぎ、虹色蚕は繁殖に成功し、パールシルクの生産は量産化した。

 そして王家の藍ロイヤルブルー。藍絹の糸を生む藍蚕の復活へと着手したころ、アンシェルは第一王子との婚約を破棄され、シルク工房に携わる一切の権利を失った。


 シルク工房へと向かう領主に声をかけたのは第二王子、クリフト殿下とシルヴィア嬢。

 二言三言、会話の後、領主と共に養殖場へ戻る二人を見届け、カルラドは第一王子とマリンを追った。



「叶えますよ。アンシェルの夢は潰させません」



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