閉じられた檻の中 君のために僕は勝つ

京宏

君のために僕は勝つ

 これまで、僕は負けたことがなかった。

 愛すべき人のために、負けることは許されなかった。


 裸一貫で、敵と戦う。


「君は闘い続け、そして勝ち続けなけならない。あの子のために」


 時たまやってくる友人は悲壮な顔で言った。


 「分かっているよ。僕に与えられた使命だ」


 そう返すと、友人は安心したように去っていく。

 でも知っている。彼は僕を心配してくれて、見守ってくれている。


 ――生まれながらにして、狭く暗い檻に閉じ込められ、闘うことを強制されていた。

 

 初めは嫌だった。僕は寝ているだけで幸せな怠惰な平和主義者だ。

 でも、顔も知らないその子の悲痛な声を聞いた時、自分でも思いもよらない力が湧いてきた。

 理由なんて、それで十分だ。

 

 敵は僕を待ってくれない。

 最初は何が何だか分からなくて、ただ、殴られていた。

 だけど、僕には想像した以上の力があるようで、ふっとその気になると、大抵の敵は簡単に倒すことができた。

 

 1日に最低、3回は闘っている。一度も負けは許されない、緊張した日々だ。

 友人が言うには、厳密には負けてもすぐに死ぬわけではないらしい。

 けれど、その代償として、あの子に大きな苦痛が襲うという。

 そんなの、許されるわけがない。

 

 時間が経つにつれて、僕は強くなっていった。

 大抵の敵は苦労せずに倒すことができたが、厄介な敵も偶に来た。

 特にここ数カ月は、手強いやつが多い。

 

「あの子が君を頼っている証拠だよ」

 

 友人は告げた。そして哀しそうに続けた。

 

「本当は、僕がどうにかすべきなんだけど」

 

 僕は笑って首を振った。

 

 実際、その時には僕は気づいていたんだ。

 あまりに敵がこない時間があると不安になり、逆にやって来た時に安堵を覚える自分を。

 ……正直、安堵どころか、抱き着いてキスをしたいとさえ思ったことがある。その後きっちりと倒したけど。

 

 ああ、なんて因果な生なんだろうか。

 闘いに溺れてゆく自分に愕然としたけれど、それもあの子のためと思えばまんざらでもない。

 

 今日も、僕は万全な状態で敵を倒す準備をする。

 終わりのない戦争だ。倒しても倒しても、敵沸き続いてくる。僕が死ぬまで終わらないのではないかと不安に思った時もあったが、最近はわくわく感が強い。

 先のことは分からない。できることは、今を最大限楽しくすることだ。

 

 どしん、と地が揺れる音を感じた。来たな、と思った。

 この閉じた檻には、穴が二つある。一方は天井にあり、もう一方は地にある。

 決まって敵は天井の穴から来訪してくる。そして、倒した敵を排除するのが、地の穴だ。

 

 落ちてきた敵は、のそのそと立ち上がる。

 

 おお、と思わず唸った。

 でかい。。。これまでの敵で一番、でかい。

 

 全身が細長く、赤い鎧で覆っている。

 手足が異様に長い。それぞれが僕の身長ほどもあるだろう。あれに殴られたらひとたまりもない。

 

 そいつはゆらゆらと揺れるように最初は周りを見渡していたが、僕を見つけると、有無を言わせずに左腕を鞭のようにしならせて殴ってきた。

 

 ――!

 

 身を屈めて間一髪でそれを避ける。

 と、既に第二の攻撃として、長大な足がこちらに伸びてきている。

 

 だが、それは予測していた。

 僕は冷静に迫ってくる足を見つめ、擦るようにぎりぎりで避けると、矢を射るように右手を後ろに引き絞りながら、敵の懐へと飛び込んだ。

 

 だが。。。!

 

 想定外だったのは、敵の攻撃の連鎖はまだ終わっていなかったこと。

 なんて失態だ。手足に気を取られていた。やつは首も、腕や脚と見違うばかりに長かった!

 

 瞬時に迫ってきたやつの顔面。線を引いただけの目と口ののっぺらぼうが、気づいた時には、もう数ミリ前に迫っている

 

 がッ!!!!!!!!!!!!

