籠鳥雲を恋う




 近頃、体調があまり良くなかった。

どこかが痛いとか気分が悪いとか、そういった不便ではない。ただ少し、漠然と疲れやすくなっているように感じていた。

 安定薬の処方を増やしてもらおうと思ってオールド・ワイズ・マンに訊ねたところ、問診に回答するよう要請があった。質問は全部で三十個ぐらいあったように思う。普段から処方されている安定薬は健康維持を目的とした万能薬だが、なるほどいざイレギュラーな体調不良が発生した場合にはより細かく症状を分析し、効果的な処方をしてくれるというわけだ。

 納得したところで問診の結果が出た。

 オールド・ワイズ・マンからは、明日の午前六時をもって私の生命活動を終了するとの回答があった。


 何故午前六時なのかというと、終了設備のある施設の順番待ちの関係なのだそうだ。

 予約は十分おきに入れられるらしいが、生憎と午前五時五十分までの予約は埋まってしまっていた。なんでも、安定薬を飲む就寝前の時間帯には体調不良の相談がとりわけ多くなるとのこと。考えることは皆同じということだ。

 仕事は早く済ませたいタチというか、未実行のタスクがあると忘れてしまうのではないかという不安に駆られるので、本当なら今すぐにでも施設に飛び込みたい。だが、順番を守らないのは犯罪であり、即時懲罰どころか終了措置対象だと聞く。だから私は順番を守らなくてはいけない。

「あれ」

 頭の中を言葉が横切って行って思わず声が出た。今更終了措置を避けるのも何かおかしい気がしたが、少し考えてもよくわからなかった。まるで寝起きの時のように思考が上手くまとまらず、言葉を掴むことができない。

 じっとしていられないような不快感が背中を登ってきたので、私はすぐに無駄な思考を振り払った。とにかく順番は守らなくてはいけないということだ。明日の朝六時。それ以外の時間は希望できない。そういうことになっているのだから、その通りだ。


 時計を見ると、時刻は二十二時を過ぎたところだった。

 いつもなら翌日の支度をして就寝する時間だが、今日は不思議と眠くない。眠れない日は大概、職能向上のために映像学習のコマを消化するのだが、次の職業従事の機会が失われているのでそれも無駄になってしまう。かと言って他にしたいことを考えようにも、いつもは寝るか映像学習を眺めるかしかしたことが無いので、この時間帯にして良いことがわからない。眠れるまで横になっているべきだろうか? いや、今は何かしていたい気分だ。何でも良いから集中できるようなことがしたいが、何をするにも面倒な気もしている。まるで体と思考が離れてしまっているようだ。   

 ■■■■■。

 私は一瞬混乱したが、ふとこういった時の対処法を指導されていることを思い出した。つまり、「困った時のOWM」だ。

 すぐにオールド・ワイズ・マンに問い合わせたところ、彼は就寝することを推奨した。当たり前の回答だなと思った。私は何かしたいと駄々をこねるのをやめて、大人しくベッドに入った。


 眠気はなかなか訪れない。思わずベッドサイドの睡眠薬を探してしまったが、自分が明日仕事をしないのだということを思い出してすぐにやめた。今手元にある支給品は確かに私に与えられたものだが、元を正せばこれは国の物であり皆の共有財産だ。必要な者が必要なだけ使用することが義務付けられている以上、明日の労働資源となりえない人間には必要ない。私はそれ以上何の資源も消費することが無いよう、全ての明かりを消し、不要な空調を止め、暗闇の中で静かに目を閉じていることにした。



【サンプルここまで】

※作品は検閲されている状態です。巻末に未検閲の完全版を収録しております

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