【短編】魔王を倒すつもりが、美少女だったので、押し倒した勇者の話。

紫電改

第1話

 俺は勇者だ。

 この世界を救うために召喚されて、魔王軍と戦っている。


 今、魔城の魔王の間の前に立ち、禍々しい装飾の施された重厚な扉を開かんとする――




 ◇



 俺の名前は成瀬絢斗なるせあやと23歳会社員だ。

 ごく普通の家庭に育ち、ごく普通に大学生活を送り、ごく普通のブラック企業に就職して一年になる。

 彼女は作らない主義だ。

 ――嘘だ。モテないだけだ。

 そんなごく普通の日常生活を送る毎日ではあるが、ある朝の出来事は普通じゃなかった。


 朝、スマホのアラームが鳴り、まだ眠い俺はベッドから起き上がると、目を見開いた。

 部屋の床に魔法陣が神々しく輝きを放ち、何か出て来るのかと、思いきや、何も出て来る気配は無い。


「ふむ……ひょっとして召喚魔法陣とか?」


 なんてアニメや小説の類いじゃあるまいしと、鼻で笑うが、実際に目の前にある魔法陣については認めざるを得ない。

 恐らく、寝てる間に誰か……母か父が書いたのだろうと、思う事にした。

 いや、無理過ぎる解釈だな!魔法陣書く両親とか居ないから!仮に書いたのだとしたら、そっちの方が心配だよ!要介護だよ!

 落ち着け!俺よ!冷静になるんだ!


「……会社行こう」


 俺は魔法陣を見なかった事にして、いつも通りに着替え、朝食を済ませ玄関へと向かった――


「玄関にも魔法陣っ!」


 まさか玄関にも魔法陣が!しかも、先程より露骨に玄関を占拠していて、確実に踏み入れてしまいそうな程に大きい。


「か、母さん!玄関に魔法陣があるよ!」


 思わず母を呼んでしまったが、母がリビングからやって来ると。


「なんだい?大きな声出して、これ持ってくのかい?」


「そうそう。これにね冷たい飲み物入れておくとね――って魔法瓶!これは魔法瓶だよ!久しぶりに見たわ!玄関の魔法陣の事だよ!」


「えぇ?……何も無いじゃない。朝から何言ってんだろうね。ゲームのやりすぎよアンタは!ホントにバカな子だよ、全く」

 スタスタとリビングに戻ってしまった。

 母には見えてない……のか?


 という事は、やはり俺をターゲットにしていると言うことであるが……


 無視だ。スルーで行こう。


 俺は勝手口から家を出て会社に向かった。


 道端には魔法陣は見当たらない。よし!勝ったな!そう簡単に異世界なんて行けるかよ……フフ、俺は普通に生きたいだけなのだ。



 駅近くの交差点で信号待ちをしていると、信号に気付いていないのか、スマホを持った女学生が赤信号の横断歩道を歩いている。そして、ふらふらとトラックが交差点に侵入して来る。


「危ないっ!」


 何も考えずに咄嗟に俺は交差点に飛び出して、その学生の腕を掴み、交差点の外へと追いやった。

 迫るトラックに轢かれて――


「なんてさせるかぁ!」


 学生を外に追いやった勢いを利用し、全力のバックステップでトラックを躱し反対車線へ。


「ハッ!そんなベタな死に方するか!」


 その瞬間。反対車線を走行中の軽トラにはねられた。


 ――

 ――――

 ――――――



「あれ?どこだ?」


「お目覚めのようですね」


 不意に声をかけられ、声の主を見ると、外人っぽい女の人が居た。アメリカか?


「アメリカではないですわ。ここは天界。私はアフロディーテ。貴方を呼んだ者ですわ!」


「俺を呼んだ?するとあの魔法陣とかもお前の仕業か?」


「ええ、そうですわ。普通ならあれでイチコロなんですが……少々手こずりましたわ。奥の手のトラック二段構えの策を使いましたわ」


 イチコロって、虫じゃないんだから!

 因みに勇者ホイホイと言うらしい。

「それで、何の用なんですか?会社遅れるんで帰りたいんですが!」


「この期に及んでまだ分からないのですか?貴方は神に選ばれた勇者!さぁ私の世界をお救いやがれですわ!」


「えーと、無理。帰る。早くしろ」


「それは出来ませんわ。せっかく呼んだんですもの。世界を救うまでは帰しませんわ!」


 なるほど。身勝手な神の悪戯なのは分かった。

 だが、世界を救えば帰れるらしい。と言う事は?まだ死んではいないって事だろうか?


