25.鷹島防衛戦・1274.1016 その4

 四肢をバタバタさせ肉塊が吹っ飛んできた。

 魂を失った人の肉――

 とむるがそれを蹴り上げのだ。


 恐ろしいほどの筋力と言えた。

 太く短い脚が砂の上で爆ぜたように見えた。


 戎衣を含み、二〇貫は楽にある肉を蹴りあげる。

 異形の肉をもった留だからこそ出来る攻撃だった。

 李娜リーナの視界が味方であった者の死体でふさがれる。

 

 遅れる――

 この死体を避けるという動作を行うだけで、攻撃のタイミングが遅れる。

 何をしても――

 死体が迫る。


「ふひゅっ」


 鋭い呼気。

 長い脚を蹴り上げた。天に届くかの様な蹴り。

 美麗な女の姿をした漢人の殺人人形マダードールは更に、その死体を高く蹴り上げていた。


 視界が開く。

 醜悪な男の顔が眼前に迫っていた。

 男は叫んでいた。 


「っ、きゃら、ら、ら、ら、っっっ!!」


 切り込みを入れたような細い目を見開き、留が折れていない太刀でぶん殴った。

 斬る――ではない。

 大上段からぶん殴ったと評すべき攻撃だった。

 ただ、鉄の塊を叩き込む。己が膂力にまかせ叩き込む。

 術理もなにもない、攻撃だった。


 キンッ


 と、金属と金属が激突する音が音が響く。


「な、なん、だ……」


『醜悪な、小倭猿が』


 留の太刀は確かに李娜リーナの左肩に当たっていた。

 

(鎧? 鎖帷子? 岩?)


 留の脳の中で差ほど無い語彙が浮かんで消える。

 眼前の不可解な状況をどう説明すべきか?

 松浦党の異形の怪物は迷った。


『死ね。猿ッ』


 空間を切り裂き、李娜リーナの拳が一直線に伸びる。

 拳の中からは、鋭い暗器が伸びていた。

 それが分厚い皮膚をもった留の額に突き立つ――


「あがッ、痛て」


 ゴンッと、いう音をして、頭蓋を穿ち、鋼の切っ先が深く前頭葉に食い込んだ。

 すばやく、李娜リーナは腕を戻す。まるで光を放つ疾風のようだった。


「あ、あ、あ、あ、あ、あ、穴があい、てる、な」


 端的な事実を確認する留。

 血が噴出し、顔面に真っ赤な蛇がのたうつ様な面相となった。

 だが、血まみれの笑みを浮かべていた。 

 人ではない、何かが笑ったかのような笑みだ。


「痛、いな、こ、れは」


 ぐりぐりと、額の穴を指で弄る。


『死ね!』


 背後から高麗兵が突っかけた。

 矛で突いた。

 

「あ―― じ、ゃま」


 留は、矛を掴む。刃の部分を握りこむ。

 指の間から血が流れる。


 この男は不死身なのか――

 痛みを感じぬのか――

 

 矛を突き出した高麗兵はそのまま固まった。

 とんもない力で引きずり込まれた。

 同時にサザエの貝殻のような拳骨が高麗兵の顔面に食い込んだ。

 原型を留めぬ有様になった男は、吹っ飛び砂浜に転がって止まる。

 びくん、びくんと「ガルヴァーニのカエル痙攣」のような反応をするだけだだった。


『散れ、ここはいい。お前らは、決められた場所に集まれ』 


 李娜リーナは言った。凛とした声が響く。

 彼女と留の戦いを遠巻きに囲んでいた兵たちが散開する。

 が――


「とむるぅぅぅぅ―― オんドレだけ、女ぁっぁ、ズルかぁっぁあ~」


 砂煙を上げ、巨体が接近。

 叫びとともに、離れ遅れた兵が肉塊になった。

 乱暴なぶつ切にされ、砂浜に転がる。

 濃厚な血の臭いが風に蓄積していく。


「あ、兄、じゃ」


 留の兄、直であった。

 常人以上に長い腕に、巨大な長刀を持っていた。

 猛禽を思わせる双眸。

 尋常ではない、狂気と兇器を溢れさせ、驚喜のあまり、口から涎を垂れ流していた。


「剥いて、犯す、やる。ちんちん突っ込むぞぉぉ――」


「こ、殺してから、か?」


「どっちでもいいわぁぁ! げひひひひひひ!!」


 下卑た笑いを浮かべ、長刀を振り回した。

 

「く、くび、つながって、いた方がい、い」


「そんなん、並べておけばおなじじゃぁぁ!」


 風を切り裂き、雷鳴を発するような長刀の一閃――

 

 パーンっと乾いた音がした。

 李娜リーナが、つまむようにして、鉄塊のような切っ先を止めていた。


『遅い』


「ぎゃは? なんじゃ?」


 全く呼び動作がなかった。

 その瞬間、その間の認識ができなかった。

 李娜リーナは、握っていたはずの長刀の上に立っていた。

 そして駆けた。


『死ね』


 鎖分銅――

 手にした鎖分銅が、直の脳天から叩きおろされた。


「げふぅぅ!!」


 杭を打ち込まれるように衝撃が叩き込まれる。

 直の首が胴体に埋まり、脳天が粉砕された。

 頭部が潰れた冬瓜とうがんのようになり、腐臭のする脳漿をだらだらと流していた。

 くるっと、目玉が反転し白目を見せる。


「ばばばばばば――」


 首に食い込んだ口から湿った音が響いた。


 直は、異様なオブジェのように、脳天から真っ赤な噴水を上げ、胴体に鼻まで食い込ませた。

 そして、脚を絡ませ、くるくると、その場で回転する。

 糸の切れた傀儡子くぐつのようなそのまま倒れた。


「あ、あにじゃ、ゃ!!」


 留は眼前で起こったことを認識するや、李娜リーナに突撃していた。

 

『アホ、猿がッ』


 ブンと唸る鎖分銅。

 その音が耳朶を叩いたのを留は感じていた。

 それ以外は感じてなかった。


(あ、あ、れ? な、なんで、逆さか、な? あれ?)


 留の視界は唐突に上下逆転していいた。

 声を出そうとするのに「ピューピュー」と湿った落しかでない。


(へ、へんだ、な―― 女、なんで、わ、笑ってい、る?) 


 鎖分銅は、留の口腔から後頭部まで首と頭を繋げる部分を粉砕――

 無理やりに引き千切っていた。

 上唇から上の頭が、辛うじて繋がった反対側の頬の肉にぶら下がっている。

 上下逆にブラ―ンとぶら下がっている。

 繋がる先を失った気管はふゅーふゅーと血と一緒に空気を噴出す。

 ベロが血まみれの中でうねうねと動いていた。


(こ、ころ―― あ、れ……)


 その状態のまま、留は李娜リーナの方へ三歩進んで斃れた。

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