 

 まるで礫がデコに刺さり、そのまま止まることなく、後頭部から抜けていったよう。

 

 僕は文字通り吹き飛ばされた。

 頭はジンジンと、頭の上に星々が回っているよう。

 

 やつは勝利の余韻に浸るように、細長い全身をくねくねと揺らしている。

 

 ちッと舌打ちをしてすぐに立ち上がった。

 これぐらいの痛みには慣れている。もう十年以上に渡って闘い続けた日々を送っているのだ。もう二度と喰らいたくないが!

 

 改めてやつと向かい合う。

 やつは余裕しゃくしゃくで、踊りをやめない。

 それに感情が冷えていく。

 

 やつはまた左腕でしならせ打ってきて、右足を放ち、そしてとどめとばかりに頭突きをしてきた。

 だが、もうそのパターンは覚えている。

 迫りくる敵の顔に完璧に合わせてアッパーをおみまいする。

 

 次に吹っ飛ばされたのはやつの方だ。

 巨体がどしんと地が揺れるほどの音を立てながら落ちる。

 

 ふむ、最初はでかさにびびったが、よくよく考えると、同じような敵とは何度も闘ったことがある。

 こいつよりもかなり小粒であったが、 どいつもこいつも細長い体を使って鞭のように攻撃してきたのは変わらない。

 

 つまり、まあ、少し苦戦はするだろうが、負けることはないだろう。

 

 立ち上がったやつは、肩を怒らせてこちらを見据えているが、その様は先ほどの余裕は微塵もなく、注意深いものである。

 

 一方、僕の方は敵の程度が分かったので、逆に余裕が生まれていた。

 

 だが、その時――

 

 何かが、落ちてきた。それはやつが落ちて来た時と同じ天井に空いた穴から。

 つまり、もう一体の敵の登場である。

 

 新たな敵は全身が茶色で、背丈は僕と同じくらいである。そして体中から冷気を発している。

 

 ああ、面倒なのが来た。この茶色とも幾度も闘ったことがある。白や青など、様々な色がいるが、その特性はいつも同じ。

 

 茶色がふぅぅと息を上に吹きかけた途端、場の温度が一気に下がった。これである。

 僕の全身も薄い冷気が纏わりついたように、冷たくなり、動きがぎこちなくなる。

 

 一方、茶色はもちろんのこと、細長のやつもへっちゃらそうな顔をしている。

 そう、この特性は僕にだけ効いて、敵には影響しないのだ。

 

 2体の敵と対峙する。

 この時、それでも僕にはまだ余裕があった。細長と茶色の二人を一度に相手にしても、勝つ確信があった。

 確かに茶色の冷気は面倒だが、それがあったからと言って、細長との実力が逆転するほどでもない。

 茶色はこの特性ばかりが強くて、自身の腕力はからっきしだ。つまり、負けるわけがない。

 

 だけど、天井の中からまた新しいやつが落ちてくるのを見た時は、思わず

 

 「まじか。。。」

 

 と、言葉が漏れた。

 

 3体目の敵は細長とは逆に、まん丸な体をしていた。脚と腕はほぼなく、白い球体の胴体に、申し訳ない程度に頭と手足が生えている。

 こいつとの闘ったことがある。というより、ほぼ毎日、1回は闘っているやつだ。

 主な攻撃は球体を活かして転がってぶつかってくることだが、あの体は粘着性があり、捕まると厄介なことになる。

 

 これまでの敵で一番の巨体の細長に、冷気を放つ茶色、そしてこの白玉。

 

 さすがに、ちょっと、現実逃避をしたくなる。

 

 暫く僕たちは対峙していた。

 最初に動いたのは一番最後に来た白玉だった。

 

 そいつはいつも通り体を丸めて僕に突進してきた。

 いつもと違ったのは、それを避けた僕に対して、そのまま追いかけるのではなく、体の一部を千切って投げてきたことである。

 そして運悪く、粘着性の白玉の一部は、茶色のせいで動きが鈍っていた僕の右足に着弾した。

 

 足を取られてずっこける僕に、細長の鞭の一打が襲う。

 

 壁に叩きつけられた僕。その両手足に、白玉の一部が投げつけられ、大の字に壁に縫われた形となった。

 なんという連携!