「ええ、まだお亡くなりにはなってませんわ。虫の息ですけど。私の力次第で、どうにも出来ますわ」


 心を読みやがった。しかも、これは脅迫じゃないか!

 コイツ次第で、生かすも殺すも自由って事か!


「クソっ!」



 ◇



 そう言うわけで、俺は異世界で勇者をやらされ、世界を救う旅に出た。



 この世界には魔物が居て、それを従える魔王が君臨していて、絶賛戦争中なんだそうだ。よくあるファンタジーだな。


 異世界に来て半年程経った。

 現在は人界側が優勢になっていて、勇者である俺を筆頭に大規模な衝突の末、魔王軍はほぼ壊滅的状況である。

 とにかく、早く帰りたい一心で頑張ったのだ。通常の三倍の速度で魔王軍の砦とか、ボスキャラとかを攻略した。

 高校時代の話だが、二組の田中が言ってた事がある。

 異世界に行けばモテると。

 全くの嘘だ。未だに童貞である。現実はそうは行かない。

 現在、旅を共にしている仲間が三人いる。


 聖女マリアは金髪の美人で、スタイルも良く、料理も上手だ。ヒロインかと思ってたが違った。


 戦士ベルクは背が高くて大剣を振り回す、頼りになる兄貴みたいな奴だ。だが馬鹿だ。


 魔術師ルナは見た目は幼い美少女ではあるが、実はかなり年上らしい。因みに既婚だそうだ。


 マリアとベルクは同郷の幼なじみらしく、どうやら恋仲だ。よく宿の隣りの部屋からギシギシアンアンと聞こえてきて、寝付けない夜を過した。クソが!


 俺は勇者と言う立場上、娼館にも行けず、禁欲を余儀なくされているのに、酷いヤツらだ。羨ましい。


 だが、その三人はもう居ない。


 魔王軍幹部との激しい戦いで皆、死んでしまった。

「この戦いが終わったら、結婚する」「魔王軍に勝ったら家族とゆっくり農家やる」

 とか言っていた。死亡フラグの効果は絶大だった。


 大事な仲間を失った悲しみを程々の力に変えて、俺は魔王を倒す。絶対にだ。サクッと倒して元の世界へ帰るんだ。


 そして魔王の間の扉を開いた――



 魔王の間は漆黒の石がふんだんに敷き詰められ、燭台には青い炎が並ぶ。

 静寂に包まれた回廊を進むと、禍々しい王座に座る魔王が居た。

 玉座の脇の灯りが、魔王を照らすと、艶やかな漆黒の長い髪に、新雪の様に白い肌。大きく前の開いた漆黒のドレスを纏い、豊かな胸を強調している。おっぱいでけーな!Eかそれ以上か!


「ようやく来たわね……勇者」

 少し高めの透き通る様に綺麗な声が間に響く。


 俺は聖剣の柄に手を置き、警戒しながら、魔王の顔を拝む。全ての元凶である魔王。この戦いで多くの命が失われ、憎むべき相手の顔を見た――


 大きな瞳は黒く、まるで日本人かと思わせる顔立ち。

 凛とした表情が清廉な印象を与え、露出度の高いいでたちにも関わらず、白と黒で表される雰囲気が、なんかきまっている。

 ――美しい。ていうか超可愛い!アイドルか?


 魔王ユリエルは女魔王と聞いてはいた。

 もう少し熟したエロ汚い風貌を予想、いや妄想?をしていただけに、拍子抜けと言うか……驚きだ。

 だって、凄い美少女なんだもん!


 これはあれだ。同じクラスに居たら間違いなく、どんな高熱の風邪を引こうが、学校を休むなんてしなくなるかもしれない。

 隣りの席になんてなったら、俺は毎日教科書忘れるね。見せて欲しい&少しでも近くに座り、彼女の吐く息を僅かでも吸い取りたくなるであろうくらいに美少女だ。俺は決して変態ではないからな!


