24.鷹島防衛戦・1274.1016 その3

 鷹島の上陸は大きく三箇所に別れ行われた。

 ひとつの上陸集団をみても、大きく広がってる。

 いわゆる散兵戦術に近い様相を呈していた。


「死に腐れやぁぁ!!」


 直は投げた。長刀だ。

 先端が異様に分厚い刃で出来た長刀だった。

 反りが少なく、突くことで威力を発揮する形態である。

 

 轟――


 空気が引き裂かれ悲鳴を上げる。

 殺意の溢れ出る鋼の切っ先が高速で吹っ飛んでいった。

 信じられない膂力りょりょくだった。

 

 ゴォーン、と、破壊音が響く。

 直の投擲した長刀が直撃。

 蒙古軍の抜都魯バートル、その正面をぶち抜き、構造材を飛散させた。

 舳先を変形させられた抜都魯は、よろよろと蛇行し、波を食らって横転する。

 一撃で二〇人以上の兵を乗せた船を破壊してのけたのだ。


「ひゃはははは、きききき、ワイの長刀投げはどうじゃーいぃぃ。きぃぃぃひひひひひ!」


 ブラブラと長い右腕を振り子のように揺らす。

 締まりの無い口から涎をたらしながら直は吼えた。

 その姿は、狂気じみていたが、それ以上に兇器そのものであった。

 

 しかし、松浦党の攻撃における矢の投射数は、対馬、壱岐のレベルを超えなかった。

 端的に言ってしまうならば、そのレベルに無かったと断言できる。

 足場の悪い海上での戦闘では矢の命中率は落ちる。

 それでも、弓矢を選択するという方向もあった。

 が、松浦党は、接近による打ち肉弾戦を得意としていた。


「次じゃぁぁ!! よこさんかいっ! ぼけぇぇ!」


 郎党がふたりがかりで長刀を持って直に渡した。

 武器の替えはいくらでもあるようだった。

 砂浜には運び込まれた直専用の長刀は積み上げられていた。


「あ、兄じ、ゃは、すごいな」


 砂利の混ざった歯車が上げる音で留が言葉を吐いた。

「は、はやく、く、くればいい―― ころすのに。殺す」


 袖の無い服から突き出た上腕。その皮膚が表面張力の限界まで膨らんでいるかのようだった。

 ぎりぎりと太刀の柄を握り締め、寒気のする目で敵を見ていた。

 殺意が結晶化した肉の塊――

 留とはそのような存在に見えた。


 抜都魯バートルの一艘が、砂を噛み止まる。

 バラバラと蒙古軍の兵が飛び降り、飛沫を上げ上陸。

 砂上に盾を展開し、防御体制を作った。 


 鷹島の海岸に矢が飛び交う。

 松浦党の矢が高速弾道の軌跡を描き、上陸した敵に集中する。

 その空間はまだ危険極まりないものであった。

 蒙古にとっては勿論、松浦党にとってもだ。


 が――


「ぎゃはぁぁぁぁぁ!!」


「留!!」


 直が三本目の長刀を投げたときだった。

 兇器となった肉の塊が爆ぜた。

 砂浜を蹴って、凄まじい速度で波打ち際に突っ込む。


 同時に上陸した蒙古兵の集団の中に、鉄塊がぶち込まれる。

 直の超質量の長刀だった。

 強固な木材で造られた盾が木っ端微塵に粉砕され、構造材と人間をごちゃごちゃに混ぜる。

 真っ赤な飛沫が上がる。

 それめがけ、真紅の色彩に狂った猛牛かのように、留が突撃した。

 味方の矢が飛んできてもお構いなしだった。


「ぎゃほぉぉぉぉ、あ、あ、あ、あ、あ、あぁぁぁぁぁ!!」


 留は化外の猛禽の叫びを響かせ、適中に身を躍らせる。

 一呼吸で、人と盾が両断され、紅色べにいろの血が風を染める。

 両刀を旋風のように振り回す留の突撃は、一気に上陸した蒙古兵(高麗兵)の士気を圧し折った。

 当然だった。


 殺人技を磨き、人を襲い、殺し、奪いつくすことを生業とする鎌倉武士という存在。

 それに、貧民を徴用し無理やり兵に仕立てた者が拮抗できるはずはなかった。

「個対個」という局面において、鎌倉武士(’松浦党)の暴力は圧倒的だった。

 戦術も戦理もへったくれも無い。


「ひぎゃぁぁぁ――」

「あばぁぁぁぁ――」

「あいごぉぉぉ――」


 葬儀の場で泣き叫ぶ老婆のごとく高麗貧民兵は声を上げた。

 恐怖に震え、己が運命を呪うことしかできなかった。

 逃げることさえ、不可能に思えたのだ。


『狂ってやがる、倭奴はやっぱり狂ってるぅぅ!!』


 高麗語で意味のある言葉を吐きながら死んでいけたものはまだ冷静だった。

 上陸した高麗兵に、次々と松浦党の兵が突撃していった。

 それは、あまりに一方的な殺戮であり、戦闘というよりは虐殺であった。


『わー、押すな! 押すんじゃねぇ!』

『阿呆が、船におっても同じじゃ!』


 それでも、抜都魯バートルは次々と上陸する。

 悲鳴を上げながらも、死と恐怖に染まった砂の上に蒙古兵たちは突き出されていく。

 砂を血に染めるだけの作業に過ぎない――

 そのように思われたときだった。


「なんだ? おめ―― お、おん」


 松浦党の兵の首が飛んだ。

 唇が最後の音の形を作ったままだった。

 クルクルと縦の回転をし切り口から血を噴出し、仕掛け花火のように飛ぶ。

 砂地に落ち、その勢いが止まる。

 ドロドロとした墨汁のような血が流れ、砂に吸われていく。


「てめぇぇ。女ぁぁぁ!!」


 女。

 戦場に女。

 その異常な状況にも関わらず、松浦党の兵が突っかけた。

 思うより、身体が動いたのだ。


 ボゴっと己の頭蓋が吹っ飛び、脳漿を撒き散らしたのを男は認識できたのか。

 心身問題に深く関わるような問いを残す殺され方をした男は白く濁った脳漿を顔にへばりつけ斃れた。

 

 警戒――

 集団戦の中に発生した、異様な戦い。

 殺し方。

 死に様。

 

 攻め入っていた松浦党に、理解できない事態に遭遇した混乱と緊張が走った。


「な、なん、だ。こ、この女は、戦にお、んんな?」


 返り血で化粧をした留がゆらりと磁力に引き寄せられるように、女のほうに向かう。

 ジャリッと砂を足がむ。


「じゃっ!」


 女が気を吐いた。

 同時に黒く太い毒蛇のような何かが吹っ飛んできた。

 留はそれを太刀で払った。


 固い金属音とともに、何かが弾けた。

 太刀が折れた。

 

『ほぅ、倭猿よ、運が良いな』


 紅色と言うよりは、血の色――

 真紅の血の色をした長い髪が揺れた。

 李娜リーナは、松浦党の肉の怪物・留と対峙した。


「こ、殺す」


 留は転がった高麗兵の死体を思い切り李娜リーナに向け蹴る。

 魂を喪失した骸が李娜リーナに向かい吹っ飛んできた。

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