 

 僕の醜態を見ながら、のしのしと3体の敵がゆっくりと近づいてくる。笑い声は聞こえないが、嘲っているのは雰囲気で分かる。

 

 細長が僕の無防備な空を打った。一度、二度、三度。

 こちらが逃げられないのを良いことに、大袈裟に振りかぶって嬲ってくる。

 茶色と白玉はボスのサメの周り群がるコバンザメのように、細長と僕を見てニヤニヤしている。

 

 その時間は暫く続いた。

 

 僕には耐えるしかできなかった。できることと言えば、睨みつけることぐらい。

 

 十、十一、十二。。。細長の攻撃は続く。意識が朦朧としてきた。

 

 三十一、三十二、三十三。。。ここまでくると、意地であった。体の限界が近い。

 友人が遠くから僕を心配そうに眺めている気がした。大丈夫だよ。僕はあの子のために諦めることはしないよ。

 

 五十一、五十二、五十三。。。異変があったのは、この時であった。

 

 数秒間の溜めを作って、渾身の一撃を繰り出してくる細長。

 その細長の腕がどろりと、溶けた。

 

 最初、やつらは何が起きたのか分からなかったようである。

 殴ったはずなのに、その感触はなく、僕はケロリとしている。そしてようやく自分の体に起きた変化に気づいたようだ。

 

 細長は呆然と腕を見た。――否、腕があるはずの場所を。

 そう、そこにあるべき腕は、もうなくなっている。

 茶色も、白玉も、素っ頓狂な顔をしている。

 

「はははははは!」

 

 笑ってしまう。

 この場所で、この檻で、僕をじっくりといたぶろうとするなんて!

 

 ここは僕の檻だ。

 茶色の冷気の効果が僕だけにあるように、この檻は、僕以外の者を溶かしてゆく。

 ゆっくりと少しずつ。だが、確実に。

 

 それを、馬鹿なこいつらは全く気づかずに悠長に僕を痛めつけていたのだ。

 

 体を壁に貼り付けていた白玉の一部も溶け、僕は地に下りた。

 

「最後に勝つのは、僕だ!!!」

 

 叫んで、まともに動くこともままらないほどの敵を殴りに殴った。

 

 やがて3体は液体状にまで溶け、混ざり合った。

 そのまま、地の穴の中に押し流すように放り込んだ。

 

「さすがだね」

 

 友人がどこかで、拍手をしてくれる音を聞いた。

 僕はそれに応えるように、天に向かってガッツポーズをした。

 そして、ただ一人の友の名前を呼んだ。

 

「ありがとう、ノウ! あの子のために次も必ず勝つよ」

「期待しているよ、イ!」

 

 僕に浸る暇はない。さあ、次の闘いに備えよう。

 なんてたって、気まぐれなあの子は、いつ敵を寄越してくるのか見当がつかないのだから――。

 

――――――――

 

「ちょっと、ゆり、大丈夫?」


 お腹を押さえていると、親友のさなえがため息をつきながらいった。

 私のだめなところだ。ストレスがあると食べ過ぎてしまう。

 

 明日に迫ったテストの勉強のため、さなえと一緒に喫茶店にいたのだが、いつの間にかパクパクと食べてしまっていたようだ。

 

「うん、なんとか収まったみたい。さすがに2キロのパスタは食べすぎたかも」

「その後、チョコレートアイスも食べて、何か足りないとか言っておにぎりまで頬張ってたしね」


 さなえが呆れながら言う


「でも私、これまで吐いたことってないんだよね。

 ……うん、まだまだ食べれる気がする」

「うわぁ」


 顔を引きつかせる親友を尻目に私はぽんぽんとお腹をさすった。

 

 「いつもありがとう」

 

 私の自慢の、鉄の胃袋。どれだけ食べても全部消化してくれる。

 

 きゅるると、まるで返事をするように、お腹がなった。

 

「やだ、さっき食べたばっかりなのに、またちょっとお腹空いちゃったかな。。。」

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閉じられた檻の中 君のために僕は勝つ 京宏 @KyohiroKurotani

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