 そんな事を考えていると、魔王ユリエルが可愛らしい声で

「な、なんで黙っているの?さ、さっきから胸ばかり見てない?いやらしい!私に変な事したら殺すわよ!しなくても殺すけど」

「あ、いや、別に……って!どっちにしても殺すんか!ていうか、お前なんかに欲情とかしねーし!」


「し、失礼ね!私は魔王で貴様は勇者。互いが朽ち果てるまで、殺し合うのみ!行くわよ!」


 魔王ユリエルの右手に黒い渦が現れ、中から禍々しい妖気を纏った刀が這い出て来る。

 それを手にとり、下方に一度振ると剣尖をこちらに向け構える。

 刀を構える魔王ユリエルから強烈な覇気と言うか、殺気の様な何かを感じ、これは死が直ぐ近くにある恐怖を抱く。俺は鞘から聖剣をゆっくりと抜き構える。

 互いの緊張が高まっているのを感じる。


 聖剣の先を魔王ユリエルに向け、ツツと近付く。

 すると、ユリエルが間合いを一気に詰め、剣尖が迫って来る――



 ◇



 魔王ユリエルと勇者アヤトの死闘は互いに決め手の無いまま、一昼夜も続いていた。

 剣と魔法の応酬は激しさを増し、魔城の天井は吹き飛び、壁は崩れ落ち、床は抉れていた。

 互いに一撃必殺の隙を狙う攻防の中、ギリギリのところで緊張の糸がピンと張っている。


 だが、その中で二人の間に不思議な感情が芽生える。

 殺してしまえば終わるのに、何故か、この時が、この瞬間こそに生きている実感と、見つめ合いながらも殺し合う二人は、不思議な感覚に捕らわれて行く。一昼夜もの間、死の恐怖と隣り合わせで見つめ合い、異性として意識し始めてしまったのだ。

そう、吊り橋効果である。



 だが、その時間は突如終わりを迎えた。


 アヤトの一閃がユリエルの刀を捌くと、ユリエルの手から刀が抜け、僅かに残る天井へと突き刺さる。

 その刹那、完全に無防備、隙が生まれた。魔王、絶体絶命のピンチである。

「し、しまっ――」


 絶対絶命。その勝機を見逃す勇者ではない。

 アヤトが渾身の一撃を打つべくユリエルに迫る。その速さ、正に神速。


 死を覚悟したユリエルは、それを受け入れるかの様に目を瞑る。


 ――だが。



 アヤトは剣を捨てユリエルの肩を抱き、押し倒した。


「えっ?」


 床に倒されたユリエルは空を見上げ、何が起きたか分からないが、視線を下げると、勇者アヤトが馬乗りになっていた。

 マウントポジションを取られ、勇者アヤトの右手は魔王ユリエルの乳房を掴んでいた。


 どうしてこうなった?

 魔王ユリエルは混乱する。


スキル『ラッキースケベ』の発動である。

創造神アフロディーテの気まぐれで付与されたスキルが、何故かこの最終局面で余計な事をした。

 

「なっ!何をする!」


生まれて初めて異性に身体を触られた魔王ユリエルは慌てて身体を起こす……が、勢いよく顔を上げたために、勇者アヤトと顔面がぶつかり、唇と唇が重なってしまった。


◇勇者アヤトの思考


しまった!魔王の可愛さにつられて押し倒してしまった!王道ファンタジーの戦いでまさかのラブコメのテンプレみたいな展開に!

しかも、魔王からキスして来たーっ!

何この状況?GOサインですか?

いや、これで俺が魔王から離れたら、「ご、ごめん」とか自然にセリフが出て来てしまうだろう。

ここは、向こうの出方を待つ。


◇魔王ユリエルの思考


やだ!私ったら!自分からキスしちゃったみたいな事になってるよぉ!違うの!これは事故なの!

しかも、勇者の手が、おっぱい掴んでるよぉ!

どうしよう……嫌がったりしたら、魔王なのに案外、女の子なんだ。とか思われるかもしれない。

これは、負けたくない。

先に離れた方が負けなの!


結果

二人とも負けず嫌いだった。





「ん!んー……」


二人の戦い?は膠着状態。

全く微動だにしないまま、数十分間もの間、接吻状態である。


◇魔王ユリエルの思考


い、いつまでこうしてるつもりかしら?

何気に勇者の手が……動いてるし!

