第3話

ふみ殿達はご存じか」

 瑠伊は居並ぶむらの娘に問いかけた。

 この邑の女性は他村の女性とは全く違う。

 十六歳とは言え、田植えの時期には早乙女として働き、戦になれば弓衆として矢を射る女性達だ。

 彼女らが秘密を知るときの基準は何か。それを知りたいと思った。

 

「はい。私達はついこの前、むらの成り立ち、歴史を習う途中でそのことを教えて頂きました。塾頭は、私達が弓の三段以上の腕を持ったので教えるのだと言っておられました」


 史の隣に座っていた女子が手を上げた。


「西村のえいです。発言をお許しください」


「英殿。申されよ」


「はい。『里』のことは、時期が来ると勇気や覚悟を持つ事と共にその存在を教えられます。秘密とは、自分で見つけた者はいつかそれを人に話す危うさがありますが、打ち明けられた者は誇りに思い、秘密を守る側になるからです」  


「なるほど。では、その時期とか勇気、覚悟についても説明ができるか」


「はい。私達の勇気とは、先日参加した模擬戦にも関係があると思います。私は赤、史は白の弓隊として参加して人形ひとがたの的を射ました。あの後で私達は、『あれが本当の人であっても射ることができるか』と問われました。つまり勇気というのは戦のときに人を殺す勇気。覚悟というのは、自分も死ぬかもしれない覚悟のことです。そうやって『新田』に代表される私達の持つ隠し里の秘密を、戦になってでも守る覚悟と腕が備わったから教えて頂けたのだと思います」


 瑠伊は瞑目して聞いていたが、聞き終わると深く頷いて英達に頭を下げた。

 それ程の強い意志と覚悟を持ちながら、日々をたおやかに過ごしている女性の凄さが瑠伊の頭を自然に下げさせた。


 瑠伊は、今日初めて新田の秘密を知った塾生達に言葉をかける。


「英殿や史殿の言ったことが今は理解出来なくてもいい。だがこれだけは覚えておけ。他所の村では自分が作った米なのに自由にならないのが普通だ。だがこの邑には邑の自由にできる米がある。その自由を使って色々な技を育て磨く。それから、困った人の為にも使う。それは俺達が武器を持って闘って手に入れる自由だ。だから俺達は槍と弓の腕を磨き秘密を守るために戦う」

 瑠伊が破留に言った。

「俺はいつまでもここに留まれぬ。次はお前がこの秘密を守ることになる」

「解りました」


 僕が破留として瑠伊から槍と武具を受け取る姿を俯瞰して見たとき、夢から覚めるように酒場の喧噪が戻ってきた。

「この続きはまた今度するわね」

 彼女は僕の前で微笑み、いつ飲み干したかも記憶に無い盃に酒を注いでくれた。


「私ね。小さいときから不思議なことがいっぱいあったの」

 遠くの物を見ようとする音乃の目を見ながら、僕自身は先程の白昼夢を反芻していた。

 僕は遠い昔、破留と呼ばれていた……。それを見せてくれた音乃とは何者なのか……。


「人はある時期が来ると、自分が誰で、何故ここに存在するのかを不思議に思うときがあるでしょう。その頃、私は何故生まれてきたのか、何をしなければいけないのかが分かってきたの。何故私にはするべき事がわかるのかという、人とは逆の意味での不思議。例えば母にいきなり弓を渡されてその場で矢を射ることができた。それは私に潜在する記憶で、両親はそれを不思議がりもしないで頷いていた」


 僕だって不思議だったさ。何故こんなにも神秘的な美しさを持つ君がこの世に存在するのだろう。そう呟きながら君に見とれていた僕を君は知らないだろうな。


 そうだ。あのとき、あれ? と思った。


 あなたがそう思ったこと、私が知らないと思う?

 その言葉がどこからか聞こえたような気がしたのだった。


 だが――。僕達の仲がそれから特に進歩するという事は無かった。


 彼女が音楽活動に全力を向けて活動を始めたからだ。

 

『里山コンサート』


 そう題名をつけて毎月定期的にする演奏会は、必ず著名な音楽家が現れることで、根強い人気を維持し続けたのは、彼女の両親のせいでもあっただろう。


 演奏曲目は全ジャンルに渡り、その都度曲の背景と同時に、里山の自然の移ろいについても解説する。そんな方法が、曲の好き嫌いに関係なく楽しむ事ができて、人々に愛されてきた。


 里山は、ほどよい人の出入りで活性化を続けた。


 だから――あの居酒屋での話しの続きは、僕達が大学を卒業した日に、雨の中を歩きながら聞いたのだった。


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