胸のドキドキが伝わってないかな?恥ずかしいな……。


その時、勇者アヤトが攻めに転じた。

重なる唇の間から舌を侵入させて行く。

これにはさすがの魔王ユリエルも驚く。


「!?」


◇魔王ユリエルの思考


うっそ!まじで?え?え?何してるのコイツ!

そんなのダメ!卑怯よ!舌で攻撃?口撃?とか反則よ!絶対阻止!


魔王ユリエルは勇者アヤトの侵入を防ごうと、舌で押し返す事にした。


だが、舌で舌を押し返そうとする作戦は誰が見ても、濃厚な接吻、即ちベロチューに進化しただけに過ぎない事に気付かない魔王ユリエルだった。


口腔内の死闘が開戦した。


勇者アヤトの強烈な刺突に対し、魔王ユリエルが左、右と薙ぎ払い刺突をさばいてゆく、勇者アヤトも負けじと、斬りあげ、斬り落としと連続攻撃で応戦。それを魔王ユリエルは滑らかに下方から時計回りに回旋させて一蹴。両者互角の戦いだ。


だが、


そんな魔王ユリエルに限界が訪れた。極度の緊張と初キスで窒息。失神してしまった。


勇者アヤトはその瞬間、急遽賢者に転職。

サッと血の気が引いた。

何かとんでもない事をしてしまったと今更すぎる後悔と罪悪感と葛藤していた。

勇者ともあろう者が、美少女だったからといっても魔王を押し倒して、わいせつ行為。いかがなものかと。カタカタと体育座りで震えながら魔王ユリエルが起きるのを待つ勇者アヤトだった。



数分後、ユリエルが目覚めた。


「ハッ?……私、気を失ってた?」

「あ、ああ……まぁ数分だけどな」


「なんで殺さなかったの?」

「……出来なかった。寝てる女の子を殺すなんて勇者のする事じゃないだろ?」


押し倒してキスして胸触る勇者のセリフとは思えないユリエルだったが、殺さないでいてくれた事に少しだが、安堵した。


「はぁ……なんか今日は疲れたわ。続きはまた明日にしましょう?丸一日も戦ってて、お腹空いたし。仕方ないから、貴方の分も作ってあげるわ」


「え?食事用意してくれるの?助かる。実は三日位食べてないんだよ。戦い続きでさ」

食べてから来いよ。とユリエルは心の中で思った。





魔王ユリエルが食事の支度をしている間に入浴を済ませ、リビングの様な場所で食事となった。

勇者アヤトは恐る恐る口にしたが、普通に美味しく頂いた。毒殺するつもりは無かった様で安堵する勇者アヤト。


「勇者アヤト。貴方、お酒は呑めるのかしら?」

「なんだ魔王?お前こそ、まだガキの癖に酒とか呑んで強がっている年頃か?」


二人の間に険悪な空気が流れる。


「はぁ?普通に大人だし!もう17歳だし!」

この世界の成人は15歳である為、問題ない。


「なんだ、成人してまだ数年の癖に大人ぶるなよ魔王」

「馬鹿にして!じゃ、じゃぁ勝負よ!この魔界特産のデストニックで呑み比べして先に潰れた方が負けね!」

明らかにヤバそうな酒であるが、割とフルーティーな味わいで魔界の女の子に人気のお酒だ。


「あぁ、望むところだ!」


――――――

―――

――




「あれ?」


勇者アヤトは朝日の眩しさで目が覚めると、グラつく頭に手を当てながら体を起こした。


「何処だここ?」


見渡すと寝室の様だが、3メートル以上ありそうな大きなベッドで、見上げると立派な天幕も付いていた。

「えっと……確か魔王と戦っていて……酒を呑んだな……それで?ダメだ。思い出せない」

「ん、うーん……」

そのタイミングで隣りで寝ていた魔王ユリエルが目を覚ました。

何やら可愛い声がしたなと勇者アヤトは右隣りを向くと、黒髪の美少女が勇者アヤトを見て完全に固まっていた。魔王ユリエルだ。

二人は同じベッドで起きた。即ち、一緒に寝ていたのである。それも何故か二人共に一糸まとわぬ姿でだ。


そう。俗に言う『朝チュン』である。


しかも、朝チュン泥酔型だ。

泥酔型とは、通常の朝チュンと違い、互いの合意の上による行為があったかすら覚えていないダメなタイプの朝チュンである。

片方に意識があり、泥酔した異性を襲ってしまう場合と、互いに泥酔していて、記憶が無い場合の二種類に分けられる。

勇者アヤトと魔王ユリエルの場合は後者であったが、まだその事に気付いてない二人だった。

そして勇者アヤトのとった行動はこうだ。


「ゆ、ユリエル……昨日は可愛いかったよ」


魔王ユリエルに微笑みながら発した言葉は「可愛かった」だ。この言葉、嘘ではない。確かに魔王ユリエルは可愛いのだ。だが、この局面で使うと、どちらともとれるのである。実に卑怯。

勇者アヤトは自分だけが覚えていない状況を打破する為に先制攻撃を仕掛けた。これで魔王ユリエルの出方次第で、行為があったのか、無かったのかが分かると判断したのだ。


◇魔王ユリエルの思考


えっ?それって……やっぱりしちゃったのかしら?

初めてだったのに、覚えていないなんて!

どうしよう。もうお嫁に行けないよ……。

でも、可愛いかったって言われて少し嬉しいのは何故かしら?でも悔しい!むむむ……。


「私に欲情しないとか言っておいて、酔わせてえっちな事しちゃうんだ!人族の勇者なんて、ただのケダモノなんだ!最っ底!プイッ」


「あわわ!」


◇勇者アヤトの思考


しまったぁぁぁっ!これではまるで俺が魔王ユリエルを襲ったみたいな展開になってるじゃないか!

マズい!非常にマズい!こんな事が王国に知れたら……「勇者アヤトって女の子を酔わせて平気で襲うらしいよ!」「えっ?マジでクズじゃない?」

「クズ勇者アヤトじゃん!」「魔王ユリエル可哀想……」「勇者アヤトは女の子の敵ね!」

てなことになるかもしれない!

それは駄目だ……ならば!


「ユリエル……」

「な、何よ!今更謝ったって無かった事になんてしないんだからね!」

「責任……とるよ」

「ち、ちょ、ちょっと責任とか、い、言われても、知らないし!意味わかんないし!」

「俺が、酔った勢いとはいえ、ユリエルに手を出してしまったのは事実だ。だけど、それはユリエルがあまりにも魅力的だったからだ。ユリエルを大切にするよ。ダメ……だろうか?」

「―――っ!」


まさかの告白。魔王ユリエルは異性との交際経験はおろか、まともに交友した事も無い程に箱入り娘として育った。だが、年頃の乙女である。恋だの愛だのに憧れだってある。いつか素敵な殿方と添い遂げたいとか、思っていたりもするのだ。魔王なのに。

更に魔王ユリエルは……断れない性格だったりする。魔王城で一人になってからというもの、新聞の勧誘に騙されたり、高い壺を買わされたり、布団詐欺にあったりと気付かないうちに騙されていたりするポンコツ魔王なのだ。

そんなユリエル……告白されて断れるわけが無い。


「えっと……私、魔王だし……アヤトは勇者だし。それでもいいの?」

はい。チョロいのです。いいの?とか言ってる時点で敗北です。

「ああ……俺を信じろ!勇者だぞ!」


戦闘中に押し倒して来たり、泥酔した女の子と朝チュンする様な勇者を信じろと言う、無茶ぶりだが。


「うん♡」


ユリエルの頭は、お花畑らしい。





 魔王ユリエルとの死闘?から三ヶ月が経っていた。


 アレからと言うもの、俺たちは毎日の様に戦っていた。

 昼夜問わず、ベッドは勿論、浴場、キッチン、牢屋、屋上等など。

 すっかり住みついて、愛を育んでいた。幸せである。

 幾多の戦い?をこなし、経験値を稼いだ。

 勇者と魔王と言えど所詮単なる男と女だ。

 有り余る体力を無駄にしていた。

 夜の営みもチートな二人だった。

あの朝チュンの件は、二人とも記憶が無かった事が直ぐに分かった。

その後、キチンと向かい合い、初体験を乗り越えたのだ。


 ある時。

 ユリエルが不安気な顔で前に立つ。


「ん?どうしたユリエル?」


「あのね……赤ちゃん出来たかも……」


「え?マジ?」


「う、うん。マジ」


 頭が真っ白になった。

 確かに、3ヶ月間も夜を共に過ごし、俺たちは愛し合っていた。

 ユリエルが真剣な眼差しで見つめてくる。

 そうか……俺の言葉を待っているんだな。


「ユリエル……結婚しよう!」


「やだ!断るし!一人で産んで育てるもん!」


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 何言ってんのこの娘!俺が覚悟決めてプロポーズしたのにぃぃ!


「だって……この子、幸せになれる?魔王の血を引いて、人界で生きて行ける?」


「う……」


 確かに。

 魔族の生き残りは、殆ど居ない。

 人族が勝利した世界では淘汰される存在である。


「それでも……俺はユリエルと産まれて来る子どもの為に戦う。二人を絶対に幸せにする。だから……結婚してくれ!」


「アヤト……嬉しいっ!」


 ユリエルは涙を流しながら抱きついて来て、キスをした。


 俺たちは結婚し、夫婦になった。

とは言っても、誰かに認めてもらったわけでもない。ただの誓いだ。

 結婚指輪は宝物庫にあった、謎の呪いの指輪だ。特に異常はなかった。

生まれて来る子と、愛するユリエル。

俺たちは幸せだった。


 だけど、幸せな日々は永くは続かなかった。



 ◇



「お久しぶりですわ!勇者アヤト」


 女神アフロディーテが魔城に降臨した。


「め、女神様?い、なんでここに?」


「なんでじゃないですわ!一向に魔王討伐が果たせて無い所か、魔王とよろしくやってる勇者アヤトに罰を与える為にわざわざ神界から来たんですわ!走り疲れてノドがカラカラですわ!……お茶くらい出しなさいですわ!」


 神界から走って来たの?陸続きなの?


 ユリエルが慌ててお茶を用意してくれた。

 良く出来た嫁だ。


「うん。まぁまぁですわ。でも決まりは決まり。魔王ユリエル……どうやら力を失っているみたいですね……なるほど。子に力を継承したみたいですね。なら私の力で母子共々消せそうですわ!」


「なっ!」


「あ、アヤトっ!」


 一瞬だった。


 女神アフロディーテは手をユリエルにかざすと光輝き、蒸発した。

目の前からユリエルが消えた。


「嘘だろ?」


「嘘じゃないですわ!瞬殺ですわ!勇者アヤト。魔王ユリエルを弱体化。ご苦労さまですわ!」

「うるせぇよ……」

「はて?これで元の世界に帰れますわよ!何か問題でも?まさか魔王ユリエルを愛しちゃったとかですか?」


「そのまさかだよ!愛してるよ!元の世界もどうでもいい!守るって誓って……なのに……守れなかった……」


「やれやれですわ。まぁ、全て上手く行ったので、サヨナラですわ!」


「何が上手くだ……っ?」


 そこで意識を失った。




 ◇



「知らない天井だ……」


 病院の様だ。病室は個室みたいで、荷物も無く、綺麗に片付いていた。

 病室の机には花瓶に白い花がいけてある。誰かが見舞いに来ていたのだろうか?



 異世界を救済し、元の世界に戻った。


 望んでいたはずなのに、何故こんなに悔しいのだろう。あれは本当にあった事なのだろうか?

 今考えると夢だった様な気もする。


「ユリエル……」


 夢だったかもしれない世界で失った女の子の事を思い出し呟く。


「畜生っ!畜生っ!ユリエル……」


 コンコン


「あの……失礼しまーす」


 病室に入って来たのは女子高生だ。

 制服を見て思い出す。

 あの日トラックに轢かれそうになった女学生……。


「え?……ユリエル!」


「?……えーっと、あの私は……白井百合です」


 どう見てもユリエルにしか見えないが、どうやら違うらしく、事故後、毎日の様に見舞いに来てくれていたのだとか。

俺はやはり夢を見ていたのだろうか?

それでも俺は忘れられない出来事がある。


「あの……聞いて欲しい話があるんだ」


「はい!是非聞かせて下さい!」


夢の続きはこれから始まるのかもしれない。




 ◇神界



「さすがアフロ先輩ですねー、粋な事しちゃう所が素敵です!」

アフロディーテは後輩女神のアチナと人界の様子を見ていた。


「アチナ。アフロって言わないでって言ってるでしょ!あらいけない!……うっかりアヤトの記憶消すの忘れましたわ!」




 ~完~

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【短編】魔王を倒すつもりが、美少女だったので、押し倒した勇者の話。 紫電改 @sidennkai

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